第29話 特別任務〈初陣〉
男は高い岩場から下を見下ろし、こちらに向かってくる馬車の列を見てニヤリと楽しそうに笑い
「懲りないねぇ。帝国軍人さんも。流石に3度目はないと思ってたがまさかくるとはねぇ」
顎の無精髭をさすりながら、日焼けで茶色くなった顔に性根の悪そうな表情を張り付けていた。
こちらに向かってくる荷馬車の列には並走する様に何体ものリーがルゥに乗った武装した兵士が大型の円形盾を構えて辺りを警戒しながら前進してくる。
「頭、流石に警戒されまくりですぜ。この中に突っ込むのはちょっと……」
部下らしき男はさすがの警戒状態に尻込みする。
「ケッ、そうは行かねーさ。今回の襲撃までが料金のうちなんだからな。しっかりやんねーとな。なぁに今回は物資を燃やしていいって話だ。ある程度暴れたら無理せず火を放たせろ」
そういうと荷馬車の列をもう一度見下ろし、舌舐めずりをする。
上司の指示を離れの部隊に伝えに行こうとする部下に
「あ、そうだ。全員に覆面を徹底させとけよ。なんせ俺たちは『野盗』なんだからな」
そう言って男は最高に下衆な笑みを浮かべる。
部下も察したように笑いながら、わざとらしく軍隊式の敬礼をしてから去っていった。
「さぁて、てめーら楽しい楽しい強奪の時間だぜぇ」
そう言いながら覆面を被り、自身の配下の者たちに弓を構えさせた。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「そろそろだな」
ジグナルは荷馬車の幌の隙間から外を覗きながらつぶやく。
「まままま、ま、まじっすか・・・・」
リリリカは緊張で声が裏返りしっかり喋れない。
全身ガッチガチに固まり、視線はどこを見ていいのか分からず右往左往していた。
そんなリリリカを横で見ていたカリーナは優しく笑いながら彼女の肩を叩き
「リリリカ、あまり緊張しすぎない方がいいわ。そんなに固くなったら実力の半分も出せないわよ?」
そう言っていつでも戦えるように準備を始める。
カリーナたちが乗っている荷馬車には補給物資が半分しか積んでおらず、その代わりジグナルとカリーナ、レノアとサラ、そしてリリリカが乗っていた。ほかの荷馬車にも同じようにA班の者が潜んだ荷馬車がいくつかある。
結局輸送車の護衛に冒険者30人を雇い、A班の候補生25名が輸送車に潜んで襲ってきた野盗を奇襲することになった。
輸送の荷馬車は25台。その荷馬車が余裕を持って走れる程度に広いく、道は舗装が甘くガタガタであった。現在地はリシア渓谷の中盤、渓谷でも崖と窪みの高低差の低く、傾斜の下りやすい谷の底に当たる部分を郵送部隊は走っている。高い場所から強襲するにはうってつけの場所であり、過去2回もこの周辺で襲われている最重要危険ポイントであった。
ジグナルも自分の大盾を引き寄せ
「そろそろ全員盾を頭上に構えて密集しよう。最初に矢を射かけてくるぞ」
ジグナルを中心に女性たちは四方に円形の盾を構える。バーナルが見たら羨ましがるような密集陣形だった。
サラが一瞬ビクッと反応し、ジグナルも押し寄せる殺気を感じとる。
「くるぞっ!!頭を隠せ!!」
ジグナルは自分の大盾を頭上に掲げて女性陣の直上をカバーする。
馬車の車輪の音にかき消されないほどの矢の風切り音が降り注ぐ。
たいした数ではないが矢が馬車内にも飛び込んでくる。ジグナルの盾にガンガンと2本ほど当たった。
外では多少の混乱の声が聞こえる。弓の斉射で冒険者や、馬車の御者達、リーガドゥに被害が出ているのだろう。
矢の雨が止んでもジグナルたちはまだ飛び出さない。
十分引きつけてから飛び出さねば伏せてる意味がなかった。
馬車の周りで雄叫びが上がる。野盗たちが襲撃のために崖を下ってきてるのだろう。
「襲撃だ!!慌てず対応しろ!!」
冒険者たちも事前に打ち合わせした通り、抜刀して迫りくる野盗を迎え撃つ。
激しい剣戟が鳴り始め、野盗たちが次々と襲ってきているのが分かる。
「そろそろだな」
ジグナルの言葉が言い終わる前に小柄な女性2人、レノアとサラが真っ先に飛び出した。
足が速く高速戦闘を得意とする2人が一気に馬車から飛び出す。近くにいた野盗を足蹴にしてリーガドゥから蹴落として宙を舞うレノア。素早く地面に着地し、低い体勢で馬車の間をすり抜けて野盗に飛びかかり、喉元に剣を突き立てるサラ。
「ぎゃああああああ」
不意の攻撃で野盗の叫び声が上がる。それを合図にジグナルが荷馬車から飛び降りて叫ぶ。
「A班。掃討戦だ!!かかれぇぇぇぇぇぇぇ!!」
喧騒の中でも戦場の隅々まで響く声であった。
「おおおおお」
各荷馬車の中から鬨の声が上がり、次々と候補生たちが飛び出して近くの野盗に襲い掛かる。一瞬固まった野盗の騎乗しているリーガドゥを斬りつける。斬られたリーガドゥは驚いて暴れて搭乗者を振り落とす。
完全な乱戦となった。
「お~お。やっぱり兵を伏せてたかぁ。馬車の数が多いもんなぁ。明らかに。なかなか威勢のいいのがおりてきたな。こいつは劣勢かねぇ」
野盗の頭はリーガドゥに跨ったまま、戦況を崖の上から眺めていた。襲撃には手下15名ほどを手元に残して参加していなかった。
冒険者と思われる最初の護衛が30ほど。馬車に潜んでいたのが20くらいか。
こちらの襲撃は40名ほどが降りて行ったからうまく戦えば五分くらい。だが、馬車から降りてきたやつらに相当の手練れが混じっているな。
特にやたら足の速い小柄なのが2人。あれは女か?馬車の影や馬の影を利用して次々と奇襲をし、かく乱してこちらの数を減らしている。
あとは大盾を持った男。あのデカい盾もってなんであんなに早く動きやがる。リーガドゥ騎乗相手に単独で歩兵が押し返してる姿なんぞ初めて見たぞ。
野盗の頭は冷静に戦力分析を行う。
「大将、弓で援護しますかい?」
隣にいた男が弓を構えようとする。
「あほ、、こっちの居所教えてどーすんだ。それに乱戦だ。味方にも当たるぞ」
そういいながらこの戦場はダメだな。俺だけでも撤退するか。頭はそう判断する。
「おい、準備してた火矢を使うぞ。油を転がせ」
そう指示する。
「了解でさぁ!!」
部下が手を上げると用意してあった油の入った子樽が大量に投げられる。
それと同時に野盗の頭がちょこまかと動く女性に向かって弓を射る。
だがそれは大盾の男が割って入り男がこちらを睨む。
チッ、野盗の頭は舌打ちをして部下を見る。部下たちの手にはすでに火矢が持たれていた。
風切り音に反応してジグナルがレノアの側面を防御する。
ガキィィン。なかなか強力な射手が放った矢であった。
矢の飛んできた方向を見る。リーガドゥに乗った男が見える。そこに10人強の野盗がいる。
見えるのは……火!!
先ほど何かが降り注いだのは……油かっ!!
「気をつけろっ!! 火矢がくるぞっ!!」
こいつら積み荷の強奪が目的ではないのか??
つまり……ただの野盗ではない?
ジグナルは全員に危険を促す。
「油をまかれているぞ!! 荷を守れーーー!!」
そう叫んだ。
「ふん、それは無理だな」
盾の男の声が聞こえたが、野盗の頭は鼻で笑った。
手を上げて火矢の射撃指示をだそうと手を振り上げた時、
頭の後方から黒い大きな影が飛び出してくる。
一瞬の強い殺気に反応した頭は素早くリーガドゥから飛び降りて左へ飛び退く。
間一髪だった。
頭がいた場所に凄まじい一閃が駆け抜けた。乗っていたリーガドゥの頭が吹っ飛ぶ。
ちっ、貴重な足を。
崩れ落ちるリーガドゥを見ながら野盗の頭は舌打ちをした後、襲い掛かってきた黒い影を目で追う。
影、2mを超えるであろう巨漢はあっと言う間に火矢を持った部下たちに襲い掛かっていた。一瞬のことで意表をつかれて、最初の犠牲者がリーガドゥごと男の槍に貫かれる。急な乱入者に対応しきれず、浮足立つ射手たち。持っていた火矢を乱入者に向けるが男は野盗を盾にするように動いて次々と獲物を仕留めていく。圧倒的戦闘力であった。
さらにリーガドゥに乗った10名ほどが乱入してこの場の制圧にかかる。
火矢を射ようとしていた野盗たちはあっという間に次々と屍と化していく。
これは……ダメだな。頭は即座に負けを認めて一応撤退用の狼煙に火をつけ、宙に投げる。
「撤退だぁぁぁぁ」
崖下でそれに気づいた誰かが叫ぶ。
よし、これでいいだろう。
頭は狼煙を投げると同時に戦線離脱のため駆け出していた。これ以上の被害は自分の知ったことではない。あとは拠点に戻り荷物をまとめてさっさと逃げるだけだ。仕事は果たせなかったがどうせ裏の仕事だ。
少し離れたところに繋いであった部下のリーガドゥに素早く乗り、さっさとこの場を去っていった。
その姿を後方からばれないように追うリーガドゥが2騎、ルゥトとバーナルであった。