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第26話 休日

 教練終了の翌日

予定より1日早く教練が終わったため、A班は急遽オフとなった。

ルゥトとサラも体調管理を優先し、今日はゆっくりと時間を過ごすこととする。

午前中は寄宿舎の部屋の掃除に当て、午後から昼食を兼ねて街へ出て買い出しに出かける。


 帝都の西側は商業区で市場の喧騒や国外からくる行商人などで賑わっていたが、北側は軍の施設が多く全体的に落ち着いた雰囲気だった。

いたるところに制服を着た軍人が歩いているため治安もよく、北側に住んでいるのは国の関係者か軍人、あとは裕福な者が多いのが特徴だった。

ルゥトとサラは寄宿舎から出て少し綺麗な大通りに出る。道路沿いに椅子を用意した屋台で食事をすることにする。ルゥトはサラを席に座らせて食べ物を買いに行く。


 適当に注文をして出来上がるのを待ち、おおよそ10分くらいで食べ物の乗ったトレイを持ってサラの元に戻ると、サラの前に座って何やら楽しそうに身振り手振りをしながら話す男性が座っていた。


 頭に大きな帽子をかぶっている。端正な顔立ちで女性が見れば90%の人は見惚れるであろう。

にこやかに笑った顔が実にほのぼのとした男性だった。ルゥトと変わらないくらいの身長だと思われ、すこしダボついた大きめの服を着ているため分かりづらいが細身で筋肉質。このあたりで筋肉質とくればたぶん軍人だろう。ルゥトはざっと見てそう予想した。

 少し驚いたのは誰に話しかけられてもだいたい目も合わせないサラが、珍しくしっかりと目を見て話を聞いていたことだった。

ルゥトは少し微笑んだ。サラでも興味が湧くとはどんな話をしているのだろう。


「こんにちわ。連れがご迷惑を?」


 ルゥトは楽しそうに話している男性に声を掛ける。

男性は一瞬止まってルゥトを見ると、少し恥ずかしそうな顔をして


「あ……いやぁ、お恥ずかしい、つい夢中になって話をしてしまって……いえいえ。お連れさんにはただ話を聞いてもらってただけなんですが、もしかしてお邪魔ですか?」


 妙に人懐っこい男であった。甘え上手というか人に好かれる人柄というか


「いいえ、お気になさらず、サラもあなたの話が面白いようですし構いませんよ。ただ我々は食事を取っても?」


 ルゥトは持ってきたトレイをサラの前に置く。

サラは男から視線を外し、目の前に置かれた食事に夢中になる。


「ああ、どうぞどうぞ。大した話をしてたわけじゃないんだ。実は僕には兄妹が多くてね。ちょうど一番下の妹がこの子くらいの年なんだけど、僕なんかよりしっかりしてて、この間なんか……」


 どうやらサラを見て末の妹を思い出したらしくしっかり者の末の妹の話を取りとめもなく話していたようだった。妹は3姉妹で一番上の妹はおっとりしているが怒ると怖いらしい。真ん中の妹はどうやら彼なんか眼中にないらしく、まったく相手にしてもらえずどんなに関わろうとしてもシカトされるそうだ。

 そして一番下の末の妹は3人の中で一番のしっかり者。久々に会うと毎回怒られるそうで最後に会った時は買い物に付き合ったそうだが兄である彼が迷子になり、どこに行っていいか途方にくれた彼を見つけ出し家まで連れて帰ったそうだった。

なんとも情けないエピソードだがこの男には似合っているなとルゥトは思った。


 そして本当に珍しくサラも彼の話が面白いのか食事の手が遅くなる程度には聞いていた。実に珍しいのでルゥトはそっちの方が微笑ましかったくらいだった。

 なんだかんだと彼のとりとめもない話を聞きながら昼食を終え、ルゥトは懐の懐中時計を出して見る。すると


「ああああ……!!。し、しまったぁ、部下を待たせてるんだった……。すまない、この話はまた今度でいいかな?」


 2番目の妹の部屋に本を借りに勝手に入ったら妹が戻ってきたエピソードを語っている最中に男は立ち上がった。ルゥトはその仕草に笑い


「ええ、また次の機会で」


 そう言って立ち上がり握手を求める。男は嬉しそうにその手を握り


「じゃあまた今度ぜひ聞いてくれ。待ってるから」


 そう言って強く握手をする。

そしてサラの頭に手を置き、わしゃわしゃと髪を撫で


「お嬢ちゃんもまたね」


 そう言うと颯爽と振り返り去っていった。

ルゥトは無表情に男を見送るサラを見て


「珍しいですね。サラが知らない人に興味を持つなんて」


 そう聞くとサラは視線をルゥトに戻して


「海軍」


 ただそれだけを小さく呟いた。それを聞いてルゥトは合点がいったように頷き


「ああ、じゃあ今の人が……」


 去っていった男の方角を見た。



 男は急いで大通りを歩き、十字路で左に曲がる。

そしてしばらく進んだ所に立っている軍服を着た短髪のキリッとした女性の前まで行って


「す、すまない。つい長話をして……遅くなってしまった。待ったかな?」


 まるでデートに遅れてきた男のようなセリフだった。

待っていた女性は呆れた顔で


「いいえ、ずっと観察させていただいてましたから。気づかなかったんですか?」


 女性は男を侮蔑した目で見ながら冷たく言い放った。男は顔をあげて大げさに驚き


「え?そうなの?それなら声かけてよ。でもまぁ無事声をかけてきたよ。なかなか2人ともいい人物のようだ。うちに来てくれないかなぁ」


 男は暢気にそう言った。それを聞いて女性は肩を落とし、大げさに落胆のため息をつく。


「はぁぁぁぁぁぁぁ……。まさかと思ってましたが、あれで勧誘してたつもりだったんですね……。馬鹿な話ばかりして大事な要件は言ってませんでしたよ……」


 そう言うと男は目を見開いて驚き


「え?うそ?!!ちゃんと海軍にきてよ。って言ったよね???最初に」


 それを聞いて女性は一気に膝から崩れ落ちる。


「サーラシェリアはコミュニケーションが困難である。と最初に言いましたよね……。ルゥト・デュナンの方にちゃんと話してくださいって何度も念を押したのに……」


 女性の声は半分泣き声のようだった。


「あ、そうだった。つい……彼途中から来たからさ……。ごめんよ、泣かないでヴィーアちゃん」


 男は崩れ落ちた女性の肩に優しく手を置くと


「ちゃんはやめてください!!あと情けない声も出さないっ!!」


 凄い剣幕で顔を上げ男を叱責して手を払いのける。


「は、はいっ!!すいません」


 男は機敏に直立不動になる。


「はぁ……勧誘失敗じゃないですか……。せっかく強行軍で戻ってきたのに。明日こちらにいる者に正式に勧誘に行ってもらいます」


 ヴィーアはそう言うと力強く立ち上がった。そうすると男はヴィーアの肩に手を置いて優しく首を振り


「いいや、いいさ。ちゃんと伝わってるよ」


 妙に自信ありげに男はにこやかに笑った。

その顔を見てヴィーアは一瞬惚けたが、すぐにブチ切れて男の足にローキックを入れる。

まぁまぁいいキックだったが男は微動だせずに帽子を取ると、綺麗な銀色の長髪が風に乗ってなびく。


「さぁ、帰ろうか。我らが第一艦隊旗艦、ディトゥーア号へ」


 そう言った男の顔は先ほどまでのだらしなさはなく、鋭い眼差しの歴戦の戦士のそれだった。

海軍司令官にして海軍第一艦隊司令、そしてブッシュテイン帝国第二皇子、リーンハイド・ファルエ・ブッシュデイン中将は爽やかな青空を嬉しそうに見上げた。

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