死んだ森
囂々と風を受け、白い着物が翻る。
鶴の翼のようにその着物をはためかせながら少女は宙を舞い、目的の場所へと向かった。その隣には同じく優雅に空を飛ぶ刈安色の羽織を着た男。
少女――真白はそんな彼のことを視界から外したまま目的地に降り立った。
「ふうむ、見事に枯れ木ばかりだなあ」
「……」
彼の言葉に返事はしないものの、真白もその異様な光景に息を飲んでいた。
なぜなら、ある一帯から一切の植物が消えていたからだ。彼女が住んでいる村の隣のそのまた隣の村。そこで起こったという畑全滅の報せ。その調査に来たはいいものの、真白は言葉を失うしかなかった。
森の木々から根こそぎ葉が奪われ、木の幹や皮さえも一部はえぐれ、削れている。
「自然に落ちたものではないわね。常緑樹の葉も一切残っていないわ」
そしてことさら異様なのは、その一帯全ての植物が死んでいるのにも関わらず落ち葉ひとつないことである。普通、少しは落ち葉があってもおかしくないものだが、山や森だったその場所からは一切の植物という概念が消えていた。
「手がかりは……」
村に聞き込みをするのも良いが、この異様な光景をまずは調査することにしたらしい。真白は辺りをゆっくりと見回しながら、その場を歩き回って木の幹に触れる。
「中身が……」
「木の皮までもが被害を受けているなあ……普通に枯死したわけではあるまい。これは食害だな」
「そうね、ここまで来ると信じられないけれど、食害としか考えられないわ」
真白が着物を払ってしゃがみ込む。
彼女がそうして見つけたのは、一匹の虫の死骸であった。
ぐちゃぐちゃに潰れ、そして体の大半を失っているもののそれは彼女も知っている普通の虫である。そんな死骸がいくつか落ち葉がない代わりに点々と存在している。
「イナゴね」
「こいつらによる食害ではあるだろうが、規模が段違いよな」
「確か……黒い雲が覆ったら植物が枯れたとか言っていたかしら……」
「黒い雲なあ」
自然と会話をしながら歩く二人は、状況の考察をしながら進んでいく。
村でわざわざ話をしなくともこの調子ならば犯人の見当も付くというものである。
「虫ね。それもイナゴの群れ。異常なくらいのやつだわ」
「黒い雲と称される程だからなあ。それに、これだけの自然を食い荒らすことのできる虫の群れなぞ普通はおらんよ。あやかしの類であることは間違い無いだろう」
「あんたがそう言うんなら、普通のやつじゃないことは確かね。別に私一人でも分かったと思うけれど」
「なあに、我がいなくともお前は優秀だろう。しかし少しは我に出番をくれてもよかろう?」
「……ふん」
控えめに破月が笑えば、真白は鼻を鳴らして目を逸らす。
彼女にとってこの共同捜査は不本意なものだったのだ。それ故に一々彼に反発してしまうのである。
「今回は虫のあやかし。それで決まりよ」
「ふうむ、しかしなんぞ違和感があるのだが……」
「なによ、まだなにかあるの? この惨状で虫以外はありえないと思うのだけれど」
虫の食害に遭った植物達はまさに災難としか言いようがない有様だ。
しかし、破月は腕を組んで顎に手を添える。不思議そうに、そして悩むように彼は首を傾げた。
「いや、あやかしイナゴの群れが原因であることは確かだろう。しかし、なぜあやかしイナゴの群れがこうも群れの総数を減らさず大規模移動を繰り返しているのかと言うと……ちと不思議でな」
「あら、これって結構あることなのかしら?」
狭い世界で生きている真白にとっては初めての出来事である。
しかしどうやら破月はこのあやかしのことを知っているようであった。
「ああ、あやかしイナゴの群れというのは一種の災害のようなものなのだ。出会えばその一帯の植物は根こそぎ食い尽くされる。しかし、こうも連続した場所が食い荒らされていくというのは不思議でな。奴らは神出鬼没ゆえ、移動し続ける必要はないのだ」
「へえ、神出鬼没。どこにでも現れるのね」
「そうだ。こうも全てを食い尽くしながら移動していくわけではない。気まぐれに現れては大規模な食害を撒き散らす。そういうあやかしなのだから」
破月の言葉によって真白も疑問に思う。
今までここまでの被害は見たことも聞いたこともなかったからだ。それは狭い世界で生きている彼女には当たり前のことだが、さすがにここまでの被害をもたらす災害じみたあやかしならば噂になってもおかしくはない。
それを一度も聞いたことがないとなると、確かにそう簡単に現れるあやかしではないのであろう。
「それなら、あやかしイナゴの群れが連続で出る理由があるってことよね」
「ああ、そうなるなあ」
「なるほどね……それなら、もうここには用がないわ」
「帰るのか?」
その場で身を翻し、背を向ける彼女に破月が声をかける。
「ええ、だってここにもうイナゴはいない。それなら、理由ももうここにはないのよ。もし、なにかあるとするなら、黒い雲が向かっただろう場所……それはね、〝私の村〟のほうにあるのだと思うわ」
自分の村だと強く主張する彼女に破月は苦笑する。
「あの村は、私の帰るところよ。あそこに被害を出すわけにはいかない」
「……そうか、なら我も協力するとしよう」
村の為に献身する真白を、破月は切なそうに眺めて笑う。
そんなに尽くしても、彼の村の者達は彼女に本当の意味で感謝することはないのだと知っているからだ。
けれど、破月はなにも言わずに頷いた。
彼女の献身を否定することは、彼女自身を傷つけるだろうということは既に学んでいるのである。
そこまでする強情さを彼は理解できないが、しかし真白の強さしか見ていなかった彼にしては大きな進歩だ。
強さにしか興味のなかった彼が、その悲壮なまでの献身さを愛おしいと思えるくらいには真白に惚れ込んでいると言えるのである。
少しずつ互いを知りながら、そして二人は神社のある村へと連れ立って帰って行くのであった。




