第31話 特別任務〈無双〉
川へ降りひょいひょいと軽やかに川の石の上を八艘飛びよろしく飛び越えながら渡り、岩の裂け目を目指すギーヴを追いかけるルゥト。
ルゥトもギーヴほどの軽快さはないにせよ流れるように川から頭を出している岩を足場に川を渡る間にギーヴは裂け目に無警戒に入っていく。
先ほど補給部隊襲撃から戻った野盗の頭ここを通り、襲撃失敗を告げたため2人いた見張りは一応警戒を強めていた。
そこにふらりと道に迷ったかのように少年が入ってくる。
見張りの一人が怪訝な顔をして小さな侵入者を恫喝しようと
「お・・・・
罵声を浴びせようとしたが声が出ず、そのまま喉がぱっくりと開き血がダラダラと流れ落ちる。自分の声が出ないことそして喉から零れ出る血を見て男は白目を向いて倒れる。気絶しそのまま絶命したのだろう。
もう一人の見張りは何が起こったのか分からず一瞬思考が停止した。
その瞬間、飛来した短剣が正確に心臓に突き刺さり、男は次の行動を起こす前に倒れる。
ギーヴは入り口まで追ってきたルゥトを振り返り見て
「おにーさんも一緒にきたんだ。じゃあラクショーだね?」
そう少年は屈託なく笑う。
その顔をみてルゥトはゲンナリしながら
「できればおとなしく戻って援軍を待ってもらいたいんですがね?」
そう説得を試みたがギーヴはすでに話も聞かず切れ目から奥の洞窟へと無警戒に侵入していった。
大きくため息をつきルゥトは投げた短剣を回収して奥へと追いかける。
少し狭い通路を進むと暗かった通路のような洞窟が開けた場所へと出た。
かなりの広い空間でこれほどの規模の洞窟が今まで知れ渡ってなかったのが不思議なほどの物だった。
ルゥトたちがきた道は洞窟の少し高い位置で4mほど下に広場のような場所があり、そこには馬車やたぶん補給物資らしきものが山積みになっている。さらに洞窟内に船もあり、そのまま先ほどの川の別の流れと繋がっているようだった。
それは人口的に作られた川へ船を出す簡易港に見えた。
「これほど大規模とは・・・」
明らかに野盗のレベルを超えている。
ルゥトは思案する。これは確実に裏で糸を引いている者がいる。
当然軍の兵站を乱すのが目的ということになる。つまりこの野盗の後ろには・・・
そんなことを考えていると物資周りが騒がしくなる。
ルゥトはハッとして下を覗き込むと・・・
すでにギーヴが戦闘を始めていた。
野盗の頭はアジトの集積場まで降りると大きな声で全員に声を掛ける。
「襲撃は失敗だ!!すぐここを引き払うぞ!!いずれここに軍のやつらが攻め込んでくる。その前に持てるだけ持って脱出だ!!荷物を積み込め。積めない荷物には火を放つぞ!いそげ」
そう指示を飛ばす。
それまでだらけていた男たちはその声でやる気を出して動き始める。
みな機敏にこの時を想定してたように指示を待つことなく作業に取り掛かる。
頭はここの責任者らしい男に近づき
「予定通り出航してくれ。下手をしたら川を下ツ時に敵と遭遇するかもしれないからな。必要最低限だけ積んでいけ。俺は・・・一応ボスに声を掛けてくる。たぶん聞きはしねーだろうが・・・な」
今までで一番慎重な顔をして頭は洞窟のさらに奥へ入っていった。
ひらけた場所にでたギーヴはおもむろにジャンプして下の広場へと降り立つ。
そこにいた男たちはせわしなく動き回り荷物を運んでいた。
その様子を少し眺めたあと
「とりあえず全部倒せばいいんだよね?」
誰に問うたわけでもないがそうつぶやくと剣を抜きゆっくりと歩いて行く。
突然、暗がりから少年が歩いて出てきて食料の入った袋を持ち上げた男は小首をかしげ
「おい、小僧。お前も手伝え」
そう声を掛ける。ん?子供なんていたか?と考えた瞬間に男の視界はブラックアウトした。
ドスーン、と何か重い物が崩れた音がしてその場にいた屈強な男たちは音のした方向へ視線を向けた、
そこには血飛沫を上げて倒れた首のない死体と鮮血を浴びることなくスルリと移動しる小豆色の短髪の少年が歩いて近づいてきた。
先ほど頭と会話をしていた責任者の男がすぐに察して
「敵襲だっ!!全員武器をとれぇぇぇぇ!!」
と叫んだ時には少年が飛びかかりその喉に剣を突き立てていた。
少年が覆いかぶさったまま崩れ落ちる男。
少年の視線はすでに次の獲物を求めて動いていたが視界に入る敵はすでに剣を抜き戦闘態勢に移行していた。
へー、そこそこやれる人たちじゃないか。
ギーヴは心が躍った。数はざっとみたところ20人から30人の間。時間は・・・そうだな10分ってとこかな?
そう決めた時にはもう動いていた。
いま取った男の死体を踏み台にして3人ほどが密集していた場所に飛び上がる。
そのうちの槍を持った男が空中のギーヴに狙いを定めて槍を突き出した。空中なら避けられる心配はないだろうと高をくくった渾身の一撃であったがそれはギーヴに当たることなく少年は槍を無造作に掴みその槍を手前に引く反動を利用して軌道修正と加速を行い槍を持つ男の目に剣を突き立てた。
「ぎゃああああああああああ」
剣が刺さった男が目を抑えて叫ぶ。
その叫び声が木霊する中ギーヴは相手が手放した槍をクルリと回して隣にいた男を突き刺しながら次の獲物に目標を定める。
身軽な動きでその場にいた自分より大きな男たちを翻弄し確実に仕留めていく少年。
正に一騎当千の戦いぶりであった。
それを少し離れたところから弓で狙おうとする男がいた。
「ガキが、調子に乗りやがって!!」
男はここで一番の弓射ちだった。狙った獲物は外さない。その腕で危険な相手を遠距離から排除してきたのだった。
よく狙い、少年の意識がほかに向いたその瞬間に
「しねよ。クソガキ」
完全に手ごたえありのタイミングだった。
だがその矢は飛ばず、彼の矢を持つ腕がストンと地面に落ちた。
「え?」
弓射は落ちた自分の腕を見た。
「すいませんね。さすがに放置はできませんので」
背後で聞こえた声が弓射が最後に聞いた声だった。
ルゥトは遠距離武器を持つものを見つけては排除していった。
時には敵から奪った弓を番えて射ち、必要なら駆けて行ってその首を剣で引き裂いた。
中央の混乱は徐々に収まりつつあった。
地面を鮮血と動かぬ躯だらけにしながら
外側を排除したルゥトも少年の助太刀に向かう。
たぶん行く頃には終わっているだろうと思いながら。
最後の一人が逃げ出そうとしたのでその辺の剣を拾って放り投げる。
背中に突き刺さり倒れる逃げた男をつまらなそうに見ながらギーヴはあらかた片付いたのを確認するため辺りを見渡す。
「うーん。あっけなかったなぁ。こんなものかな?」
消化不良、といった感じで特に息切れもなく軽い準備運動を終えた、程度の感覚で少年は自分の剣を探す。あれはそこそこいい剣なのでちゃんと持って帰りたかった。
「お疲れ様です。ほんとに一人で終わったんですね」
血なまぐさくなった広場にルゥトが現れる。
彼もまた息一つ乱さずに走り回っていた。
「おにーさんも外側の敵ありがとね。さすがに遠距離までは相手にできなかったからなぁ」
そう言って一人で全部やれなかったのが悔しいといったニュアンスを感じる言い回しでルゥトを褒めた。
ルゥトは苦笑する。
「奥にまだ部屋があるっぽいよ。人がいるのかどうかはしらないけどね」
船とは逆方向を指さしてギーヴがそちらに歩き始める。
一応あたりに生存者がいないか気配を探ってみて問題なさそうなのを確認してからルゥトもギーヴの跡を追う。
岩壁に近づくとそこに大きな穴がありそこから奥へと入れるようだった。
ギーヴは口笛を吹きつつ穴へと近づこうとした時
穴の奥からなにかデカい物体がものすごい勢いで飛んできた。
ギーヴは慌てることなく身体を横にして飛んできた飛来物を躱す。
ルゥトはその射線上にいなかったので飛んできた物体が地面に激突してゴロゴロと転がるのを目にしてそれが人間だと認識した時、頭のなかで危険信号が鳴り始める。
「ギーヴ!!気をつけて!!なにか・・・やばい!!」
そう声にしたときにはギーヴも今までの余裕な状態ではなく腰を落として本気でかかれる態勢へと移行していた。
穴の奥から誰かが出てくる。
「なーにが逃げましょう!!だぁ?そんな覚悟でどーするよ?仕事は仕事だろぅ?しっかり仕事しろよ?」
気だるげな低い声が洞窟内に響く。
ギーヴもルゥトも最大の危険が近づいてきたことを悟った。