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第39話 王女キュリエ 初陣

 ドンッ!ドンッ!ドンッ!

 大きく鳴り響く太鼓の音。

マッシュア平原は快晴で今日は蒸し暑い。

遮るのもがなく容赦なく太陽に晒される。

 整列したブッシュテイン帝国の兵士たちは密集した熱気と太陽に蒸らされ汗がダラダラと流れ落ちる。

 ブッシュデイン軍20,000。海軍の有する上陸部隊で主に歩兵と弓兵で編成されている。

これは海上輸送のため馬を運ぶことが難しいからであった。

リーガドゥですら2,000頭運ぶのやっとであり騎兵はそれのみ。

逆に装備品の輸送は楽なため重装歩兵が5000、弓兵も矢に事欠かないほど揃えてある。

広い平原に横陣をを敷いたブッシュデイン軍はその圧倒的練度を感じさせる見事な戦列を展開していた。


 対してアウルストリア王国軍は縦陣を敷いている。正面突破を目的とした構えだった。

これは戦線を密集させることにより天馬の加護を最大限に活かすためだった。

そして練度の低さを補うためでもある。

正面に重装歩兵を配置して縦に伸びた陣。

その後ろに軽装歩兵、弓兵と構え、左右には騎兵とリーガドゥ隊。機動力の高い部隊は敵の左右からの包囲をけん制するために動く。


 現在は両軍、弓の届かない距離で布陣してにらみ合う形に布陣していた。


 腕から肩に移動したシュナイゼルと一緒に軍の後方本陣にて真っ白い愛馬に跨って現在の状況を眺めるキュリエ。

初めての戦場は雑踏としていて妙な活気に満ち溢れていた。

天馬パメエラからの伝心はない。まだ戦場に辿りついていないのだろう。


「姫様、特に問題はございませんか?」


 老獪な将軍ログッソは馬を進めてキュリエの横に付く。

ログッソは今回の防衛軍の総指揮を任されているアウルスタリアの将軍で祖母の代から将軍を務めている。若い頃は各地を渡り歩く傭兵兼冒険者だったそうだ。

キュリエは余裕を演出するために少し微笑み


「ええ、将軍。今のところ問題ありません。敵軍の動きはどうですか?」


 キュリエは将軍に小声で尋ねる。

ログッソは少し眉をしかめて自棄気味に笑い


「あまりいいとはいえませんなぁ。さすが帝国軍。素晴らしい練度です。あれほどの軍は傍からみると気持ちがいい」


 小声でそう答え敵軍の出来を褒める。

キュリエは少し怒ったような顔をして


「将軍、口がすぎますよ。それで勝機はありますか?」


 ログッソはキュリエの叱責で少し笑い


「申し訳ない。ですが勝機がないわけではない。キュリエ様の活躍次第で十分我が軍に勝ち目がありますよ」


 そういうとログッソは鋭い眼でキュリエを見た。


「むつかしい話をしているところ申し訳ねぇんだが」


 突然男が話に割り込むように声をかけてきた。

2人はそちらに目を向ける。

そこにはガタイのいい大男がリーガドゥに跨って近づいてきていた。背中には大きな大剣を背負っている。精悍な顔つきは歴戦の戦士の物だった。


「ああ、君か、不躾だな。我らが王女の前だぞ」


 そうログッソは大男を嗜める。そしてキュリエに謝罪するようにお辞儀をする。キュリエは首を振り


「かまいません。大事な話なのではなくて?」


 そう言うと大男を見る。短い髪、茶色の髪の左半分が白髪となっている。目つきは鋭く妙に余裕がない眼をしていた。左頬に大きな傷があり悪い人相がさらに悪くなっていた。


「…ふぅん。おれの人生で2人目の王女さまだがあまり変わり映えはしねぇんだな」


 値踏みをするように見られたのをキュリエは少し不愉快に思ったが将軍との会話の邪魔になると思い大男に会釈をして


「では、将軍。私は一旦後方へ下がります。パルメアが到着し次第、戦闘開始の準備を」

そう言って踵を返す。


 去っていくキュリエを見ながら大男がぼそりとつぶやく。


「さて、そこまで向こうさんが待ってくれればいいけどな」


キュリエに聞こえないようにそう言ってから上司に当たるログッソに


「俺たち傭兵部隊の配置をもう少しずらしてもらえないっすか?あの位置じゃあ前にでれねぇ」


 大男は老将軍に直訴する。

将軍は大男を見据えて少し考え


「お主らには後詰の役を任せたいと思ってたんだがなぁ。腕がたち実践経験もある。お主はそれに加えて戦術眼もなかなかだ。上手く周りをカバーしてくれんかな?」


そういって顎を擦る。大男はそれを聞き嫌そうな顔をして


「けっ、俺たち傭兵は戦ってなんぼだぞ。矢面に立つために来てんのにケツ持ちなんぞやらねーぞ。変えてくれないなら勝手に動くぜ」


 とても上官に向かって吐く言葉とは思えない口調でそう言うと男はリーガドゥの手綱を引き振り返る。

ログッソはそんな態度に腹は立てず、大きくため息をついて大男に声をかける。


「わかった。では隊を入れ替えるように伝令を出す。上手くやってくれよ。ガイ殿」


 ガイと呼ばれた大男は振り向きもせず手を上げて了承の合図のように手を振った。


キュリエがゆっくりと愛馬を走らせすれ違う兵士たちに手を振り時には声を掛けて彼らのやる気を鼓舞して後方へと下がる。そんな彼女の心に


〈盟約に従い、今到着したわ。泣き虫さん〉


 そう響く声が聞こえてきた。

キュリエは天を見上げる。遠くに白く輝く美しい翼を広げた天馬がゆっくりとこちらに駆けてくるのが見える。

 後方で天馬の姿を捉えた者たちの喚声があがり始める。次第にそれは王国軍に波紋のように広がり皆の気力が満ちていくのを肌で感じる。

キュリエの肩に止っていたシュナイゼルが小さく鳴き天に羽ばたき天馬の元へ飛び立つ。

 その時、さらに後方のブッシュデイン帝国軍でさらに大きな太鼓の音が鳴り響き、凄まじい鬨の声が上がる。

キュリエは驚き振り返り、厳しい表情で後方を睨む。

伝令の馬が大声で叫びながら全軍に声を張り上げ


「帝国軍進撃開始!!進撃開始ぃぃぃぃ」


 その声で王国軍に緊張が走る。正面の帝国軍が規則正しい軍靴の音を立ててゆっくりと前進を始めていた。


「マッシュア会戦」の始まりであった。

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