第24.4話 士官学校講義Ⅲ 実技教練
日が暮れて辺りは暗くなり始める。
木々の重なりは星の光さえ遮って、深い闇が戦闘区域を支配する。
夜のとばりが世界を支配して幾分か立ち。
暗闇の中を攻撃チームは音を立てないようにそれぞれ配置につく。
チームの編成は旗攻略組、対ジグナルに2小隊、予備兵力と伏兵牽制に1小隊を配置して後詰にカリーナ&レノアの編成で旗を狙う。
その間の敵の本陣牽制、援軍阻止に1部隊を本陣とこの旗の間に配置。
そして自陣に1小隊を残してほぼ全員でかかる。
これで旗を1本確保して一日目の夜を終えたいところだった。
ジグナル1人に6人態勢はやりすぎな気もするができるなら短期決戦の速攻で決めてしまいたかった。
暗い茂みの中から旗のある少し高低の下がった窪みを見下ろす。
ジグナルは窪みの広い場所の中央にある旗の前に仁王立ちしていた。
暗くなる前から旗から2mくらい離れた場所に松明を円状にいくつも立てて光源を確保していた。
彼ほどの男になれば暗闇の中でも対処できるであろうに。なぜわざわざ光源を用意したのかいささか気になったがこちらとしては目標が見やすくて好都合。
カリーナたちは静かに第一陣の突撃を待つ。
じっと目を閉じて仁王立ちで待つジグナルは
周りに散らばる気配を感じ、来たか。と心の中で兜の緒を締める。
飛び込んできた影は3つ。
三方から示し合わせたように突っ込んできた。
教練通りすぎだろう。
ジグナルはギリギリまで動かない。
3人がほぼ同時に攻撃モーションに移って取った!と心の中で思った時には一人がボディを殴られて宙に浮き、残りの2人の放った剣での斬撃は大きく分厚い壁に邪魔された。
先ほどまでジグナルの正面にあった大きな盾は、音もなく後方から斬りかかった2人の前にスルリと移動された。
防御された2人は一瞬ギョッとした。一瞬の隙をついて盾の影からジグナルが飛び出してきてもう一人を地面に叩きつける。
あっという間に2人をやられはしたものの、3人目は素早く後方へ下がり態勢を立て直す。
一瞬の攻防をみたカリーナは
「さすがね。あっという間……」
そう呟きレノアを見る。彼女を投入すべきだったか?
レノアならジグナルを足止めし、圧倒するには十分だ。
だが、この暗闇に伏兵が潜んでいればカリーナの戦闘力では逃げを打つのがやっとになるだろう。そのまま自分が取られてはいい笑いものだ。
そんなことを考えていた矢先、
「おぉぉぉぉおらぁぁぁぁぁぁ!!!」
無駄に大声を上げて飛びかかる巨大な影。
障害物の多い場所では使い辛そうな太い槍を、上段に掲げてジグナルに襲い掛かるバッシマー。
槍を叩きつけた先にはすでに対象はおらず、バッシマーの後方に移動していた。
ジグナルはそのまま接近し攻撃の間合いに入ろうとしたが、地面に叩きつけられた槍が使い手の巨体を影にして槍の石突が突然眼前に襲い掛かり、慌てて後方へ飛び下がる。
「ほぅ。口だけの男かと思ったらなかなか……」
「かっ! おめーもさっきの動き見せてもらったぜ。お勉強上手のわりにいい動きだったじゃねーか」
舌なめずりしながら対峙するバッシマーの構えた槍がノーモーションで飛び出し、ジグナルの頭を襲う。驚きの表情で回避するものの、完全には避け切れずジグナルの頬に赤い一線が引かれ血が流れる。
この一閃を見てジグナルは本気でかからねばやられる、とさらに警戒を高める。
対峙する二人の緊張が高まった瞬間、茂みに潜んでいたもう2人が飛び出して旗の付近で戦いを見守っていた残り1人が旗を取りに走る。
ジグナルは一瞬で飛び出した一人に接近し蹴り飛ばす。
その動きを察知していたバッシマーは蹴りがヒットした硬直を狙って槍を鋭く突き出す。
迫りくる槍に拳を回し槍の軌道を変えてクリーンヒットを阻止するジグナル。
軌道がずれたが脇腹を強かに打ち付けられよろけるジグナル。
「くっ」
畳みかけるように槍を引き横凪に襲い掛かる。
ジグナルはその槍の攻撃に合わせて地面を蹴り、槍に捕まるように横に飛ばされて転がり自らの盾の元に移動した。
「おもしれぇことしやがるぜっ!!」
バッシマーは上機嫌に槍をクルクルと回し対戦者の歯ごたえを楽しんでいた。
ジグナルに蹴り飛ばされた男が体制を立て直し、また旗の確保に走る。
さすがにこの状況で旗は守りきれないか……。
ジグナルは腹を括ったように大盾を構えると、旗に向かって突進する。
「させるかよっ!!」
突進を遮るように槍を力任せに上段から叩きつけるバッシマー。
その攻撃を盾で受け流がそうとしたが、強烈な一撃で足が止まり、膝をつく。
「くっ」
これは想定外に強い。パワーだけなら今まで受けたことないレベルであった。
ここいらが潮時か……。
盾の影でジグナルは目を閉じて地面に手をつき、そこにあった紐を力いっぱい引く。
紐はすべての松明と繋がっており、どういう仕掛けか引かれた紐が松明に届くと火が一瞬で消える。明るかった戦場は一瞬で暗闇に飲み込まれる。
「しまった!!」
バッシマーも旗を狙っていた男たちも一瞬で視界を奪われる。
カリーナですら急な闇に飲まれ状況を掴むのは不可能となった。
「レノアッ!!」
そうカリーナが隣にいた女性に声を掛けると
「だ、だめ。逃げられた」
レノアのみがこの状況でもジグナルとを捉えていたが、彼の行動を予測はできなかった。ジグナルは一目散に逃げだしたのだった。
「ちくしょう!!どこだっ!!」
完全に視界を奪われ警戒して動けないバッシマーたち。
カリーナは目を瞑り闇に目をなじませる。
なるほど。逆転の発想のための松明か。
だが、逃げた?最初から旗はあきらめていた?
目的は何?時間稼ぎ?追撃があるのか?いろいろと相手の作戦は思いつくが
なにはともあれ旗の確保だ。
カリーナが目を開けると闇に慣れ辺りをある程度うかがえるほど回復する。
そして戦場となった開けた場所に出て
「全員集まって。奇襲に警戒、旗を確保します」
そういって最初に倒された2人の元に駆け寄る。
一人は意識を失っていたが、もう一人は動けず呻いていただけだった。
その間に3人が旗を奪取する。
周りを警戒するが伏兵はいないようだった。
この状況で伏兵がいたとしても飛び出してくるとも思えない。
カリーナは考え込む。
相手の意図が読めない。
完全にここは捨ててかかっている。
なぜ?目的はなんだ?
残り二本死守すれば確かに負けない。
その自信があるということか?
たしかにあの場所を攻略するのは骨が折れそうだが手がないわけではない。
思い悩むカリーナのもとにレノアが急いで近づいてきた。
「カ、カリーナ!!リリリカが……」
そう言われて振り返るとレノアと一緒に本陣に待機していたはずのリリリカがいた。
そこで、カリーナは敵の本意に気づく。
「ま、まさか……」
「か、カリーナ。……ご、ごめん、て、敵が本陣を……強襲、本陣を守り切れず私以外は……拘束されちゃった」
息絶え絶えにリリリカはそう告げた。