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第9話 新人強化訓練偏Ⅰ

 「小人工房」で規定の5日間を働いたルゥトにアーゥィンはバロック商会に向けての紹介状を用意してくれた。

 紹介状を持ってバロック商会を訪れると、商会の代表が直接面会をしてくれた。5日間の仕事の間にルゥトは商会との間に大きな取引を3つ繋いだ経緯もあり、2つ返事で軍への推薦状を用意してくれた。

アーウィンからその仕事ぶりを聞いてたらしく終始商会への勧誘をされたがスルリと回避してその場を辞した。


 これで準備が整った。

商会の建物を出た時リーエントは空を仰いだ。

晴天の空を黒い影が舞っていた。



 士官候補生募集受付をルゥトとガイは無事済すませて健康診断を終える。

これでよほどのことがない限り入隊は認められる。

落とす為めの訓練、という考えで広く人材を受け入れるため、総勢1000人以上がこの募集に集まる。

だが一週間で3分の1まで振り落とされるらしい。

それでも栄華と栄光を求めて皆この募集に集まるのだった。


「無事終わったな」


 ガイの健康診断の終了を待っていたルゥトは、受付が見える建物の影で座っていた。

そこに戻ってきたガイはやれやれといった感じで、先ほどまで世話になった受付を見る。

まだたくさんの人が並んでいる。

ルゥトもそれを見ながら


「これで来週から訓練生ですね。お互い頑張って最後まで乗り切りましょう」


 いつも通りの口調でそう言う。

そんなルゥトの横に座りながら、ガイは大きくため息をつき


「お前はお気楽でいいよな……。俺は先が不安だぜ。しっかりついて行けるか、とかよ。そういや目ぼしいライバルはいたか?」


 さっきからずっと受付にくる人並みをじっと見ているルゥトにガイが質問する。


「やはり各所から推薦されてくるほどの人たち、皆さんみるべきところがある人たちのようですよ?飛び抜けた、となるとちらほらしかいませんがね」


そんな中、響いてくる甲高い声


「なんでこの名門ミルセイクト男爵家の三男たるこの僕がっ!!列に並んで待たねばならないんだ!!僕は生まれてこの方、並んで待つなんてしたことないんだぞっ!!」


 列の半ばくらいでキャンキャン吠える男が1人。身なりと言動からして貴族のようだ。パッとみると整った顔立ち。ブラウンの髪はおかっぱに整えられている。スラリとした身体は一応鍛えてあるようだがまだまだ線が細い。


「まぁまぁ、坊ちゃん。もうちょっとの辛抱ですよ」


「面倒なのはここだけです。ミルセイクトの家名を継ぐためにもここは我慢ですぜ」


 おかっぱ貴族の両脇を固める屈強な男たちが貴族のボンボンをなだめる。

それを見てガイは渋い顔をする。


「なんだぁ?ありゃあ。あんなボンボンが鬼の強化訓練で残れんのかよ?」


ルゥトは首を振り


「多分無理でしょうね。それに彼はおそらくダシに使われたのでしょう。貴族は従者付きで推薦できますからね。ただ、中に入れば従者も一候補生、それを利用する輩が近年増えてるそうですよ」

そう言われてみるとなよっとした貴族の左右はガラの悪い顔をした屈強な男が固めているグループがいくつかあった。


「けっ!そんな手を使って入ってここで生き残れるかよ」


 ガイは嫌悪感むき出しで、つまらなそうにそっぽを向いた。

その言葉にルゥトも頷き


「ま、同感ですね」


 そう言って目を伏せた刹那



 どす黒い『死』を纏ったナニカが2人に突然近づいてくる。



 ガイもルゥトも急な殺気に意表を突かれ、硬直して動くことができない。

身体の周りを黒い何かが這いずり回るような嫌な感覚に支配され、悪寒が走る。

ルゥトはかろうじて視線を上げて『死』を撒き散らすナニカに目を向ける。

 そこには小柄な少女にしか見えない女の子が、ルゥト達の前を通り過ぎようとしていた。

綺麗な赤の短めのくせ毛、身長は150に満たないくらいだろうか。

猫背気味なのでさらに小さく見える。

ほっそりとした身体つきだったが、たぶん無駄なく筋肉なのだと思われる。

前髪で隠れていた鳶色の眼が、一瞬ルゥトの眼を捉える。

直感する『死』、全身の毛穴から冷汗が噴き出たかと錯覚した。


 少女は特に気にするでもなくルゥトから目を離し、前を通りすぎ街へと消えていった。

暫く動くことができなかったガイが


「……カハッ、ハァ、ハァ、……」


 勢いよく息を吐き激しく呼吸をする。息を吐くことすらできないほどの緊張だったのだろう。

ルゥトですら一瞬死を覚悟したほどだった。


「な、なんなんだ…今のは??魔物か?化物が混じってたのか?」


 恐ろしい体験でガイがパニクッていた。


「……い、いえ。人でした、女の子。でも凄まじい殺気でした」


 ルゥトは周りを見渡す。彼女の纏った殺気を感じたのは自分たちだけだったようだった。

つまり、自分たちに向けられた?いや、いまのは…向けられたというより……。

ルゥトが考え込んでいるとガイが立ち上がり


「…とりあえず今はここに居たくねぇ。俺たちもいこうぜ……」


 まだ震えが止まっていないのを誤魔化すように立ち上がり身体を動かすガイ。

ルゥトもそれに習って立ち上がり、


「そうですね……。今日はここまでにしましょう」


そう言って二人は後味の悪さを抱えたまま、受付会場を後にした。

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