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第42話 王女キュリエ 絶望

ザザァァァァ……

ザザァァァァァ……


 波の音が聞こえる。心地よい。

普段波の音なんて耳にしないキュリエにとって初めて感じる感覚であった。

…………

……


 キュリエは目を開き、飛び起きる。

素早く周りを確認する。部屋の中にベッドが1つ、机替わりか樽がひとつベッドの横に置いてある。そんな狭い木造の部屋のベッドの上にいた。窓は小さな丸い窓が1つ。部屋全体がゆらゆらと揺れている感覚がある。

 鼻から入ってくる潮の香りは部屋全体に染みついているようだ。

どうやら船の中の部屋、のようだった。

部屋の唯一の丸窓に移動して外を見ると青い海と青い空が見え、空には鳥が舞っているのが見える。この船は停泊しているようで動いている様子はない。


 キュリエはまず自分の状態を確認する。

鎧はすべて外されていた。服装は装備を外した状態のまま薄手の上着と膝上までの短いズボン。ブーツは外されていたので素足だった。耳飾り、指輪などの貴金属は外されていた。王族なら有事の時のための毒を仕込んでいるからだろう。キュリエはそっと自らの後ろ髪に手を伸ばし襟足の髪の根元に触れる。

そこに毒の入った小さな髪留めを仕込んでおいたのだがそちらも外されていた。

よく気づいたものだと感心した。

服を脱がされていないということは辱められたということはなさそうだ。身体に違和感もない。

とりあえず安堵のため息をつく。


 問題は今どこでどれくらい時間が経ったかということだ。

耳をすましても海の波の音しか聞こえない。多少波の音に混じって人の気配の音がするがだいぶ遠くのようだった。

キュリエはこれからどうするかを考える。


 脱出する?

現実的ではない。ここがどこかも分からない。どういう状況かも分からない。外に出たとしてどこに行けばいいのすら分からなかった。

一旦ベッドに戻り腰を下ろす。

堅い木の小さなベッドだった。


 コンコン。

部屋をノックする音がしてガチャガチャと鍵を外す音が聞こえる。

扉がゆっくりと開き

黒い鎧の騎士が入ってきた。

キュリエは立ち上がり壁際に寄って警戒する。

騎士はゆっくりとキュリエを見据え、扉を閉めると扉にもたれかかる。


「お目覚めのようだな。キュリエ王女。でよろしいのかな?」


男は静かにそう声を出した。

キュリエは慎重に少し間を置き


「そうです。私がアウルスタリア王国 キュリエ・ファルン・アウルスタリアです」


 彼女は姿勢を正し毅然とした態度でそう答えた。

騎士はそれを見てこくりと頷き、仮面の下でまっすぐにキュリエを見つめているようだ。


「現在どういう状況か聞きたいか?」


 そう静かに問うてくる。

キュリエはこの男の思惑がどこにあるのかを測りかねていた。尋問?にしてはあまり威圧感がない。だが今のキュリエはにはそんなことより現状を知ることの方が大事であった。


「教えていただけますか?あの後どうなったのか?いまどういう状況なのかを」


 キュリエは相手に一歩近づき腰を曲げ深々と頭を下げる。

王族としてはあるまじき行為ではあるが今はそんなことを言ってられない。必要ならこの身を差し出す覚悟すら今のキュリエにはあった。

 騎士はそれを見て鼻で笑い


「私が貴殿を確保して去った後、天馬はそのまま戦場を去った。残念なことに天馬の捕獲は叶わなかった」


 男がそう言うと頭を下げた状態のキュリエは胸をなでおろした。パメエラは逃げれたのか。よかった。お母さまに次の機会を回すことができた……。

それが知れただけでも少し心が軽くなった。

 だが男が語った話はキュリエに絶望しか与えなかった。


「その後のアウルスタリア王国軍は散々だ。支えをなくし急激に兵の士気が下がり、前線は後退の一途。戦線を支えれず瓦解。両翼の騎馬部隊も統制に欠き包囲されるのを防ぎきれず、半包囲されて戦は一方的な帝国軍の勝利だ。約半日で王国軍は半数近い兵を失い撤退、と呼ぶにはあまりにも無様な状態での敗走だったがな」


 男はわざとらしく笑う。

「撤退する王国軍に対して追撃戦に移ったが、殿に残った部隊がなかなか良い仕事をしてその後の被害は最小に抑えたようだ。帝国としても機動力に欠き、地理も明るくない。必要以上の追撃はしなかった」


 男はそう冷たくいい放ちキュリエを見ている。

キュリエは下げた頭を上げれなかった。

悔しくて悔しくてそしてたくさんの命が散ってしまった。自分の不甲斐なさで大事な兵士たちにつらい思いをさせてしまったが悔しかった。

唇を噛み湧き上がる悲しみで目頭が熱くなる。だが泣くわけにはいかなかった。

 わななき擦れる声で


「……それからどれくらいの時が経過しているのですか?」


 キュリエは男に問うた。


「貴殿を捉えてから1日が経過している。我が軍もいまは休息と補給、そして進行ルートを定めているところだ」


 ほぼ丸一日眠っていたのか…。キュリエは焦りを感じた。これからどうすべきか考えねばならなかった。


「それともうひとつ、姫様には絶望的な話になるが」


 そう言って一旦言葉を区切る。

キュリエは顔上げて騎士を見る。騎士は表情は見えぬが露出している口元だけで少し緊張しているように見えた。


「本日、北のガターヌ共和国と我が帝国との間に同盟が締結、ガターヌの領地を通り、帝国陸軍6万が北の地よりアウルスタリア王国国境を突破、首都に向けて侵攻を開始した」


 キュリエは一瞬何を言われているのか分からなかった。

ガターヌ?なぜ?彼らとは共に帝国と対抗しようと内々に密約を交わしていたのではなかったのか?北の地は通さぬと、そう言っていたはずなのに…。

 一瞬キュリエは足が地に付いてないような感覚に捕らわれふらりと倒れそうになる。

黒い騎士は颯爽とふらついた彼女を支え抱きとめる。

キュリエの顔面は蒼白だった。小刻みに震え焦点が合っていない。


 事態は、アウルスタリア王国の未来は、絶望的であった……。

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