第24.0話 士官学校講義Ⅲ 実技教練
「さすが早期卒業者ね。付け入る隙がないわね」
木の上から3人1組で移動する小隊を見ながらカリーナは感心する。
あの部隊を抜いて目的地に着く頃には他の隊に捕まるだろう。
そういうタイミングで防御地点を各隊に循環させている。
そしてそれとは別に遊撃隊がランダムで回っているだろう。
戦闘が始まればすぐ救援が駆けつけてくるであろう絶妙な配置だ。
戦闘になったとしても救援が来るまで遅滞戦闘に徹して後退し、援軍を待つ作戦だろう。
「攻め手に欠くわねぇ。一旦戻って対策を考えましょう。でも相手の動きが見ときたいわ。レノア、悪いけど軽く引っ掻き回してくれる?」
カリーナは一緒にいたレノアを見る。
「う、うん。引っ掻き回すだけでいいのね?行ってくる」
レノアは大人しい顔の割に機敏に木から飛び降りてものすごい速度のジグザグ移動で木々をすり抜け、警戒して歩いている小隊へ突っ込む。だが敵の小隊も甘くはなかった。完全に接敵される前にレノアを発見すると
「くそっ!レノアだ!!下がるぞ!!遅れるなっ!」
レノアの攻撃範囲から素早く離れて距離を開ける。
予め接敵したときの対処を決めてる動きだった。しっかりと連携が取れており、レノア相手に被害なく後退し笛子を鳴らす。
「やっぱ一筋縄ではいかないかぁ」
カリーナは木の上からその様子を見ながら呟いた。
その日、士官候補生A班の面々は学校の裏手にある実技演習場の裏山へ召集される。整列したA班の前に先任少尉が立ち、
「今日より3日間の講義は小隊運用の実技教練だ。今から攻撃側と防御側の2チームに分かれてもらい旗を取り合ってもらう。
旗の一本は防御側の大将が持ち、あと2本はこの山の戦闘区域のどこかに立てられている。
勝敗は終了まで旗を2本自陣営に持っているチーム。もしくは相手の大将を戦闘不能にしたチームの勝ちだ」
教官はそこで一呼吸置き、周りを見渡す。
「戦闘不能については敵チームに捕縛され、この手錠を掛けられたものは戦闘不能扱いとする。戦闘不能になった者は速やかにこの広場に戻り待機してもらう。日付が変わるたびに戦線に復帰していいが後日ペナルティは受けてもらうぞ。
武器は模擬武器を用意している。その中ならどれを使っても構わない。食料と水、その他備品は各チームごとに配布する。
尚、戦闘不能者以外が戦闘区域からでることは許されない。発見し次第厳罰と処するのでそのつもりで。
ではチーム分けが済み次第、1時間のミーティング時間を設ける。ミーティングでやるべきことは指揮権を持つ大将を決めてもらう。
大将が決まり次第、戦闘区域に入れ。3時間経過後、12:00より作戦開始とする詳細なルールは地図と共にチームに配布するので確認しておけ」
そしてチーム分けが発表される。
ルゥトとサラは防御チームだった。
「残念。サラと別れちゃった。でも手加減はしないわよ。早期組の力みせてもらうわよぅ」
カリーナはそう言って笑い、攻撃チームとして移動していった。レノアもお辞儀をしてカリーナについて行く。彼女の攻撃チームのようだ。
ルゥトは防御チームの面々を見る。ルゥトとサラ以外のメンバーはすでに面識があるようでミーティングを始めようとしている。さて、どうするか。ルゥトがそんなことを考えてると
「お、かわいこちゃんが一緒かぁ。はじめまして、俺はバーナル・フォート、女の子を追いかけさせたら俺の右に出る者はぁいない」
軽薄そうな男が両手を挙げながらサラに声をかける。
少し長い癖のある浅黄色の髪。優しく見える涼し気な目元には左に泣きぼくろ。
美形というには口元がだらしなく、そのせいで減点を食らいはするが女性受けは悪くなさそうだ。
男の自己紹介をまじまじと見たままサラはスルーする。
スルーされたバーナルは挨拶した格好のまましばらく沈黙していたが
「……ねぇ、冷たくない?」
一緒にいたルゥトに質問する。
「すいません、サラはあまり人と話すのは苦手でして」
そうバーナルに返すと彼はうんうんと頷き手を顎に当て
「そっかぁ。それならしかたないなー。じゃあこの教練中に仲良くなるしかないなー」
懲りてはないようだった。そして今度は真面目な顔でルゥトと向き合い
「君と話すのも初めてだ。早期組のえーと……誰くんだったかな?」
この男、思ったより曲者だな、とルゥトは思った。
先ほどまで輪の外だったルゥトたちはこの男のおかげで今チームの輪の中心になっていた。
「……ルゥト・デュナンです。そしてこちらはサーラシェリア・ロー。サラで結構です」
ルゥトは自分の自己紹介とサラの紹介をチームの全員に行う。
バーナルは笑顔で頷き
「なるほど。サラちゃんか。いい名前だ」
バーナルは嬉しそうに背の低いサラの視点まで腰を屈めてサラの顔を直視しながらニコニコする。そしてサラの頭に手を置きつつ、この場にいる防御チームの面々を見渡しながら
「さて、ここでチームのみんなに提案がある。俺はこのチームの大将にそこのルゥトを推そうと思う。
理由は簡単、向こうにはカリーナがいる。多分あっちの大将はカリーナだろう。あいつは俺たちの戦力を完璧に把握してそれに合わせて対策を練れる女だ、それはおれが保証しよう」
謎の保証だったが、これでカリーナはあのガサツそうなイメージとは裏腹に戦術指揮において23期の面々の間では一目置かれる人物だとわかった。
「そこでだ、こちらの対抗策は奇をてらうのがよいと俺は考えた。
よってここにいる我々のジョーカー、ルゥトくんに采配を振るってもらい、カリーナを一歩出し抜くことを俺は提案する。さてルゥト君、君は采配の方の自信はあるかね?」
バーナルの提案にルゥトは思案する。ここは断っておいてもよいが、同じ悪目立ちをするなら指揮権をもらって上手く誤魔化す方が目立ち方としては弱くて済む。
サラとも引き離されず、彼女を戦力として使うこともできる。だがこのまま引き受けて彼らが納得してくれるものか?
ルゥトが考え込んでると畳みかけるようにバーナルが挑発する。
「おやおや、早期卒業者なのに自信がない?もしかして力自慢の人かい?それなら仕方ないが……」
本当に曲者だな、この人は。ルゥトは少し口元を緩めてバーナルの演技に乗ることにする。
「……いいでしょう。そこまで言われては引き受けざる得ない。だが他の方々はどうです?カリーナさんを押さえ込む自信のある方がいらっしゃるのならその方がやるのが良いと思いますが?」
そう言ってルゥトは周りを見渡す。バーナルはここにそれだけの器の者がいないのを承知で行っている茶番なのだろう。そこに一人の男が手を上げて
「……俺はジグナルを推す。彼なら成績も優秀だし皆を率いるには十分な信頼もある。
わけの分からないやつに任すより俺たちを上手く使ってカリーナとやり合えると思う」
新人に任すのは気に入らない、という考えを持つ者はやはりいる。
さて、その意見をどうするか……。ルゥトが口を開こうとしたとき
「俺は大将は引き受けないぞ。カリーナとはあまり相性がいいとは言えない。それにバーナルの案に乗りたいと思っている」
そう声を上げたのは先ほどからじっと黙ってはいるが、ずっと円の中心的位置に座っていた身体つきの良い筋肉が極限まで絞られた、彫りの深い顔をした男がそう発した。彼がジグナルなのだろう。
そう言われると反抗のためにジグナルを推した男も黙って従うしかない。
ここまでがこの男のシナリオか。ルゥトはバーナルの人心掌握に関心した。
「ではほかに異論がなければ自分、ルゥト・デュナンが大将を引き受けさせてもらいます」
ルゥトは皆を見渡す。
さすがここまでたどり着いた猛者たちは気持ちの切り替えも早かった。意見も出なかったので
「では早々にここから移動して陣地を築きたいと思います。本陣を建てた後、今後の戦略を話し合います。まずは物資を持って移動を。みなさんの力添えをお願いします」
ルゥトがそう言うとそこからの行動は早かった。武器の調達、物資の確認。簡単な仕事分担。
半年間を共に戦い抜いた彼らは機敏だった。
「そちらの思惑には乗ったのですから手は貸してもらいますよ。バーナル」
ルゥトはテキパキと動く面々を見ながら、後ろから近づくバーナルに振り向かずに声を掛ける。
「あらら、あまり荒事は得意じゃないよ? 俺は。でもまぁカリーナにはずっと訓練所で煮え湯を飲まされててね、一度は勝っときたいんだ。だから貸せる手は喜んで貸すことにするよ」
バーナルは軽薄そうな笑みを浮かべてはいたが、その眼は戦士のそれだった。
「勝てるのなら俺も惜しまず力を貸そう。勝算の方はどうなのだ?」
ジグナルが質問を投げかけながら近づいてきて、握手を求めてきた。
ルゥトはその手を握りながら
「とりあえずみなさんの持ってる情報をすべて教えてください。それからですかね。
せっかくですので勝ちに行きましょう」
ルゥトはそう力強く答えた。