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閑話 宴の夜、別れの時

 夜が太陽を追いやって幾分か過ぎた帝都バンディッシュの北区にある小さな食堂兼居酒屋『リディアの台所』。

 高級街である北区ではわりかしリーズナブルなお店で可愛いウェイトレスが多数いることで士官学校の下士官や候補生たちに大人気のお店であった。

 本日、任官式を終えたA班は「班最悪の下半身」と言われた男、バーナル・フォートの功績によりこの人気店で祝宴を催すことになった。

多くの男たちの心にはこの日よりバーナル・フォートを「A班の神の化身」と呼ばれるようになる。(今日一日だけ)

 そんな至福の店内はA班だけでなく一般客も大勢いて賑わっている。短いスカートの動きやすいがフリルの可愛い衣装の少女たちがにこやかな笑顔を振りまきながら下心丸出しの客たちを軽くあしらいながら足早に料理やお酒を運び、空き皿をさげてと給仕に精を出す。

そんな奥の大テーブルを3つも占拠し35名が全員参加の喜ばしき祝いの席が今はじまろうとしていた。

 本日最高の功労者、バーナルが全員にジョッキがいきわたったのを見回し確認をして


「よし、では。今日から俺たちは帝国軍少尉に任官した。思い出すだけでつらい日々だった。血を吐き、それを啜り、体中が痛くて眠れぬ日々もあった……。思い出すだけで飲む前から胃の中がひっくりかえりそうなことばかりだった」


 そこで一呼吸置く。そして皆を見渡す。

みんな目を瞑り眉間に皺をよせ、思い出したくない過去を振り返っている。

突然不安定に泣きだすものまで出る。


「そんな過酷な日々ともやっとおさらばだ。みんなよく耐えた。そしてよくここまでのし上がった。俺たちは明後日には全員各地に飛ぶ。だが俺たち、A班は不滅だ。俺たちこそ最高の兵士だ。また皆で集まってこうして盃を交わせることを切に願ってるぜ!!23期万歳!!A班万歳!!乾杯!!」


「乾杯!!!」


 バーナルが高々とジョッキを掲げ

みなが一斉にジョッキを掲げ唱和する。

そして一気に飲み干し歓声があがる。

 A班最後の狂宴が幕を開けた。


「ルゥト・デュナン、ちゃんと吞んでる?」


 珍しく髪を下ろし女の子らしくイヤリングを付け、御粧しをしているカリーナが声をかけてくる。

普段軍服か戦闘服、軽装備の鎧姿など勇ましい姿しかみてないが、今日は年ごろの女の子らしい丈の短いワンピースの上におしゃれなジャケットを羽織り可愛らしいリボンのついた靴を履いている。

すでに少し酔っているのか頬がほんのりピンク色に染まっていた。


「ええ、呑んでいますよ。中尉殿」


 ルゥトはそう茶化したように言ってジョッキを掲げる。

その茶化し方に少し眉間に皺をよせて、ジョッキをぶつけて乾杯をする。


「あんたも中尉殿じゃないの。嫌味な言い方ね」


 カリーナはそう不貞腐れる。別段怒ることでもないのだが同じ階級、しかも自分よりふさわしい男に言われると少し腹が立った。


「サラも飲んでる?」


 ルゥトの影に隠れるように手に持った皿に盛られたローストチキンを頬張る少女に声を掛ける。サラは目線だけカリーナに送りもぐもぐ口に入ったものを砕くのに忙しそうだった。

そんなサラをカリーナは寂しそうに見て


「結局サラとは仲良くなれなかったなー」


 そうやや口惜しそうに語るカリーナ。

それを見てルゥトは少し首を振り


「いいえ、サラはあなたのこともレノアのことも気にかけてるし、好意をちゃんと持ってますよ。分かりづらいだけです」


 やさしい父親のような眼でルゥトはサラを見る。


「そ、それほんとですか?」


 丁度カリーナを追って、千鳥足のレノアがやってくる。

短い髪をしっかりとセットして、可愛い銀の髪留めがワンポイントで可愛らしい。

シンプルなノースリーブのブラウスに薄手のカーディガンと少し女性らしい服装を着ると、普段気にすることのない胸の膨らみが強調されて意外とグラマラスなのに男性諸氏が驚いていた。

 その視線に恐怖してしばらくはカリーナの後ろに隠れていたがアルコールが入ると陽気になるタイプらしい。先ほどまで楽しそうに下心丸出しの新参少尉たちと談笑し、スケベ心で伸びた手にナイフやフォークが容赦なく突き立てていた。

レノアはニコニコしながらサラに近づくとふわっと抱きしめ


「エヘヘヘ、私サラちゃんに嫌われてると思ってましたぁ」


 そう言って嬉しそうに頬を摺り寄せる。

顔色変えずにされるがままのサラ。

ルゥトはそんな2人を見て微かに笑いながら


「サラは意外とお姉さん気質なので、あなたのことは特に注視してましたよ」


 そういうとレノアはえ?っといった顔で驚き、それを見たカリーナは吹き出した。


「ぶっ、あはははは、たしかにレノアは目が離せないとこあるからね~~」


「も、もう。カリーナまでー」


 少し不貞腐れる仕草をしてレノアも一緒に笑いだす。


「なぁに~~、そんなとこで女子会?あたしもまぜてよぉ」


 もう完全に出来上がってしまっているリリリカが現れる。

普段は男と混ざっていると女性であることを気づかないほど高身長ですらりとしているが、少し大人びたセクシーなナイトドレスを着ているとびっくりするほど「女性」だった。普段気さくに話していた仲間ほど絶句して話しかけれなかったほどだ。ただ、アルコールが入るといつもの地がでて誰も女性扱いしていなかったが……。

 リリリカはカリーナを後ろから抱きしめるように体重を預け、酒臭い息を吐きかける。


「ねぇ、例のやつそろそろ渡そうよ~」


リリリカがそう言うと鬱陶しそうにしてたカリーナが


「ちょうど揃ったし、そうね。サラ、これ、もらってくれる?」


 そう言って小さな縦長の箱をさらに渡す。

サラは何の感情の動きもなくその箱を受け取り見つめる。


「開けてみて?」


 カリーナたちに寄り添いながらレノアがサラに促す。

おもむろに箱を開けるサラ。中には小さなネックレスが入っていた。小さな星が4つ連なった可愛いらしい女性向けの小さなネックレス。


「へへへ、せっかくだからさ女性陣だけでお揃いの物を作ろうって話になってね。作ったんだ~~」


嬉しそうにリリリカは首に付けていた同じデザインのものを見せつける。

カリーナとレノアも付けていた。


「ね?つけてみて?」


 そう言うとリリリカの呪縛からスルリと抜けたカリーナが、サラの後ろへ回りネックレスを手に取る。突然支えがなくなりたたらを踏むリリリカ。

無抵抗のサラの首に優しくネックレスをつけて


「これでよし!!どこに行ってもわたしたちは仲間よ。またみんなで集まりましょう!」


 そう言ってサラを後ろから抱きしめるカリーナ。


そして残念なことに。


本当に残念なことにカリーナは見ることができなかったが


少しだけ、サラが微笑んだ。


「……サラちゃんが笑った」


 カリーナを除く3人が呆気に取られる。

後ろから嬉しそうにサラを抱きしめていたカリーナが驚き


「え?まじっ」


と言ってサラの表情を覗き込んだが

そこにはいつもの表情のサラがいた。


「ちょ、ちょっと、あたしだけ見てない。みてないよぉぉ~~」


 そういってサラを揺するがぐらぐらと頭を上下させるサラはいつもの無表情だった。


 宴はその後、地獄絵図と化し、酔っぱらい新人士官たちによる海軍カレー派と陸軍隠し飯派に分かれた壮絶な罵り合いに発展し、拳が飛び交う寸前で店を追い出されることとなる。

酔っぱらいどもはそのまま次の会場を探して彷徨い歩いて行く。


 ルゥトとサラは翌日には帝都を起つのでここでお開きとすることにした。

ルゥトとサラの前にカリーナ、レノア、バーナル、ジグナルが立つ。


「お前には世話になったな。俺は近衛隊に配属だからこの地に残るが、ここからお前たちの武勲を祈っている」


ジグナルはそう言って全員の顔を見る。


「あたしたちは残念ながら海だわ……。船酔いが今からこわいけど……。まぁ仕方ないわよね。あんたたちはいいわよねぇ。同じ陸軍で同じ師団」


 少しげんなりのカリーナだった。


「へへへ、やはり、見てる人はみてるんだぜ。ハギュール師団だ。同じ配属だといいなぁ。ルゥト」


 バーナルはベロベロで上機嫌だった。すでに自立すら不可能でジグナルの肩にぶら下がっている。


「あんたの場合、使うなら陸以外ないじゃない。他はまったくのからっきしなんだから」


 カリーナは呆れ気味に罵倒した。

レノアとルゥトはいがみ合うカリーナとバーナルを見ながら


「サラちゃんをお願いしますね。と言う必要もないですか?」


 少し酔いも覚めたのかレノアはルゥトにそう囁くように言う。


「……ええ、サラはもう私の娘みたいなものですからね。最後まで共にいることになるでしょう」


 そう言うとレノアは嬉しそうに笑った後


「さ、カリーナ。行こう。みんないっちゃったし」


 珍しくレノアが率先してカリーナの手を引く。


「……じゃあ、ルゥト・デュナン。お互い息災で、また会いましょう!!サラも元気でね」


そう手を振りながらレノアに引っ張られるカリーナ。

ジグナルは何も言わず手を出し握手を求める。

ルゥトはその手を強く握りしばらく目を見る。

そして手を離すと


「じゃあまたな。お前ならきっとどこにいてもその名が響き渡る男になるのだろうな」


 そう言うとベロベロのバーナルを担ぐようにして踵を返した。

担がれたバーナルはルゥトに手だけで挨拶してウィンクする。

ルゥトも小さく手を上げてそれに応え、皆が行ってしまうのを見送った。

そしてサラを見て


「では行きましょう。明日にはここを起ちます。ガイたちに挨拶できないのは残念ですがまたどこかで会うことがあるでしょう」


 そういって満天の星を見上げる。

サラも静かにそれに習った。

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