第20話 王女キュリエ それから
キュリエは嫌な過去の夢から目が覚める。
泣いていたのか頬には涙の跡があった。
パジャマの裾で目と頬を拭いて室内を見渡すとまだ少し薄暗い。
彼女はのそりとベッドから起きだすと
カーテンを開けて窓も開ける。
少し肌寒い風が部屋の中に入ってくる。
ふらふらと部屋の大きな鏡の前に座り
ぼさぼさになった髪を自ら適度に直し始める。
いつも一瞬で直していたあの男の手腕を今更ながら思い知る。いくら水を吹き掛けてもまっすぐ戻らない。櫛を入れても引っかかる。
どうやってあの短時間に綺麗に直してたのか。
そう考えるとまた涙ができた。
時間をかけてなんとか見れる程度まで髪の毛を整えたころ、部屋がノックされる。
「どうぞ」
そう声をかけるとドアの向こうで
「ヒィッ」
と小さな悲鳴が聞こえドアが開きおどおどとメイドたちが入ってくる。
「お、おはようございます。今日もお早いのですね・・・」
そういいながらメイドたちは着替えとお茶の乗った台車を持って怯えながら近づいてくる。
彼女たちはお辞儀をした後、いそいそと身支度の準備をする。
準備しているものが蒼いドレスなのを見て
キュリエは落胆したがいつものことだと自分に言い聞かせ
「今日は「パルメア」に会いに行く日です。ドレスではありません」
そうメイドたちを見ずに告げる。
メイドたちは一瞬凍ったように動きを止め血の気がサッと引いてくのが分かった。
「も、申し訳ありませんっ!!い、急いで準備いたしますっ!!!」
彼女たちはバタバタと部屋を一旦出ていった。
キュリエは大きくため息をついて冷めたコーヒーに口をつけて
「まずいわ・・・」
そう呟いた。
キュリエはキリッとした礼服のような乗馬服を着て館の門を出る。
天を仰いで何かを探す。
彼女はまだへたくそな指笛を吹く。
「ヒュフフフフフゥゥゥゥゥ」
まったく音は鳴らなかったがその音に反応するように降りてくる影
ゆっくりと旋回してその大きな翼を広げて降りてくる。
その影はキュリエの差し出した腕にゆったりと着地する。
「おはよう。シュナイゼル?」
そう彼女が小首を傾げながら聞くと腕に止った鷹は
「キュィィ」
と小さく鳴いた。
それを聞いてキュリエは少し笑って鷹の頭を撫でてやりながら準備しておいた肉の切れはしを与える。
シュナイゼルは嬉しそうにそれをついばむ。
「これから「バルメア」に逢いに行くの。あなたも来る?」
そう言いながらキュリエが歩き出すとシュナイゼルは軽く飛び彼女の肩を宿り木変わりとした。
キュリエはシュナイゼルとの散歩をしばし楽しんだ所に馬車が止めてあった。
シュナイゼルは察したかのように彼女の肩を蹴って大空へと飛び立つ。
馬車の従者がお辞儀をして彼女の到着を待つ。
キュリエは特に声をかけることなく馬車に乗り込む。そして戸を閉められると馬車は走り出した。
馬車が着いた場所は王宮とは真逆の位置にある大きな塔だった。
高さもそうだが広さも相当なものでズンとした佇まいは大きな切り株のようだった。
彼女はその塔へ入り最上階まで登っていく。
最上階は広い空中庭園になっており木々が生い茂り小さな泉がある。草木が風になびきさわやかな自然の匂いを漂わす。
木々を抜け拓けた場所に大きな大樹があった。
この大樹を大黒柱にこの塔は建てられていた。
《おや、久しぶりに泣き虫さんが来たようだね。さぁこっちにおいで。私の可愛い娘よ。今日も泣き虫を晒しにきたのかい?》
キュリエの頭の中に声が聞こえる。
大樹の下に大きな白い天馬が座っていた。
全身真っ白な肢体。煌びやかに光を反射するプラチナのような鬣。大きな翼がぶわっと一瞬広がる。
キュリエは顔をぐしゃぐしゃにしながらその天馬に向かって駆け出し抱き着くと大声で泣き始める。天馬は優しい目で泣きじゃくる少女を見つめ優しくその美しい白い翼で彼女を覆った。
アウルスタリア王国は天馬を守護し守護される国であった。
天馬と心通わせれるのは乙女のみという言われからこの国は女王が治める国となった。
そして戦時には女王、もしくは次代の女王となる王女が天馬を駆り戦場を鼓舞するのがこの国の戦い方であった。天馬はその畏怖により味方を鼓舞し、敵の戦意をくじく能力がある。乙女と天を駆ける天馬を見るだけで味方の兵士は祝福を受け勇気を得て自らの持つ力以上に能力を発揮し、また敵は自らの愚かさに苛まれ戦意を喪失して呆然と武器を落とすほどであった。
このためアウルスタリア王国は防衛戦においては無敵、とまで言われている。
この「天楼の塔」は天馬のための住処であり、ここに上がれるのは女王と王位継承権を持つ王女。そして天馬の世話を任されている心優しき乙女のみであった。
大きく翼をはためかせシュナイゼルが降りてきて近くの切り株に着地する。
10分くらいだろうか、わんわんと子供のように泣きやっと落ち着いたキュリエを優しい目で見ていた天馬は
《こんなに激しく泣いたのはいつ以来かね?成人式の後くらいかい?もういい淑女なんだからいつまでもここに泣きにきててはいけないよ?》
心の声がキュリエにのみ聞こえる。
「わかってるわよ。でもここでしか大きな声で泣けないもの」
まだグズグズ言いながらキュリエは反論する。
《一時はニコニコしてたのにねぇ。あれも成人式前の話かねぇ?全部あの小僧のせいだろう?今回はどうしたんだい?》
天馬は彼女の涙をペロリと舐める。
キュリエはゆっくりとリーエントが急に消えたことを話した。それまでの自分の冷たい対応も。
話終えると落ち着いたのかキュリエは天馬から離れた。
天馬はそんな彼女に名残惜しそうに顔を摺り寄せる。
《ふぅん。そんなことがねぇ。あの小僧がキュリエを捨ててどこかにいってしまうような小物には見えなかったがね。まぁ私は遠巻きにしか見てないんだけどね》
天馬がの鼻を撫でながらキュリエは少し真面目な顔をして
「私もそう思ってたわよ。でも冷たくしすぎてたのは・・・事実だったし・・・。ただね。この間、ローエントおじ様がこの件で私を訪ねてきたの。お母さまの使いとして」
ローエント・バールヴァル公爵、女王の補佐役として雑務全般を請け負う母の古い知人であった。
国務には関わらないが女王の私用やその他のことを任されることが多い忠臣中の忠臣であった。
「今回の件は仕方がない。早々に忘れて立ち直ること。そう母からの忠告を持ってきたわ」
そうキュリエが言うと天馬は呆れて
《アンリエッタも相変わらずね。冷たいというか合理的を極めるというか・・・》
天馬の言に首を振り
「いいえ、合理的なお母さまだったらわざわざこんなこと言ってこないわ。むしろすぐにでも自ら赴き私を叱責して公務へ引きずり出すでしょう」
キュリエは考え込む。これまでの経緯を自分の考えでまとめようとしていた。
「私は逆になにか後ろめたいことがあるのでは?と思えてきたわ。妙に扱いが優しい。一週間も私をお休みさせたんだもの」
そう考えると腑に落ちないことが多くなってきた。
《あの子だって一応親よ?娘が可愛いに決まってるじゃない。だからこそ休ませるべきとおもったんでなくて?》
天馬は女王を擁護する。
「私も最初はそう思ったの。でもいま考えれば不自然だわ。お母さまが優しい言葉をかけるときはだいたい、後ろめたい時なのよ」
そう、何度かそんなことがあった。キュリエに無理難題を押し付け過ぎたときとかお父さまの時とか、母はめずらしく優しい言葉をかけてきた。
「今回のリーエントの件、お母さまが絡んでいるのかもしれないわ・・・」
キュリエはそう考えるとなんとなく合点がいく気がしてきた。
《まぁ悪だくみの好きなアンリエッタならありそうね。でもそうならよかったのではなくて?》
そう天馬が言うとキュリエは少し眉をしかめて
「どうして?」
そう問うと
《あなたのわがままが嫌になって逃げたわけじゃないわけでしょう?》
そう天馬が嬉しそうに言うと
キュリエの顔はゆっくりと真っ赤になって彼女は照れ隠しに天馬に抱き着いた。