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第40話 マッシュア会戦

 帝国軍はその洗練された横陣を崩すことなく、大きめの盾をがっしりと前に揃えて進む様は城壁を思わせる。王国軍の縦陣に合わせ中央の重装歩兵部隊を少し厚めに配置してある。

 その姿を見て王国軍の最前列が少し浮足立つ。

王国はここ40年以上外敵との戦闘経験がない。

せいぜいたまに辺境にでる山賊を少数の部隊が相手をする程度であった。

軍の訓練は行われていたが緊迫感のないもはや慣習としての訓練でそのあとの打ち上げが兵士たちのメインみたいなものだった。


 いままさに戦争が始まろうとしている。

王国軍兵士たちがここに来てその事実を受け止める。死の恐怖と突然向き合い、恐慌状態になった兵が叫びだす。それはすぐに伝播して前線は一瞬で崩壊するかと思われた。


「臆するなっ!!敵は上陸部隊、大して準備のできた軍隊ではないっ!!こちらには地の利もある、なにより天馬さまとキュリエ王女がおられるぞ!!勝利は確実だ!」


 ログッソは馬で駆けながら兵士を叱責する。

心の中では大したことない軍隊とは我ながら笑ってしまうな、と思いながら。

 ログッソの叱咤で浮足立ち、崩壊するかに思われた前線が踏みとどまる。

王国軍の最前列も拙いながら盾を構え整列をする。

二陣、三陣の弓兵たちが弓をつがえて射撃合図を待つ。

帝国軍が前進し双方の距離が弓の射程圏内に入った時


「射てっ!!!」


 双方の弓兵指揮官の合図と共に矢の雨が射出される。

空中に無数の黒い雨が両陣営に降り注ぐ。

そして起こる鉄に大きな飛来物がぶつかる重い音と悲鳴と苦痛の叫び声。続けて第2射が放たれる。

 襲いかかる矢の流星が、地に刺さる度に兵士たちの悲鳴は繰り返される。

地獄の雨でも帝国軍の進軍を足止めできず、ついに両軍の先頭が激しくぶつかり合う。

激しい金属音と兵士たちの叫び声が広い戦場を埋め尽くす。

押し合い、争う兵士たち。縦陣を組んでいる王国軍は左右の帝国軍に弓兵のターゲットを変更する。


 帝国の弓兵も乱戦場所を避け後方の王国軍に向けて弓を放つ。

砂煙と血煙が舞い、怒号と悲鳴、金属と金属のぶつかり合い。戦場は地獄の様相と化してくる。

そのとき王国軍後方で大きな歓声があがる。


 一匹の鷹が先陣を切るように王国軍の戦列の上を舞い上がる。

それに続くように

真っ白な輝きが天空へと駆け上がった。

その姿を見た王国軍は湧き上がる喜びと勇気で力強い雄叫びを上げる。


 天馬パルメア。

その美しさは遠目に目にするだけで輝きに視線を惹かれ、天を駆けるその勇ましさに誰しもが心までも奪われる。

それに跨る純白の鎧に身をまとった金色の髪を靡かせ翔ける美しい少女。手には王国の旗を掲げその勇ましき姿を一目みれば、すべての兵士が己が王国のために戦う兵士であることに感謝し誇りが沸き上がる。

 天馬はゆっくりと上空から駆け下りて兵士たちの頭上3mくらいの所を駆けて行く。

多くの兵士たちがその姿をみて大きな声をあげて天馬を称える。


「アウスタリアの兵士たちよ!!皆には私が付いている!!恐れず戦おう!!さぁ、立ち上がり剣を取れ!!我らが故国を脅かす帝国をこの地から追い出そう!!」


 大きな声を張り上げて、キュリエが駆ける。

その勇ましさはまさに戦の女神を彷彿させた。

彼女が駆けた後には恐れるものは何もなくなった王国の勇敢なる兵士が出来上がる。


 どんどんと士気が上がる王国軍を見て、それを危険視する帝国軍の弓兵指揮する将官はその天馬に狙いを定めるように兵士たちに指示を出す。


「あの馬を狙えッ!!あれを落とせば勝ったも同然だ!!」


 そう叫び天馬を指さす。

だが、兵士たちはそのことに恐怖する。あの神々しきものに弓を引くことを考えるだけで罪悪感と恐怖に捕らわれる。誰もが首を振り、弓を持つ手を下ろす。

 叫んだ指揮官ですら語尾が消えるように小さくなっていた。そして罪悪感で吐き気を覚える。

自分はなんという愚かなことを口走ってしまったのだ、と。

 王国軍の士気がぐんぐん上がるのと同じように帝国軍の士気は著しく低下していく。

天馬は最前線の上空を闊歩し兵士たちを鼓舞する。兵士の中には狂乱状態の天馬の「加護」にかからず、天馬に攻撃しようと槍を突き出す者もいたが周りの兵たち、それこそ敵も味方も関係なくそれを全力で阻止する。


 先ほどまで優勢だった最前線の戦いは、一気に帝国軍の隊列が瓦解して押され始める。

帝国軍の兵士たちは一気に浮足立ち、戦意を失い徐々に後退していく。

天馬とキュリエは何度も最前線を往復して兵たちを鼓舞し敵の戦意を喪失させていく。

戦線は後退し帝国軍はこのまま敗走するかに見えた。


 キュリエは一息つくためにパルメアを少し上空に駆けあがらせる。

そしてふと空を見上げると

天空を大きく旋回していた鷹が2匹になっている。

キュリエは訝しげに小首をかしげて


「ランカイゼル?」


 シュナイゼルの兄弟鷹の名を呼ぶ。ここ最近、2匹が共にいたのを見たことがなかった。

どちらか1頭がキュリエの元にいつもいてくれた。

 ふと、ざわりと胸騒ぎがした。

2頭のさらに上空から黒い物体が急速に落下してくる。

 キュリエは目を見開く。


 それは大きな竜だった。

ワイバーン。帝国屈指の飛行兵だ。

その上には黒い鎧をまとった騎士が、ワイバーンの首にしがみ付くような低い姿勢で乗っているのが見えた。

キュリエは身構え


「パメエラ!!上空から敵っ!!」


 そう叫ぶ。

 天馬は小さく嘶き、素早く空を蹴りその場から移動する。

落下するように落ちてきたワイバーンは、突然たたんでいた翼を大きく広げて減速し、そのまま滑空するように天馬を追う。そして力強く咆哮した。

 ワイバーンの背中には黒い騎士、手には騎馬用の槍、そしてキュリエの前に対峙する。


 2人の視線が一瞬空中で交差した。

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