第24.6話 士官学校講義Ⅲ 実技教練
やられた……
乱れる呼吸はそのままに荒らされた本陣の前でカリーナは自分の読みの甘さを呪った。
自分たちが「攻撃側」だという認識に捉われすぎていた。
そして一番致命的な見落とし
水と食料だった。
水の入っていた樽は無残にもすべて破壊され、食料は念入りに踏みにじられ悪臭を放っていた。たぶん尿をかけたのだろう。
なぜ自分は思いつかなかったのだろう……。本当の戦闘なら狙って当たり前、むしろ何においても優先的に確保せなばならないものを疎かにしてしまった。
カリーナは自分の大失態を悔いずにはいられなかった。
だが嘆いてばかりもいられない。
落ち込むのは終わった後だ。
この状況、どうする?
あと2日。最悪食事はなんとかなる。ここは自然の実りも探せばあるだろう、最悪2日だけだ。空腹を耐えれないわけではない。
ただ……水は……だめだ……。
動けば水分を必要とする。動けば動くほど。
すべてを確認したわけではないが戦闘区域に水源はないと思われる。
まったく見ていない。川もない。湧き水くらいならあるかもだが・・・それを探してる暇もない。
つまり出撃前に少しづず持たせた水が最後の水ということになる。
「レノア、すぐに全員に伝えて。水がなくなった。持っている水を温存してって」
レノアは頷くとすぐに移動する。
カリーナは頭を巡らせる。
現状で勝てる手立てはなんだ?
もう3日目まで戦闘を続行するのは不可能だ。
明日から敵は嫌がらせの消耗戦を始めるだろう。
こちらを緊張させ、体力を奪い、水分を奪いにくるだろう。
3日目には動けない者が続出することを想像するのは容易だった。
そうなったらもう勝ちはない。
いや、すでに現状で勝つ方法があるのか?
カリーナは悩む。
自分の致命的なミスでチームを追い込んでしまった。
どうすればいい……。
ぐるぐると回る思考、頭の中を熱い血液が巡ってるようにぐわんぐわんした。
足元がふらつく。
「カ、カリーナ?大丈夫?」
レノアの声でハッとなる。振り返るとチームの仲間がどんどんと戻ってきていた。
ここで弱気になってはだめだ。
カリーナはバチーンッと自分の頬を両手で叩き気合いを入れ直し
自らの失態をチームメイトに報告する。
「こちらの策を逆手に取られたわ。水と食料をダメにされてしまった……。ごめんなさい。私の判断ミスよ。でもまだ終わったわけじゃない。次の手を考えましょう!」
カリーナは自分の意志は折れていないことを皆にアピールするように力強く伝えた。
「かっ!たしかに一本取られたわけだがまだ戦いが終わったわけじゃねーんだろ?」
バッシマーは逆境に慣れているのか楽しそうに笑っていた。
カリーナはその態度に少し苛立ちを覚えたがこくりと頷き
「そうね。こうなると短期決戦しかない。私たちが取る手は……大将の首のみよ」
夜が開ける前、東の空が少し白んでいる。
夜中に偵察にでたレノアがルゥト・デュランの姿を敵本陣にて確認。
そのまま交代で彼が敵本陣から移動してないのを見張り、闇夜に乗じて攻撃チームは全員、敵本陣への突撃を決行すべく配置につく。
このタイミングで攻める以外に選択肢はなかった。
相手に準備をさせず、尚且つ敵大将が目撃された今、最大の勝機はここだろう。だが
相手もそれくらいは読んでいるだろう。当然しっかりとした防御を組んでいると思って間違いない。こうなれば力業で噛み砕くしかない。
突撃を全員一致で決めたあと、カリーナは出撃のために座って武器の手入れをしているバッシマーに声をかける。
「口で言うだけの実力は持っていたのね」
それを聞き視線を上げたバッシマーが不機嫌にカリーナの顔を見てバカにしたように笑い
「かっ!テメェは口だけの女だったようだがな」
つまらなそうに吐き捨てるバッシマー。
カリーナは自嘲気味に笑い
「返す言葉もないけどあなた、まだまだ本気じゃないでしょ?次は本気を見せてよ?」
そう言うと座っているバッシマーに触れそうなほど近づく。バッシマーの目の前にはムワッと匂い立つ女の匂い。服の上からも分かる張りのある乳房。旨そうな太ももが目の前にあった。
獣のような男は歯をむき出しにした威嚇の笑みを満面に浮かべて立ち上がり、カリーナの身体の後ろに手を回し乳房をガチリと掴み引き寄せて息がかかりそうなほど顔を近づける。
「かかっ!!それは……本気を出して勝ったらお前を好きにしていいってことでいいんだよなぁ?」
下卑た笑みをカリーナの顔に近づける。
「……あなたの活躍で勝利することができれば、ね」
カリーナは挑発するように臆することなくバッシマーの目を見返して含み笑いで返す。
「カリーナから手を離して!!」
いつの間に現れたのかレノアがカリーナの背後から手を伸ばし、バッシマーの喉元に短剣を突きつける。その切っ先はきっちりと頸動脈を狙っていた。
自らの首筋に突き付けられた剣を目で追った後、レノアに視線を向ける。
そして、手を離して最高に意地の悪い笑いを浮かべ
「いいだろう。俺が全てを蹴散らし勝った暁にはお前をその女の前で犯してやる!!待ってろよ!グハハハハハハハハハ!!」
バッシマーは今までにないほど危険な闘志を迸らせながらこの場をはなれていった。
レノアは珍しく怒りをあらわにしながら
「カリーナ!!なんであんなことを!!?」
怒るレノアの肩に手を置き悲痛な顔で目を伏せ、自分に言い聞かせるように呟く。
「私にできることはすべてやるのよ!それでも届かないかもしれない……。でもあきらめたくはないの……」
カリーナは自らの失敗を飲み込み切れずに足掻いていた。
レノアはそんなカリーナを辛そうに見つめる。
そしてカリーナは顔を上げると
「レノア、最後はあなたが頼みよ。力を貸して」
敵本陣は静かそのものであった。寝ているのか伏せているのか分からない。だがやるしかない。
カリーナは全員に合図を送ろうと立ち上がった時
黒い巨大な塊が一気に疾走して敵陣に向けて飛び出した。
バッシマー・デンプロウだった。
その疾さは脅威的だった。合図を出そうとしたカリーナは驚きで指示を出すのが一瞬遅れる。
だがすぐに我に返り
「全員彼につづけぇ!!」
そう叫ぶと呆気に取られた全員が我に返り
「おお!!!」
と叫んで突撃する。
その時バッシマーはすでに敵陣まで半分の距離まで疾走していた。
突然、空中に照明が投げられる。立ててあった松明に一斉に火が灯り
防衛側の陣周りに伏せていた防御チームのメンバーが立ち上がり
「おおお!!」
と雄叫びを上げる。
全軍衝突の形となった
疾駆する巨体が一気に中央にいた防御の兵を吹っ飛ばす。
完全に防御側の出遅れた形で戦闘は始まる。
それでも3人が槍で突進する獣のような男の行く手を遮るように攻撃を繰り出したが
バッシマーは持ってる槍を一閃すると邪魔に入った3人を一振りでなぎ倒す。
まさに一騎当千の猛獣が如く、であった。
あっという間に敵陣のテントを切り裂き、
振りかざした槍を上段から叩き落すように攻撃する。
ガキィィィィン!!
ものすごい金属音が鳴り響き巨大な盾が振り下ろされた槍を受け止める。
「ふむ。すごい気合いだな。だが貴様の進撃も……」
盾で防いだジグナルのセリフは最後まで発されることなく、バッシマーは正面にいるジグナルをお構いなしに勢いを殺さずに体当たりをして吹っ飛ばす。
吹っ飛びよろけたジグナルに向かって力いっぱいの最速の突きが繰り出され、態勢を立て直せなかったジグナルはそれを喉元に食らって意識を失う。
「がはぁぁぁぁぁぁ……」
まるで巨大な肉食獣のように息を吐くバッシマー。
その姿に彼を囲んでいた兵たちは怯む。
その一瞬を獣は見逃さなかった。一気に槍を振り回し周りにいた兵士を尽くなぎ倒した。
「どこにいやがる!! 敵大将!! 俺にやられちまえよ!!!」
そう雄叫びのように叫ぶ。
その声を聞き、バッシマーが突っ込んできた方向とは逆に走り出す人影。
それを目で追いニヤリと笑い
「そこかぁ!!!」
バッシマーが姿勢を低くして追う!!
テントの出口を出たところで3人の襲撃者に襲われたが、その攻撃を避けもせず身体に受けても怯まず止まらずそのまま槍を力任せに振るう。
奇襲をした3人は一瞬で吹っ飛ばされた!!
そのまま足を止めることなく逃げた影を追う。
逃げた影は丘陵から下り、森の中へと入る。
バッシマーは舌なめずりをして一気に加速し影との距離を一気に詰めて、槍を力いっぱいぶん投げた。
前を走る影は後方から飛来する槍を間一髪で右に飛び躱す。
躱した男の頭上を巨大な獣が飛び越えて、行く手を塞いだ。
そして地面に刺さっていた槍を引き抜く。
「かかかっ!!!やっとお目見えだな。お前がルゥト、で間違えねーんだな?」
少し薄暗がりで顔は見えない。
「……思った以上にできる人だったのですね。ジグナルなら対処してくれると思ってたのですが」
ルゥトは少し警戒レベルを上げる。見誤うことはあるが、ここまでの実力とは思っていなかったのだ。
「かっ!あんなボンボンと一緒にすんな。それに今回は褒美つきだからな。そりゃあ本気も出すってもんさ。オス冥利につきるからなぁ」
下衆丸出しの笑みを浮かべて舌なめずりするバッシマー。
その様子に少し表情が厳しくなるルゥト。
「……その顔を見てあまりいい褒美とも思えないのですが……」
ルゥトは肩の力を抜いて構え、戦闘態勢に入る。
バッシマーは直感で危険を感じる。
こいつは相当できやがる。だが……俺には届かねぇ!!
「けっ!!いいぜ、お前をボコって転がして、お前とあの小生意気な短髪の小娘の前であの女を犯してやるよ!!特等席で拝ませてやっからさっさとおねんねしやがれぇぇぇぇぇ!!」
バッシマーはノーモーションで槍を繰り出す。ボンッという風切り音が響き
一気にルゥトの身体に風穴を開けた。
かのように見えたがそこにルゥトはいなかった。
槍を躱し、バッシマーとの距離は半分詰める。それでもまだルゥトの攻撃範囲は程遠い。
バッシマーも驚くことなく、そのまま槍を握り力任せに横凪に切り替える。
これも姿勢を低くして躱すルゥト。
そのままさらに間合いを詰め
「……気分の悪い人ですね。女性は大事に優しく扱うものです」
そう言ってバッシマーの喉元に手刀を繰り出す。その攻撃にバッシマーは頭突きを合わせて額をぶつける。
ゴスッ
という音と共に双方飛びずさる。
「つぅぅぅっ。くそがっ。いてぇじゃねーか」
額が裂けて流血するバッシマー。
衝撃を逃がし切れず手首を痛めたルゥト。
二人は一瞬止まったが、次の瞬間にはルゥトがさらに突っ込む。
それに合わすように槍を手元に引き、しっかりと狙ってカンター気味に突き出される。
だが、その槍は下から蹴り上げられて上空へ軌道をずらされる。
ルゥトは低いサマーソルトキックで槍を蹴り上げたのだった。
しっかり狙い、威力を集中した槍は途中で止めることができず上空に突き出される。
キックで軌道をずらしたルゥトは地面に着くと同時にバッシマーの懐に一瞬で突っ込む。
だが、バッシマーも超反応だった。上空に軌道をずらされた地点で槍から手を放し、槍は虚空へ飛んでいく。そのまま拳を引き強く握り込み、懐に入ったルゥトの顔面に剛腕から繰り出される。
拳が迫る。
ルゥトは冷静にその脅威の拳をなんなく捌いてカウンターで相手の人中に拳を見舞う。
急所に強打を叩き込まれたバッシマーの意識は一瞬で途切れ、後ろに大きくのけ反りゆっくりと倒れた。
ルゥトは息も乱さず立ち上がり、倒れたバッシマーを見る。
「やれやれ、本命はあなたですか……」
ルゥトは少し後ろに立つ短髪の女性に振り向きもせずに声をかけた。
鋭い眼をしたレノアは何も言わず、自分の腰に差してある短剣に手をかけて引き抜きルゥトに襲い掛かった。