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第33話 約束

 ……

 暖かい昼下がり。

 ふらりと窓から入った大きな廊下。

 誰もいない静かな廊下に音もたてず降り立つ。

 白を基調とした廊下は昼の太陽の光を反射して明るく清潔感に満ちていた。

ゆっくりとまるで重力がないかのようにふわりと歩き出し突き当りの大きな扉の前に立つ。

 しばらく扉を眺めて


 ひとつため息をつく。


意を決するように扉を強く3度ノックした。


「…どうぞ。開いているよ」


 か細い、辛うじて聞き取れるようなかすれた声が返ってきて、扉に手をかけて音を立てることなく扉を開けて中にスルリと入る。

部屋の中は少しむわっとした蒸し暑さであり、空気が淀んでいる。消毒液とたくさんの薬剤の刺激臭が鼻につく。

やや広い部屋の中央に大きな天蓋付きのベッドがあり

 そこに一人のやつれた男が横になっていた。


 男はこちらを見ると力なく笑い


「ぁぁ…やっぱり来てくれたんだな。久しぶり。…といってもお互いずいぶんと変わってしまったね」


 そう言うと少し自嘲気味に笑っていた。

 ベッドの男は痩せこけ、顔に精気がない。顔の肉が削げ落ちて骨と皮だけになっていた。土色に近い青白い肌。髪は白くまるで老人のようだった。

すっとベッドに近づき、男の横に立つ。


「……その雰囲気、それは変わらないんだな。やっと会えた。きてくれて嬉しいよ……。逝く前に君に会えたのは」


 男は本当にうれしいのだろう。先ほどまで濁っていた精気が少し目に戻ってきた。


「よかった……あれから……君に会うことができなかったのが心残りだった。だから……最後にコレに願ったんだが‥それを怒りにきたんだろう?」


 男はベッドの横に置いてある黒くボロボロに砕けた円状の物に目をやった。


「でもよかった。やはり君は来てくれた。あれから……だいぶん経つが、僕は見ての通りだ。アンリエッタもあの頃の贖罪の日々を送っているよ……。それがぼくらの為すべきことだしね……、ただ、それに巻き込まれるように僕らの可愛い娘にさみしい思いをさせてるのが……ね。僕には我慢がならないんだ。だから、もう一度君に頼ることにした。アンリエッタはこのことは知らない。まぁ君を見れば一発でばれるだろうけど」


 そこまで言って男の頬が上がる。少し興奮しているのかカサカサの色白の頬にやや生気がみなぎる、


「すまないね。最後まで君に頼るしかない僕の不甲斐なさを笑ってくれ。でもそれでもアンリエッタとあの子のことを頼めるのは君しか残らなかった。情けないがそんなところは僕はあの頃のままだった……」


 ゴホッゴホッと苦しそうに男が咳き込み咳が止まると、ヒューヒューと苦しそうに呼吸を繰り替えす。

 ベッドの横の水差しを取り男の口へと運ぶ。

男はそれに口をつけて少し水を飲むと落ち着いた。

そしてこちらを真剣な表情で見つめて懇願するように言葉を発する。


「娘を、キュリエを頼めるかい?・・・」



 暫くの静寂の跡


「……今はリーエント・ヴァナンデュラルと名乗っている」


 リーエントは静かにそう答え、男のテーブルにあったモノクルを手に取り、自らの右目に付け男に優しく笑いかけた。

その笑みを見た男は安堵の表情を浮かべて大きく息を吐いた。


 バンッと大きな音を立てて扉が勢いよく開かれる。

綺麗な金色の髪をなびかせ、日向に咲く大輪の花のような笑顔を称えた可愛らしい少女が飛び込んできた。


「とーさま、今日はね。歴史の先生に褒められたの!!」


 リーエントはその快活な姿が懐かしい記憶と重なる。



「聞いて!!リュウト!!今度こそ間違いないわ!!あの場所に絶対にあるはずよ!!今晩ぬけだすわよ。手伝って!!」


 彼女はいつものように元気に駆けてきて無茶なことを言い出す。

その天真爛漫さはまるで輝く太陽そのものだった。誰もが彼女に目を奪われ、誰もが彼女に振り回されていた。


 ……一瞬、過去に戻った自分の記憶に飲まれる。

意識を戻すと目の前の少女はそれよりは少し控えめなようだった。

見知らぬ男が部屋にいたことに少し驚き躊躇していた。


「ぁぁ、キュリエ。今日は元気なのだね。こっちに来なさい」


 いつも以上に優しく、ベッドで横になっている男は少女を呼び寄せた。

少女は恐る恐る近づいてきてリーエントを見上げる。


「彼はね、古い友人の息子さんなんだ。リーエント・ヴァナンデュラルくんだ。今日からキュリエの執事として仕えてくれると約束してくれた。キュリエ、挨拶しなさい」


 男がそう促すと少女は恐る恐るではあったが、教わったように小さくお辞儀をして


「はじめまして、キュリエ・ファルンアウスタリアと申します。リーエントさま」


 そう言ってスカートの裾を持ち上げてレディのように振る舞う。まだ拙かったが愛らしい表現は微笑ましかった。


 リーエントは少女の前に膝をつき、目線を合わせて少女の瞳をしっかりと見る。

瞳の色は父親譲りの翠玉色だった。少し不安の陰りが見える。好奇心の塊だった母親より少し父親に性格が似てるのかもしれない。そう思いリーエントの口元が少し緩んだ。


「はじめまして我が君、我が姫様。リーエント・ヴァナンデュラルと申します。今日よりあなたにこの命尽きるまでお遣いすることとなりました。どうか最後までお伴させてくださいね」


 リーエントはそう言ってキュリエの手を取り手の甲に優しく口づけをする。



 2度目の、2人目の約束。

 1度目は叶わなかった。でも……


 こうしてリーエントは彼の願いを聞き入れることを決めた。

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