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第41話 白き天馬と黒き竜

 大空で対峙する陽の光で明るく輝く純白の天馬と、その鱗の質で鈍く光を吸収する暗い灰色を帯びた黄緑色の飛龍。

 それぞれの背中には天馬の白に負けず劣らずの白銀煌めく鎧に身を包み、すべての光を溶かし込んだように透き通る金色の髪がゆらゆらと風になびく。

 そして飛竜より黒い、いかなる光も吸収するかの如く艶を消しどこまでも黒を誇張するような甲冑。口元のみ開いた兜。全身が影に飲まれたかのような漆黒の騎士。


 両者の対峙する様はまるでシンメトリな絵画のようだった。

黒い騎士に続くように飛竜騎士たちが飛んできて、2人を遠巻きに取り囲むような隊列飛行を行い円状の闘技場を形成する。


 ようは天馬の退路を断つためのけん制だった。結局、天馬に好き勝手戦場に飛び回られるのが問題なのだ。それを封じてしまえば天馬を攻撃できなくとも兵の練度で大いに勝る帝国軍が勝利するのは必然であった。

 それは戦術眼のないキュリエもすぐに理解した。

自国の兵に比べ帝国軍は統率が取れており、自信にあふれている帝国軍兵士に隙はないと感じていた。

だからこそ必要以上に戦場を駆け、叱咤して回っていたのだが帝国軍の切り札が出てきた。


 ワイバーンと言え、天馬の精神鎮静の効果がないわけではない。だがその精神鎮静は逆の効果を発揮していた。元々気性の荒さがワイバーンの数より騎乗できる騎士の数の方が少ない理由であり、その気性の荒さが天馬の鎮静の効果で弱まり過去類を見ない従順さで騎士の指示に従っていた。

騎士たちは驚くほどスムーズに飛行運動を行えることに内心ビビっていた。


 周りを回る飛竜は襲ってはこない。そう確信したキュリエは対峙した黒い騎士を見る。

堂々と、天馬を前にしているというのに堂々と槍を腰構えに抱えていつでも突撃する気があるように見える。

 キュリエはここで持っていた旗を器用にクルクルと旗竿に巻き付け槍代わりに腰に抱える。

本来なら下に落としたいが下はまさに乱戦の真っただ中だった。自軍の兵士に当たるのは嫌だった。


 地上の乱戦は先ほどの優勢はどこへやらといった風勢で、王国軍の士気は辛うじて高いが帝国の士気低下は緩和されて徐々にその地力が戻りつつある。押していた状況もあっと言う間に拮抗状態。早く鼓舞しに戻らねばならない。


 キュリエの戦闘力は人並みだった。剣も槍も多少鍛えた、レベルである。ログッソや他の将軍たちが指導してくれたし、あのバカ執事も武の修練だけは必ず付き合わされた。


「最終的に己を守るのはそれまで培った修練です。いつ何時その手に剣を持つことがあるかはわかりません。しっかり修めてください」


 そう涼しく言いながら、こっぴどくやられたのをいまでも根に持っている。

……あれから剣を持つことはあまりなかった。身にも入らなかった気がする。ただ振っていただけ。今だからあの男が言っていたことを理解する。手が震える。今にも涙で前が見えなくなりそうなの必死に堪える。怖い。怖い。怖い。

 

≪まったく情けない子だね。ほらしっかりしなさい。大丈夫、私がついているから》


 頭の中で声がする。ハッと我に返り自分を乗せてくれている友人を見る。いや、どちらかと言えばもう一人の母親のような存在。彼女の背に手を乗せる。スッと今までの恐怖が嘘のように取り払われた。勇気が湧いてくる。こんなところで終わってなるものか。母と約束したのだ。


「必ず帰るって」


 そう力強く呟き、キュリエは腰を落とし強く手綱を握る。

目の前のワイバーンが大きく翼を広げて咆哮し、頭を上げて威嚇する。


 一旦クルリと踵を返して上昇し器用に機首を返して突撃してくる。

天馬に向かって敵意を向けれる。それだけでも称賛ものだった。たぶんワイバーン自体の戦意は落ちているのだろう。速度は出ていない。それでも戦い慣れないキュリエには十分な速度だった。


 パメエラに勇気をもらったキュリエに動揺はない。パメエラの手綱を握り、身体を低くして動きは彼女に託す。自分は相手の攻撃を捌くことだけを考えればいい。パメエラも嘶き、前進する。

突撃してくる飛竜。騎乗する黒い騎士はワイバーンから身を乗り出すように槍をキュリエに繰り出してきた。

 パメエラは飛竜の進行ルートを上手くずらし、槍が当たらないようにかわす。それでも槍の切っ先がキュリエに襲い掛かったが、キュリエは上手く旗竿を利用して槍を絡めとるようにいなし騎士の槍を持つ腕に旗竿をぶつけた。


ドガッ!!


 すれ違う天馬と飛竜。

飛竜の騎手の手から槍と旗竿が落ちていく。

 黒い騎士は飛竜の手綱を引き、先ほどと同じように少し上昇させて旋回して180度向きを変える。

男の手に武器はない。騎士は腰の剣を抜く。

 キュリエもまた腰の剣を引き抜き相手と対峙する。先ほどは上手く相手の虚を突く形で手の武器を狙えた。だが次は間合いが狭い。


 なんとかこの状況を逃れる術はないか考える。

目の前の騎士は当然として周りを旋回している飛竜騎士たちも、当然キュリエなんか足元にも及ばない技量を備えている。このままではじり貧だった。

 何か手はないか……。


《とりあえず逃げるしかないでしょうねぇ。このままではいずれ落とされる。わたしは足にはちょっと自信はあるわ。上手く相手をかき乱して一旦引きましょう》


パメエラの言葉にキュリエは頷いた。だが包囲をどう突破するか。横がダメなら……

 キュリエは意を決したように自ら手綱を引き身を低くする。パメエラが大きく嘶き力強く空を蹴り目の前の飛竜に向けて突撃する。

速度に乗り風を切って一気に突進に近い容赦のない突っ込みだった。

飛竜に乗った騎士も身構える。

いざ、交差しようとした矢先、


 天馬は目の前で直角に上昇を始める。


 これはさすがに予想してなかったのか黒い騎士も対応に遅れた。天馬は綺麗に直角に上空に向けて駆け上がっていったのだった。

これは天馬ならではの飛行法だろう。

 天馬は翼で飛ぶのでなく空を蹴って飛んでいるのだ。それ故にまっすぐ直角に天に向かって翔けることができた。黒い騎士もそれを追うため、飛竜の手綱を引きクルリと旋回させて上昇させる。飛行している飛竜はまっすぐ駆け上がることができない。らせん状に推進力を得て上昇しなければならないため天馬より時間がかかるのだった。

黒い騎士よりも周りを旋回していた飛竜部隊のほうが早く上昇できた。まっすぐ翔け上がる天馬を逃がさぬように円を上昇させる。

100mも上昇したであろうか。

今度はそのまま急に天馬は踵を返し下に向かって一気に落下を始めた。

 乗っているキュリエはすでに剣を捨てパメエラの首にしがみ付いている。上下の急速な動きにキュリエは頭がクラクラした。一瞬意識が飛びそうになるが歯を食いしばってなんとか意識を保つ。


 上昇していた飛竜部隊はこれに対応できず上昇を続けている。

一気に加速して落下するように下降する天馬と必死に上昇してきた黒い騎士の飛竜が交差する。


 やった。これで振り切れる。キュリエはすれ違う一瞬、黒い騎士の顔を見る。

騎士は笑っていた。

 騎士はすれ違う手前で自ら飛竜の手綱を離し飛竜の背中の鞍を蹴って落下してくるキュリエたちの進路に飛び出した。


ゴンっ!!


衝突するようにキュリエにぶつかる騎士。鎧と鎧がぶつかりものすごい衝撃がキュリエを襲う。バチバチと頭の中で花火が舞い一瞬なにが起こったか分からない。

 パメエラが衝撃の痛みで派手に嘶く。落下速度は落ちない。キュリエの身体が振り落とされぬように固定してた鞍のベルトのせいでパメエラは痛みでもがいていた。

 しまった。パメエラがっ。キュリエは自分が黒い騎士に捕まっているのを忘れ大事な母の心配をする。それを察したのか黒い騎士は素早く腰の短剣を使ってキュリエを鞍に固定してるベルトを切り裂き、鞍を蹴る。騎士はキュリエと一緒に空へ放り出される。

痛みから解放されたパメエラがなんとか空を蹴り態勢を立て直し落下から平行飛行へ移行して落下する2人から一旦離れた。


 そのまま旋回してキュリエたちの所に戻ってこようとする天馬。

だが、黒い騎士の飛竜が落下してきてその間に割って入り、黒い騎士はキュリエを抱いたまま飛竜に掴まる。ぶつかった衝撃と気圧差で頭がクラクラのキュリエは軽いパニック状態であり成すがままだった。

 黒騎士は巧みに飛竜を操り突進してくるパメエラと一瞬交差するように躱す。

キュリエはその一瞬に優しくパメエラを撫でる騎士の手を見た。それを最後にキュリエの意識がは闇に飲まれた。

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