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死んだふり

「はっはっ、ここまで来れば……なんとかなったじゃろ……?」


 山の中で二対の分厚い耳を揺らした少女が呟く。

 その耳は頭から垂れた白い兎の耳であり、少女は橙色の道士服のようなものを纏ってその場に膝をついた。


「腹……減ったなあ……」


 地面に倒れ込み、丸まった少女の姿がもくもくと煙に覆われる。

 その煙が晴れたときにいたのは、気絶するように眠る兎だけであった。


 ◇


「真白様、真白様、今日もお出かけです?」


 冬真っ盛りの中、神社の管理をしている真白は最低限の掃除をしてから外へ出る準備をしていた。

 彼女の身につける(かんざし)や使う(くし)を持った小さなあやかし達が、その足元をうろちょろと歩き回る。家鳴り達もころころと転がったり、集団で彼女の使った(ほうき)を運搬して片付けたりと周りが騒がしい。

 真白を慕うあやかし達は、甘い砂糖菓子を貰うことも目的の一つではあるが、彼女自身に構われ、そして褒められることも目的としていた。


 皆、彼女のことが大好きなのである。


「ええ、見回りも兼ねてね。例のウサギがいつ現れてもいいようにするのよ。でないと、致命的な事態になりかねないもの。この辺の畑が壊滅してしまったら困るのよ、私がね」

「そうですね……真白様は人間です。食べないと死んじゃいま……死んじゃ…………」

「こらこら、泣かないの。もう、想像して泣くなんて感受性の豊かな子よね」


 食べ物がなければ真白が死んでしまう。その事実を想像してしまった座敷童(ざしきわらし)……遊幸(ゆゆき)がぶわりと涙を浮かべた。そのままはらりはらりと泣き始める彼女に、真白は仕方ないと言わんばかりな言葉を漏らしてからしゃがみ込み、彼女の涙を着物の帯から取り出した手拭いに染み込ませる。

 それからその小さな頭を撫でて、泣き止ませてから「幸せにしてくれるんでしょう?」と問うた。


「はい! 絶対に幸せにしてみせますからね! 真白様に幸運をお届けするのです!」

「ありがと」


 立ち直った遊幸から離れ、髪を整えた彼女は最後に椿の簪で髪を結い、寒さを凌ぐための羽織を手に取ろうと……。


「真白、温かくしておれ。いつも着ているのは確かこれだろう?」


 しかし、その前に刈安色の羽織を着た男が背後から彼女の羽織を着せる。

 何度遊幸に追い出されてもめげずに出戻り、すっかりと居候している竜こと破月(はづき)であった。


「あんたね……」


 目を細めて不満そうな言葉を漏らすものの、真白は素直に羽織を着せられる。

 どうせ外へ行くのだから、わざわざ取り返す労力も惜しいと感じていたからである。


 妥協を覚えた彼女は破月の行いに溜め息を吐きながらも抵抗はしない。まだまだ精神的な壁は存在するものの、以前のようになにかしたら殺してやろうなどと言っていた意識は薄れつつあるようであった。


「っと、すまないな。真白の身嗜みはお前達の役目か? しかし許してほしいのだ。我とて、愛しい女の身を心配をするくらい許してほしいからなあ」


 足元の小さなあやかし達がぴいぴいと声を上げるのに対して、破月はそう言いながら顎に手を置く。思案顔で家鳴りや、古いお碗などに宿った小さな付喪神達に向かって、片目を瞑った。

 茶目っ気のるあるその対応に真白は顔を顰めるが、家鳴り達はその対応のなにかが面白かったのか、きゃらきゃらと転がり笑う。

 すっかりと破月自身もこの神社の住民として馴染みとなっていた。


「さて、行くわよ。ついてくるなら好きにして」

「ああ、好きにするとも」


 二人はそうして、玉砂利を踏みしめながら神社から山の中へと入って行った。

 しかし、その足もすぐにピタリと止まることとなる。

 歩き出してすぐに足を止めた真白に、破月は不思議そうに首を傾げると足早にその隣へと歩み寄る。

 彼女の視線を追えば、そこには薄汚い白い塊が落ちていたのだ。


「さっそく見つけちゃったわね」

「ほう、こやつが例の兎とやらか?」

「このくらいの大きさで白いっていえば兎だと思うのだけれど」


 神社から見廻りに出発してさっそく当たりらしきものを発見してしまい、逆に困惑の色を強める真白。

 破月は、そんな彼女をおいて一歩ずつ歩み寄ると、その爪先でそっと白い塊を押し、転がした。


「ちょっと」

「お前に危害を加えるようなものでは困るからな。我が様子を見よう」


 爪先でつつき回してごろりとその白い塊が動く。

 そして、やがて顔と手足が見えるようになり、仰向けの状態へとなったときに真白が呟いた。


「兎ね」

「兎だな」


 目を回したように手足をきゅっと縮めてその兎らしき物は気絶していた。いや、眠るように気絶していたというほうが正しいのだろうか。

 塊の全体像はそのまま兎の姿だが、よく見れば顔に小さなクチバシのようなものがついている間抜けともとれる姿をしている。


 真白は兎に近寄り、気絶していることをしばらく確認すると兎の両脇を掴んでゆっくりと持ち上げた。気絶した兎はただされるがままに、だらんと手足を伸ばしている。


「兎鍋……」


 ぼそりと言った言葉に、兎の耳がほんの少しだけ動いた。


「なんだ、食うのか?」

「……兎ってあんまり捕まえられないんだもの」


 二人の会話に、気絶している兎の耳が、ピクリピクリと動く。


「この辺に虫の食害が来たらたまったものじゃないのよね。だから持って帰って原因を食べてしまえば」


 淡々と彼女がそこまで言ったとき、兎が目を開けた。


「お、お願いじゃ! 死んだふりしてたのは謝るから食べないでくだせぇ!」


 死んだふりを看破していたらしい真白が「どうしようかしらね」と呟く。

 それを聞いて破月はただただ朗らかに笑っていたのだった。

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