第11話 新人強化訓練偏Ⅲ
訓練所に入所してからの1週間はまさに地獄そのものだった。
部屋単位で分けられて訓練が行われた。
20キロ以上の荷物を持ったまま永遠と走らされ、途中途中に教官部隊の強襲に遭い、打ちのめされる。川の中を行軍し、そのまま川の中で何時間も待機させられる。
肉体と精神を限界まで削られ食事も喉を通らない状況が続いた。
だがこの先を乗り越えるために皆とにかく吐きながら食べる。
日が暮れて日付が変わろうかという頃に訓練が終了し、ベッドに入って寝入る直前に叩き起こされ荷物なしでの夜間の登山行軍をさせられたり、魔物のいるフィールドを武器なしで隠密行軍したり。数十匹の軍用狼に追われ山の中を逃げる訓練。
寝ることもほぼ許されず、歩きながら寝るようになる始末。
誰もが訓練途中に倒れそのまま失格となった。
その合間合間に教官たちに打ちのめされ、気を失っても引きずり起こされ、また気を失うまで殴り続けられる。
まさに責め苦。拷問。
死者が出ていないのは教官のレベルが高いからだろう。
数々の過酷な訓練でもルゥトは黙々とこなした。
基本能力の格段に高い彼でも2、3度は意識を失った。何度も教官に殴り倒された。
それほど過酷であった。
そんな状況の中でも彼は気づかれぬように周りを助けカバーしていた。性分、というべきなのだろう。
そんな激しい訓練の最中、ルゥトの部屋のメンバーの中に例のおかっぱ頭の貴族もいた。
取り巻きの従者たちはやはりここに入るのが目的だったようで、受付で見たような彼の従者としての責務は一切行わなかった。
逆に訓練が始まった当初は彼を小突き邪魔をしてさっさと追い出そうとしていた。訓練が過酷になるにつれ従者たちもそんな余裕がなくなっていったようだったが。
だが、意外にもおかっぱ頭は歯を食いしばり反吐を吐き、何度も泣きじゃくりながら訓練についていっていた。
何度も何度も教官に殴りつけられ「無能、低能、玉無し」と罵られ続け、皆から遅れることばかりだったが彼はなぜか歯を食いしばってついてきていた。
一度、川の中でひたすら待機する訓練の時にルゥトは彼と関わる機会があった。
雨の中、水笠の増した流れの強くなった川の中ですでに3時間以上、服を着たまま装備一式を担ぎ、濡らしてはいけない装備を頭の上に掲げてずっと待機させられていた。
何人もがこの時に脱落していった。全員がすでに歯がかみ合わぬくらいガチガチと音を立てているような状態だった。
そんな時、何度も意識を失いかけながらおかっぱの貴族はたまたまルゥトの隣に立っていた。
「・・・しっかり意識を保ってください。倒れると流されますよ」
小さく歯を鳴らしてはいたがルゥトはまだ聞き取れる声でおかっぱに声をかける。
おかっぱはもうほぼ意識が残っていないのだろう。朦朧としながらなにかブツブツと独り言のように呟き続けていた。微かに聞こえる声をルゥトは耳をすまして拾いあげる。
「ガチガチ……ければ…ガチガチガチ…自分が…なしとげ……ガチガチ……かぁさまの……ガチガチガチ……」
蚊の飛ぶ程度の声で彼はなにかの呪文のように呟き続けていた。貴族の重責か家族の期待への責任感か。
どちらもルゥトにはとある少女を思い出させた。
王位継承者としての重責、
亡くなった父との約束。
母より託される思い。
それを小さな体で一身に背負う綺麗なブロンドの髪が風に舞う姿は…。
目の前でおかっぱが沈んでいく。
ルゥトはハッとして素早くおかっぱの身体を支える。さすがのルゥトも疲労で完全には支えきれない。
「おい!!しっかりしろ。意識を保て!!母親のためにやらねばならぬのだろうっ!!」
誰にも聞こえぬようにおかっぱに声をかける。
母親、という単語に反応するようにおかっぱは急に眼を見開き、歯を食いしばり、力強く立ち上がる。
良し、と思ったが、たぶんこれは意識を失っている。そうルゥトは理解した。
そして少し口元に笑みを浮かべる。
こいつはこいつですごいな、と。
その後もルゥトはなにかにつけてこのおかっぱを気にかけることになった。
妙なプライド、必要以上に頑張る姿勢。周りに素直になれず孤立してしまう性格。
どれも置いてきたあの少女を連想させるのには十分であった。
訓練は続き、たくさんの脱落者が出る。皆、心をへし折られ肩を落としてこの訓練所から去っていく。
1週間後には予定通り3分の1の452人まで減っていた。