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押しかけ座敷童

 真白は困っていた。


「奉公させてほしいのです」


 非常に困っていた。


「はあ、そう言われてもねえ……」


 小さな小さな着物を着た少女。明らかに人の身ではない雰囲気。

 いつのまにか神社の中に入っていたこの少女に、真白はどう扱おうかと困っていたのである。


「あなたさまに幸運をお運びするの」


 寒空の中庭に面した廊下で、綺麗に三つ指をついて頭を下げる少女。

 火鉢で暖を取っていた真白は、手元に蜜柑がなくなってしまったために、温かい羽織を着て、(くりや)へと向かおうとしていたのだ。そうして障子を開けた直後、出会い頭にこの少女がいた。


 まるで待ち構えていたかのような出来事に、真白の脳は一瞬理解を放棄してそっと障子を閉じようとしてしまったほどであった。


「あんた、座敷童でしょう? こんな辺境の神社にいなくても引く手数多でしょうに」


 真白が呆れたように言うが、少女は首を振る。

 その様子だけで、確固たる意思で真白に打診していることが彼女にも分かる。しかしそれとこれとはまた別なのだ。


 元は良いところの育ちなのか、少女は頭を下げながらも姿勢よく、そして真白の許しを得るまで決して顔を上げないとばかりに、冷たい廊下に額をつけている。


 秋風の吹くこの時期に、神社の廊下は酷く冷え込む。

 そんな場所で延々とこんなやりとりをしていては不毛に違いなく、そして真白が無視したところでこの少女はこの場にあり続けるだろうことが分かってしまう。だからこそ、真白はこの少女を決して無視することはできなかった。


「そもそも、座敷童なんて勝手に居つくものでしょうに。どうして家主の許可を取りに来るのよ。好きになさいな」

「私は……私は、人々を幸福にせねばならないのです。だからこうして家々を巡って、幸福を届けます。だから、あなたにも幸福を届けさせてほしいのです。あなたは不幸だから」


 それまで「はいはい」と聞き流していた真白が、その言葉にだけは「は?」と不機嫌そうに目を見開いた。自由気ままに生きる彼女にとって、その手の言葉は明らかな地雷である。そうして決めつけるような物言いは、彼女相手に言ってはならないことの一つだった。


 しかし、座敷童がそれを知りうるはずがない。

 無意識のまま家主の怒りを買った少女は、雰囲気の変わった真白に戸惑った。


「あの……?」

「誰が不幸よ。それはあんたが決めることじゃない。私が決めることよ。そんな風に憐まれるのは大っ嫌いなの。少し譲って、居つくのは構わないけれどね、もう二度とそんなこと言うんじゃないわよ。じゃないと幸運を運ぶあやかしだろうとなんだろうと追い出してやるから」

「あ……申し訳ありません!」


 真白の言葉に、ようやく己の誤ちに気がついた少女が声を上げる。


「あんたね、座敷童なんでしょう? そのわりには大人っぽすぎるのよ。座敷童なんて、その辺で無邪気に遊んでるのが仕事なんだから、こういう形式ばったことなんてする必要はないの。分かる?」

「え、でも……家に間借りさせてもらうのに」


 困惑する座敷童に、真白はため息を吐いた。

 そして障子を開けると「そこの火鉢の様子を見ていてちょうだい」と言って中へ入るように促す。それから、静々と部屋に入った座敷童を置いて、本来の目的である厨へと向かった。


「子供って甘いものは好きよね」


 真白は鶴のような羽織をはためかせながら冷えた息を吐く。

 保管してある蜜柑をいくつか容器に入れ、薬缶(やかん)に水を汲み、二人分の湯のみをお盆に載せる。それから、とある容器を手に取った。ここ最近は毎日神社に訪れて土産を置いていくどこぞの竜が持ってきた高級な飲み物である。〝ココア〟と呼ばれるそれは、つい最近発売が開始されたばかりで、まだまだ価値が高く、真白の手がとても届かないほどの嗜好品だ。

 そも、彼女は村から滅多に出ないために、これらの嗜好品を手に入れることが困難である。わざわざ出向いてまで買いに行かなくとも、生きるために必要最低限の食糧は提供されるからだ。


「最近こういうのが多いわね」


 くすりと笑って寒々しい廊下を戻る。

 家鳴りや神社に住むあやかし達にも彼女は甘味を分け与えている。

 夜空から落っこちてきた星のような、キラキラと可愛らしい金平糖がその最もたるもののひとつだ。小さな巾着に入ったそれをあやかし達に分け与え、褒美とすることで神社の仕事を一人で切り盛りしている。


 しかし、彼女自身は甘味を好みながらも、滅多に手を出さないのであった。


「お待たせ、ちゃんとみていたかしら?」

「は、はい! 部屋をちゃんと暖かくできるように見ておりました!」


 生真面目に返す少女に、真白は微笑んで雑にその頭を撫でる。


「わわっ!」

「よくできたわね。これで、さっきの失礼な言葉は忘れてあげるわ」

「え……? で、でも謝らせてください。ごめんなさい」

「いいわよ、周りから見た私がどう映るかなんて分かりきっているもの。でもね、私自身は自分が不幸だなんて思っていないわ。だから、決めつけで簡単にあんなことは言うものじゃないの。これからは気をつけなさい」

「はい、以後気をつけます!」


 少女が温めた火鉢の上に真白は薬缶を乗せ、暫しお湯が沸くのを待つことにする。静かな部屋の中、パチパチと音を鳴らす火鉢を挟んで向かい合いながら……真白と少女、座敷童は他愛もない話をするのだった。

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