第44話 王女キュリエ 混乱の最中
カリーナを追ってキュリエは部屋の外に出る。
出口には先ほどレノアが倒した男の死体が転がっている。
死体を踏まないように避けて廊下の前を行くカリーナについていく。
船内の廊下は思った以上に狭い、船の上で戦闘が繰り広げられているのか剣戟の音と男たちの怒号と罵声が飛び交っている音が聞こえる。廊下側の窓からは陸が見え、陸のテントなどが燃えているのが分かる。そこでも戦闘が行われているのか人影が争っているのが見えた。
襲撃?戦争?誰と誰が?
まったく状況が掴めないままキュリエは前を行くカリーナに必死について行く。
少し進むと左に曲がり階段が見えてる。
それを登るとまた廊下を進む。
上から聞こえる戦の音がすでに大音量となり激しく動き回る足音で廊下はすでに騒音で満たされていた。
廊下の奥でレノアが攻撃してくる兵士の攻撃を狭い空間でサッと躱し、兵士の首に短剣を突き立てていた。口から血を吐きだしながら壁に寄りかかり崩れる兵士。
容赦なく兵士を足蹴にしながら剣を引き抜き前に走り出すレノア。
その姿に少し恐怖を感じたキュリエだったが、彼女のおかげで身の安全を得た自分がそう感じるのは失礼だと思い直し頭をぶんぶんと振って弱い自分の考えを振り払い、急いで前を行く2人を追った。
看板に出ると喧騒と火煙、潮風に火の粉が混じって強く吹いている。久々の外の空気は炎の熱気で蒸し焼かれ煙に巻かれている。
空は夜だが地面や海の上にオレンジ色の炎が立ち上がっていて昼間のように明るい。
周りに見える停泊している船も燃えているようだ。
この船も甲板のいたるところに炎が上がっている。いずれキュリエがいた部屋も燃えてしまっていたのだろう。そう考えると怖くなった。
「こっちよ。早く!!」
カリーナの声のした方向を見て走り出す。
彼女は足を止め振り返り、キュリエが来るのを待っていた。
その周りでレノアが襲い来る男たちを退けている。
キュリエが合流するとカリーナも剣を抜き
「王女もこれをっ」
そう言って小剣を一振り放り投げる。
「多少は使えるでしょう?暫く余裕がありません。我が身は自分で守ってください」
そう厳しい表情で周りに注意を払いながらキュリエに言う。
剣を受け取ったキュリエは素早く剣を引き抜き軽く振ってみる。
今まで使っていた剣より少し重いが問題はなさそうだった。
剣を持ったことでキュリエも気を引き締める。
リノアが先行して船から降りる梯子の方向に向かう。
船の降り口にはたくさんの兵士たちが揉み合っていた。皆似たような恰好をしていてどちらが敵でどちらが味方かわからなかった。カリーナが素早く兵士の状況を見極め
「第6艦隊所属の者、集まれっ!!船を降りるぞ!!密集陣形!!」
そう叫ぶ。
その声に反応した男たちが戦闘を一旦切り上げるように相手を押して間合いを取り、カリーナの周りに集まり密集陣形を整える。
即座に集まらなかった兵士を敵と断定したレノアは素早く攻撃に移る。
集まった兵士たちは陣形を崩さず、周りにいる敵に的確な攻撃を加えて降り口を確保し始める。実に訓練の行き届いた兵士たちだった。
カリーナは彼らに細かい指示を出し、降り口を確保すると数名を先に降りさせる。
降りた兵士たちは桟橋周りに敵がいないのを確認し、合図をよこす。カリーナが頷き
「キュリエ王女、先に降りてください。下の兵士たちが守ります」
そう言うとキュリエを降りるための梯子に誘導する。キュリエは頷き、慣れないながらも素早く梯子に手をかけて降りていく。
下に着くと兵士が先導してくれ、桟橋を走りそのまま安全な場所で伏せて待機する。
周りは炎で明るくなっている。辛うじてまだ燃えていないテントの辺りで息を潜めカリーナたちが来るのを待つ、
至るところで戦闘が行われているようで燃える煙の臭いに血の匂いが混じった潮風が漂っている。死と戦いの香りだった。
「いったいどういう状況なのですか?」
先導してくれた兵士に問うた。
兵士は周りを警戒しながらすこし興奮気味に小声で答える。
「わ、わかりません。僕らもなにがなんだか……。後続の第4艦隊が入港してきたという話を聞いたところで急に火の手が上がり始めて、わけも分からず戦闘が始まったんです」
兵士も状況が分かっていないようだった。だからこそあんな乱戦状態だったのだろう。
カリーナたちが戦列を組んでこちらにやってきた。
彼女は一流の指揮官のようだった。
右往左往していた兵士たちをかき集め、あっという間に熟練に見える小隊を一つ編成したのだ。
「おまたせしました。キュリエ様。そして同じ船に乗り合わせた兵士諸君。状況を軽く説明するわ」
そう言ってカリーナは周りの兵士たちを見渡し、
「わたしも詳細は分かっていない。どうやら第4艦隊により我々は襲撃されたようだ。彼らは入港と同時に兵を展開。各停船している船に火を放ち、上陸部隊が一気に攻撃に移ったようだ。我々、第6、第2艦隊は急な襲撃に対応できず今も混乱の渦の中だ」
そこまで話し、火の手の上がる方に目を向ける。皆見ればわかる現状だった。
「船をまず襲われたおかげで、進軍準備をしていた上陸部隊の方はまだ被害が少ないと思われる。我々も船を捨ててそちらと合流する方がよいと判断します。あそこには飛竜軍司令官ミレリア様もおられる」
そこまで話してカリーナはキュリエをじっと見る。
「キュリエ様は申し訳ないがこのまま我々と同行してもらう。逃げてもよろしいが命の保証はしませんよ?このままついてきて頂けるなら我々が全力で護衛いたします」
カリーナは真摯な眼差しでそう告げる。その目は信頼に値すると判断したキュリエも頷き
「こうなっては仕方ありません。最後まで同行させてください。お願いします」
そう言って会釈をした。
その姿にカリーナはコクリと頷いて少し微笑んだ後、周りの兵士を見て
「できる限り交戦は控えたい。敵も味方もよくわからない状況だ。まずは武器を揃えてそのまま上陸部隊と合流する。ちょうどまだ燃えていないそこのテントは装備品を保管してある。すぐに移動する、いくぞっ!!」
そう言うと兵士たちは姿勢を正し素早く陣形を整える。
すでに先行してリノアと2人ほどの兵士が走っていた。
キュリエはカリーナの近くに立つ。
静かに素早く小隊は移動を開始した。