第38話 キュリエとアンリエッタ
ピイイイイイィィィィ
初めて体感する戦場ならではの人々の喚声、飛び交う命令の声と罵声、装備品のぶつかる金属音、大軍の歩調を合わせた軍靴の音。
たくさんの大音量に紛れ、キュリエは聞きなれた天空の友人の鳴き声を耳にして大空を見上げる。
ゆっくりと降りてくるその影を目で追っていつものように腕を空に掲げる。
バサッっと大きな翼を一度羽ばたかせてキュリエの純白の手甲に爪を立てて彼女の腕を止まり木の代わりにする翼ある友人。
キュリエはニコリと笑い、携帯していた干し肉を一つだして
「ごめんなさい。シュナイゼル。今は生肉はないの。これで我慢してね」
もう長いこと共に過ごしてきた友人を見分けれるようになったキュリエは優しくそう声をかけシュナイゼルに干し肉を与える。
彼女は今、生まれて初めての戦場に立っていた。
彼女のために拵えられた純白の鎧、女性らしさと防御力を考慮した作りになっている。
素材は最高級のミスリルで作成されていて、オリハルコンよりミスリルの方が軽量で扱いやすいからだ。それでも要所要所にオリハルコンを使うことで防御力を上げている防具職人がキュリエのためだけに作った一級品だった。
着心地、なにより見映えが素晴らしかった。王女の気品、美しさを際立たし見る兵士たちは自分たちが戦い守る象徴がこの可憐な少女であることを誇りに思い士気が跳ね上がるであろう。
この穢れなき乙女が天馬に乗って自分たちを指揮し、鼓舞するのだ。そう思うだけで男たちの魂は猛り死を恐れぬ気持ちが沸き上がった。
戦場で兵士たちのそんな熱い思いを感じてキュリエは自分の仕事を理解した。
天を仰ぐ。そしてあの日を思い出す。
数週間前、帝国が上陸したとの報を受けて、女王は即座に出陣を決めた。
軍の召集、編成、物資の準備。迅速かつ的確に進められる中、キュリエは女王に自分が戦場に立つことを望んだ。
当然女王はそれを自らが戦場に起つことで士気を上げれると一蹴で拒否。
だがキュリエも下がらず臣下の多数決に持ち込んだ。
これは圧倒的多数でキュリエの出陣を押す者ばかりだった。
理由は単純。リーダーシップに富んでいたアンリエッタを失えばそれでアウルスタリア王国が瓦解することが誰の目にも明白だったからだ。
臣下の多数決で決まってしまっては女王ですらNOとは言えない。
キュリエの出陣が決定された。
出陣が決まった夜
母が突然、館を訪れた。
すでに就寝の準備を終え、明日より軍備に追われることが決まっていたキュリエがゆっくり休める最後の夜だった。
ベッドに入り明かりを消そうとした時、部屋がノックされた。
「はい?」
誰だ?こんな時間に?メイドたちも下がったはず。
急報か?
キュリエは少し焦り、急いでベッドから降りて扉開ける。
そこにいたのは公務の恰好のまま急いで来たと思われるほど服装も髪形も乱れたままの女王アンリエッタであった。
一瞬キュリエはなにが起こってるのかわからなかった。相手が母であることすら認識できずにいるキュリエをおもむろに引き寄せ強く抱きしめるアンリエッタ。
そして大きな声で泣き始めた。
キュリエはさらに何が起こっているのかわからずただ茫然と立ち尽くしていたが
子供のように泣く母をみて次第に涙が溢れだし、自らも子供のように泣き母を強く、強く抱きしめた。
どれくらいそうやって二人で泣いていただろうか。
嗚咽を繰り返し強く抱きしめていた腕が緩む。そしてアンリエッタはキュリエの頬に手を当て彼女の顔を覗き込み
「ごめんね。キュリエ。こんな事態にならないようにと思って頑張ってたけど‥‥届かなかった」
母の、とても懐かしい優しい声。最後に聞いたのはいつだっただろう。父がまだ元気だったころだろうか?
彼女はいつも『女王アンリエッタ』であった。
キュリエはそんな母の目を見つめてゆっくり首を振り
「いいえ、いいえ。お母さま。私はやっとお母さまのお役に立てるのです。こんなにうれしく誇らしいことはないわ。きっとやり遂げてみせます」
キュリエは母にそう伝えてもう一度アンリエッタに強く抱き着く。懐かしい感覚。少し老けてきた母の顔をまじかで見て少し安らぐ。明日からの激務もきっと頑張れる。そう感じた。
アンリエッタも強くキュリエを抱きしめ小さな声で囁く。
「…ほんとは逃がしたい。逃げてほしいと思ってるのよ。生きて幸せになってほしいといつも願っているわ。でも…あなたはきっと逃げてはくれないのね」
そう言ってすすり泣きを始め、まるで子供のようにキュリエに抱きすがる。
そんな母を見てキュリエははじめて母を可愛いなと感じた。今度はアンリエッタが子供のようだった。
そんなアンリエッタを今度はキュリエが愛おしそうに抱きしめ
「お母さま、お母さまが戦っているのに私が逃げれるとお思いですか?大丈夫、きっといい方向に向かいますわ。パメエラもいます。ちゃんと帰ってきますから、お母さまは安心してご自分のしなければならないことを成してくださいね」
そう優しく声を掛けて彼女が泣き止むのを待った。
しばらく2人で抱き合ったまま時が過ぎ、
涙でボロボロになった化粧のままアンリエッタは頭を上げた。
「必ず生きてね。どんなことがあろうとも。帝国に捕らわれようと。生きて。それだけは約束してね」
アンリエッタは懇願するようにキュリエを見る。
キュリエはきゅっと唇を結び口角を上げて
「わかったわ。お母さま。必ず生きてお母さまの前に戻ってくる。約束するわ」
そういって母に抱き着き
「さ、お母さま、まだお仕事残っているのでしょう?行ってください。今日はありがとう。とても嬉しかったわ」
そう言うとアンリエッタはもう一度顔をくしゃくしゃにして泣いた。
落ち着くとゆっくりと娘から離れる。
涙をぬぐい、娘と向き合い強く頷くとアンリエッタは凛々しい母の顔に戻り
「キュリエ、約束を忘れないで」
そう言ってやさしく微笑み
「あなたの武運を心から願っているわ」
そう言ってもう一度キュリエを引き寄せ抱擁をしてから
踵を返して部屋を出て行った。
キュリエは母の出ていた扉を暫く見つめ、
「必ず約束は果たしてみせます」
そう一人呟いた。
戦場で空を見上げてキュリエはもう一度あの日の母を思い出し、大事な約束を必ず守ることを決意するのだった。
えーと。物語に割り込まれました。母親にwww
戦闘に入る前にアウルスタリア王国の出陣前を書いてみたら
おかーさんが耐えれず飛び出してきてしまいまして
気が付けばこの話は占拠されました。
戦闘開始用に作ってた前半がすべてお流れに。
長くなりそうだなー、前後編だなーという話も全部次話に持ち越しというひどさw
まぁでも個人的には好きなエピソードになりました。
アンリエッタが娘を思って動いているというのはどこかで描きたかったエピソードで
ここで出てくるのは予定外でしたがw
というか全編通して出さないつもりのキャラだったので少し悩んだんですがね。
書いてる方は超楽しかったです。
読む人が面白いかは疑問ですが。
とりあえず親子の愛。強い意志がキュリエに生まれました。