第10話 新人強化訓練偏Ⅱ
入隊までの一週間、ルゥトは相変わらず「小人工房」でお世話になった。
その間も店を手伝う合間にガイと共に街の窃盗団を壊滅させたり、
バロック商会の大きな揉め事を解決するため交渉に東奔西走したり、
ギルドの「おねーさん」のお手伝いで受付をしたりと目まぐるしく過ごすこととなった。
最終日にはなぜか冒険者ギルドで異例の壮行会が簡素に行われたが多くの街の人たちが駆けつけてガイとルゥトの前途を祝ってくれた。
そして入隊当日
ガイとルゥトは栄えある「帝国軍皇帝直轄士官候補生訓練所」に足を踏み入れる。
ここには身ひとつで入隊するため、受付が済むとすぐに制服などの装備一式が手渡され、60人以上が同時に生活する寄宿舎のベッド番号を渡される。それが半年間の間の「部屋」替わりとなる。まぁ一ヶ月もするとただっぴろい部屋にぽつんと一人。なんてこともざららしいのだが…。
そして自分の「部屋」に荷物を置き、制服に着替えると今着てきた服は処分することとなる。
これで外から持ち込んだものはすべてなくなることとなり、もし何か残っている場合は刑罰を受けたあと即前線送りとなる。
ルゥトは制服に着替え、着ていたものを寄宿舎の出口に用意してある衣類廃棄所で着ていた物を処分して屋外教練場、運動場のような場所に出て整列して全隊員が揃うまで気をつけの姿勢で待機する。
全員揃うまでに1時間半を要した。というよりタイムリミットに達したときに整列してない者は即座に一般兵として別隊に編成される。30名前後がこれで脱落となった。
おおよそ1000名以上がびっしりと並ぶ前に数十名の教官が並び入隊式が行われる。
式が厳かに進み、
「皇帝陛下より式辞!!」
司会がそう叫ぶと、颯爽と銀色の髪を靡かせながら綺麗な女性が式段に上がる。
年の頃は20代前半といったところだろうか。
綺麗な顔をしているがやや美人とは言い難い。
なにやら滲み出る業の深さというか人相が悪かった。
他人を見下したような小ばかにしたような雰囲気がにじみ出ていた。
「皇帝陛下の代理人、当士官候補生訓練所所長、第二皇女 リメエラ・ル・ファルル・ブッシュデイン様」
彼女は壇上で候補生すべてを見渡し
「みなさん。本日よりあなたたちは我が帝国のために死を賭して戦う栄誉ある帝国軍兵士となるべく地獄のような日々を耐え抜いていただくこととなります。」
そこで言葉を区切りサディスティックな笑みを浮かべて
「生きてきたことを、この訓練所に入ることを選択したことを呪う日々を過ごすこととなるでしょう。血を吐き、肉を削り、骨を軋ませて悶え苦しみ嘆いて己を鍛え上げた先にのみ活路が見いだせます。
ここに居る1029名のうち、残ることができるのは10%に満たない数になるでしょう。
ですがここを巣立った戦士には栄光と栄華をお約束いたしましょう。
さぁ、みなさま。帝国のためにその血肉を、魂を捧げてくださいね」
そう締めくくり屈託なく笑う。
美しい、そう評するにはあまりにも邪悪だった。
彼女は会釈をして壇上を降り、ゆっくりと教官たちの前を通りすぎて会場から出て行こうとする。
その時、新兵の最前列から男が飛び出す。
「帝国の鬼女めっ!!貴様ら皇族に仇なすものが数知れずいることを思いしれっ!!」
そう叫びながら小剣を振りかざし、リメエラに斬りかかる。
その光景を見てルゥトはしずかに眼を閉じる。
飛び出した男の剣が皇女に届くことはなかった。
彼の四肢は一瞬で鮮血を放ち手足の先端を切断されていた。
「ぎゃああああああああ」
遅れて悲鳴が上がる。
王女の前には教官として立っていた者たちの中から2人が立ちはだかり、刺客の男の後ろには男の手足を斬り捨てたであろう長身の男が剣に付いた返り血をぬぐっていた。
「殺してはいけませんよ。背後関係をしっかりと吐かせてから生きたまま輪切りにして黒幕の方に送りつけて差し上げなさい」
冷たくそう指示を出すともう一度候補生たちに目を向けて薄く口元をほころばせて前を向き直し皇女は会場を出て行った。
手足から血を流す暗殺者に猿轡を噛ませテキパキと会場から連れ出す教官たち。そして司会をしていた教官が壇上にあがり
「恒例の暗殺者が混じっていたようだ。君たちがここを出るころには暗殺者程度はあのように気楽に処理できるようになっているだろう。しっかりと励むといい」
感情のこもらない顔でそう告げる。
「では、この後のスケジュールを説明する。遅れる者はその場で失格となるのでそのつもりで」
そこで教官は一旦、言葉を区切り
「ようこそ。地獄へ」
そう言うとニヤリと意地の悪い笑みを浮かべた。




