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第2話 王女キュリエ

「もうっ!!なんなのよ!!あのロリ〇ンオヤジ、人の手をベタベタ触って!!!気持ち悪いったらありゃしないっ!!」


 昼過ぎ、キュリエは怒りMAX状態で館に戻ってきた。

共和国のクソ大使は怖いもの知らずにもキュリエの手を握り、擦りながらずっと対談をしていたのだ。本来のキュリエならば手を取られる前に拳を握り込み、鼻っ柱に一発叩き込むところであったが、今共和国との関係を悪化させることは、王国の国防に支障をきたすことになりかねないので、我慢に我慢を重ねてなんとか耐え抜いたのだった。

 そんな怒りで鬼気迫るキュリエに対して、メイドや他の使用人たちに緊張が走る。機嫌が悪い時の彼女は沸点が異様に低いのだった。


「リーエント!!リーエントはいないの??」


 キュリエは有能な執事の名前を呼ぶ。

 

「り、リーエント様は少し前に買い物に行くと出て行かれてまだ帰られていません‥。と、とても珍しいことですが…」


 朝、彼女の着替えを手伝った髪をお団子にしたメイドが、怯えながらそう答える。

キュリエはその報告でさらに苛立ちを覚えたが、あまり当たり散らかしているとリーエントが戻ってきたときに鼻で笑われると思い


「…そう。わたくし、いますぐに手を洗いたいの。お湯を用意してもってきて」


 冷静に言葉を選んでメイドに申し付ける。

リーエントがいれば言う前に持ってきてくれるんだろうなと彼女は考えていたが、口には出さなかった。


 使用人の男が急いで用意して持ってきた手洗い桶のお湯は、少し熱すぎでさらに大好きなバラの香油ではなくジャスミンの香りだったため、さすがにキュリエは我慢できずにその桶を持ってきた男の頭にひっくり返した。

そして手が気持ち悪いのが我慢できずに外に出て、庭の噴水で手を洗い始める。周りの使用人たちは恐怖で振るえている。泡を食ってひっくり返る者まで出る始末だった。


 キュリエは手を洗いながらイライラで腸が煮えくりかえっていたが、その怒りの矛先はすでにここにいないリーエントに向かっていた。

帰ってきたら精一杯無能と罵ってやる!!

 そう考えるとリーエントの仕事ぶりで彼を非難するのは初めてかもしれない。と思った。

するとキュリエの怒りはスッとどこかに飛んでいき、彼をいじめるその時を想像してワクワクしはじめた。どうやって罵ってやろうかしら。キュリエの頭の中はありとあらゆる文句を考える。



 リーエントがキュリエの前に現れたのは4年前、父が病で寝ているベッドの横だった。

母の命令で毎日、歴史と政治、経済と帝王学の勉強に力を入れていた時期だった。

何度も泣きながら父といたいとお願いしたが、女王はそれを許してはくれなかった。後で聞いた話だとそれは父の願いだったらしい。

厳しい勉強が終わるとキュリエは、逃げるように病気で寝ている父の部屋へ駆け込むのが彼女の日課だった。

父はそんなキュリエの頭を少しだけやさしく撫でるだけで、すぐに追い返してしまう。それでも彼女は毎日通い、少しの逢瀬を大事にしていた。たぶん、父の死を直感で感じていたのだろう。


 その日もキュリエは父の部屋に飛び込んで


「とーさま、今日はね。歴史の先生に褒められたの!!」


 珍しく泣きながらではなく上機嫌に部屋へ飛び込むと、父のベッドの横に背の高いモノクルを付けた黒いスーツの男が立っていた。黒髪というよりややグレーがかった髪をオールバックにして鋭く蒼の眼光がキュリエには印象的だった。


「ぉぉ、キュリエ今日は元気なのだね。こっちへ来なさい」


 もうずいぶんと弱弱しくか細くなってしまった父の声はその時少し上擦っていたのを思い出す。

もう身体を起こすこともできず骨と皮だけになってしまっていても、キュリエには温かい父の姿であった。


「彼はね、古い友人の息子さんなんだ。リーエント・ヴァナンデュラルくんだ。今日からキュリエの執事として仕えてくれると約束してくれた。キュリエ、挨拶しなさい」


 そう父に促されなんのことか分からずに彼に挨拶をする。


「はじめまして、キュリエ・ファルン・アウルスタリアと申します。リーエントさま」


 キュリエはいつも社交の場で行うように小さく会釈をしてスカートの裾を持ち上げる。

リーエントは父と同じようにやさしく笑い、キュリエの前に膝をつくと


「はじめまして我が君、我が姫様。リーエント・ヴァナンデュラルと申します。今日よりあなたにこの命尽きるまでお遣いすることとなりました。どうか最後までお伴させてくださいね」


 彼はそう言ってキュリエの手を取り手の甲に優しく口づけをする。その行為が恥ずかしくもあり温かくもありキュリエにとって強い記憶として残っていた。


 急にそんな昔の記憶が蘇る。

それから彼は常にキュリエのそばにあって影として支えてくれて来たのだった。

これからも変わらず。

そうキュリエは信じていた。


「早く帰ってきなさい。はじめての罰を与えてあげるわ。そうね…素直に感謝を示してあげるというのはどうかしら。最高の笑顔で抱きついて頬に口づけをしてあげるの。きっとあの鉄仮面も崩れること間違いないわ」


 キュリエはそんなことを考えながら洗った手の水滴を空に飛ばして笑った。




 その日を境にリーエント・ヴァナンデュラルを王都で目撃したものはいなかった…。

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