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幸運を奪う少女

 それは、真白のいる時代よりもずっとずっと昔のことである。


 病が流行っていた。

 その中でただ一人、看病に駆けずり回っているのにも関わらず、病にならない少女がいた。


 (よわい)六歳の幼き少女。


由々喜(ゆゆき)、あなたが無事でよかった。ありがとう」

「由々喜、君が毎日見舞いに来てくれたから、最期まで頑張れたよ」

「由々喜、大好き。でもね、ごめんね。また、遊ぼうって約束したのに」


 少女が懸命に看病をしていても、布団に横たわる者は皆、最期に彼女の手を取って、そして呆気なくするりとその手がこぼれ落ちて行った。

 手を伸ばそうとも、縋ろうとも、どれだけ彼女が願っても、自分自身に病が全て移ってしまえば良いと思っていても、それは叶わない。

 無情にも少女の目の前で命が失われていく。


 病など無くなってしまえば良いのに。

 そんな風に少女は思い巡らせる。


 どうして、自分だけ病にかからぬのだろう。

 そんな風に少女は思い悩む。


 病を跳ね除ける少女。

 彼女……由々喜はそう呼ばれていた。


「涼音様、こちらは川が増水していらっしゃいますから。危ないですの」

「大丈夫だわ、あ、ほら由々喜! あそこを見て……! なんだか赤くて綺麗な実がなっているわ!」

「あれは玉章(たまずさ)ですよ。烏瓜の」

「ねえ由々喜! 私、あれがほしいわ!」


 由々喜は、村一番の大きな家の娘の遊び相手だった。

 涼音という高貴な少女も病で母を亡くし、唯一病にかからぬ由々喜と共にいることを望まれていた。故に由々喜は彼女に付き合うしかなく、こうして村の端まで来ているのである。


「近くで見るだけにしましょう。ほら……」


 そこで、由々喜の言葉は途切れる。

 よろめいて足を滑らせ、川の中に落ちたのだ。


「あっ」

「由々喜!」


 大袈裟に驚いたようにしていた涼音が、ハッとして川に飛び込む。


「来てはなりません!」


 そんな由々喜の言葉を無視して、涼音という少女は川を泳ぎ、そして由々喜を掴んだ。しかし、そこまでだ。二人の少女の力や体力などたかが知れている。二人は力尽きて意識を手放した。


 ……次に、由々喜が目を覚ましたのは河原である。

 周囲には自分を心配する大勢の村人達、そして反対側で悲しむ村人達。


「わたしは」


 声に出して、そして身を起こしてようやく彼女は気づく。

 彼女から離れた場所に、同じく倒れ込んでいる涼音の姿を。


「涼音様!」

「由々喜、あなたのせいじゃない」

「涼音! 涼音!」

「これは不幸な事故だもの」

「起きてくれ涼音!」


 涼音の側で男泣きをしながら叫ぶ男性。

 それは間違いなく涼音の父親であり、そして涼音の胸が上下していないことを確認してしまい、由々喜はただその場で打ち震えた。


「わたしのせいなの」

「あなたのせいじゃない」

「不幸な事故」

「あなたは悪くない」


 口々に由々喜を慰める声。


「ただ不運だっただけよ」

「そう、あなたのせいなんかにできない」


 良識あるそんな言葉達が、余計に由々喜の心を突き刺した。


「違う、わたしのせい」

「あなたのせいじゃない」

「わたしがみんなの幸福を奪っているの、きっとそう」

「そんなことはない」

「違う、違う」

「あなたは悪くない」


 由々喜は責めた。自分自身を。

 そして、村の人間で時間をかけて涼音を土の下に埋めたあと、彼女はふらりと山へ向かった。麓の村を飲み込むようにして存在する大きな山に。

 涼音の悲劇に涙する人間は皆夜寝静まっていたので、彼女が抜け出したことなど、誰もが気づかなかった。


「わたしは、人の幸運を奪っているの」


 裸足で山を登りながら、幼き少女が嘆く。


「わたしが幸運な分、みんなが不幸になる」


 それはやがて呪いの言葉となり、疲れ果てた少女の心に重くのしかかる。


「奪った幸福を、返さないと」


 そんなことはないと、否定する言葉を吐く村人は、その場にはいない。


「わたしは、今までの分不幸にならないといけない」


 幼い心に積もりに積もった重責が、少女の足取りをも重くしていく。


「きっと神様が怒ってるの」


 山には、昔から境界を重んじる神がいると言われていた。

 そして、その神を祀る神社があるのだと。


 涼音と村の子供数人が、以前神社に行ったと自慢気に話していたことを由々喜は知っている。だからこそ、怒りに触れたのだと。


「わたしが幸せを奪ってしまうのなら」


 そして、幸運にも獣に出会うこもとなく登頂した少女は朝日の元、神社の鳥居の前で立ち止まった。


「ごめんなさい。わたしより、ずっと大切にされていた人を不幸にしちゃって」


 由々喜は幼くして両親を亡くし、そして村人総出で育てられた子供であった。

 それ故に愛され、彼女は幸せであった。故に彼女は悪くないと口々に村人は言い、彼女は不幸であった。


「神様、もしそこにいるなら、教えてほしいの」


 幸せを与えられてもなお、心が不幸に塗れていた少女はその場で膝をつく。


「わたしは悪い子ですか」


 そして、懐から小さな守り刀を取り出すと、静かにその喉に当てがった。


「わたしで、許してくれますか」


 ぽろぽろと、涙を流しながら少女は目を伏せる。


「わたしは、幸せを奪う子なのですか」


 少女の視界が歪んで、目の前に滲む金色と藍色が映し出される。

 誰かが優しく頭を撫でたような心地に、少女は目を閉じ、そして震える手でその小太刀を真横に引いた。


 鳥居の目の前に散る赤に、地面に咲き乱れる赤色の罪の華。

 そこから地面を盛り上げるように真っ白な曼珠沙華(まんじゅしゃげ)が咲き誇り、少女の血を受けるごとに赤い、咎色の華となっていく。


 そして、宵の刻。

 少女の頭上、鳥居の向こうに項垂れるように涙する巻き(づの)の蛇が現れたかと思うと、その側に鏡が現れ(いで)て和服の少年がゆっくりとその中から現れる。


「貴女が見つけた御魂(みたま)ですか」


 静かに頷く蛇に、少年は「そうですか」と口にして、少女の側に咲いた曼珠沙華を手折ると、その手の中に抱き込む。すると、まるで真っ白な華へと巻き戻すように曼珠沙華の色が抜けて行く。


「君は自分の罪を知りません。君は自分の罪を勘違いしている。だから、こうして探してください。君のやるべき使命を。これがぼくから贈れる精一杯の祝福です。第五審の琰姫(えんき)には怒られてしまうかもしれませんが」


 少年が笑って白い曼珠沙華を少女の遺体へ乗せると、それは溶け込むように遺体の中へと消えて行く。


「それじゃあ、夜刀神(やとのがみ)。ぼくはもうあの世へ戻ります。第一審のぼくがこうして勝手に、御魂を外道に堕ちないようしていると、ちょっと怒られてしまうので」

「相変わらずなものね、不動」


 巨大な蛇からの声に、少年は「フトと言ってください」と不満気に漏らした。


「彼女は、これからは〝座敷童(ざしきわらし)〟として生きるのです。己の間違いを正すために。己のことを知らなければ重い罪を言い渡さなくてはなりませんから」


 幸運を奪う少女から、幸運を運ぶ少女へと。

 そうして姿を変えた少女が目を覚ます頃には誰もいなくなっていた。


 そして様々な家々を訪ね歩きながら幾星霜。

 少女の歩みは時代を跨ぎ、大正。真っ白な巫女が空を駆ける様を眺めながら、少女は再び神社を目指していた。


 それは純粋な興味からか、それとも……。

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