N島. 女の子の姿をした老人
餓鬼狩り 第六回 (第二部 Ⅱ)
5、
憑依……。憑依とは、一体どのような現象のことを指す言葉なのだろうか?
生きている人間に、霊などがとり憑く、または乗り移ることを、憑依、あるいは憑き物と呼び、魂に善なる霊が宿った時は神降ろし、神宿りとして人々は、驚きと喜びを持って迎い入れ、狐や犬などの低級な動物霊や、悪魔が憑いたとみなされる悪霊、悪魔憑きが、人の魂を乗っ取ると、人は恐怖に慄く。
これから起こる蒜壺一族による憑依は、有史以来世界各地で見られた憑依現象をはるかに超えたものとなるだろう。
人類……。いや、すべての生き物の生と死の垣根のはざまを、根底から覆すものになるかもしれない……。
それは、昭和の人柱事件として、世を騒がせたH県山奥の荒蕪トンネルが遠因だった。
昭和四十六年、H県山岳部を襲ったマグニチュード7を超す大地震は、山間部の土砂を崩し、樹々をなぎ倒した。山間を通る国道は、地割れによって、各所で寸断され、谷を流れる河川のいくつかは、崩れ落ちてきた土石流で埋まってしまった。
針葉樹が生い茂る標高三百メートルにある荒蕪トンネルでは、地震によってトンネル内を照らす照明ライトが全壊し、いたるところで、トンネル内部を覆う壁が剥がれ落ちた。地震によってできた亀裂から大量の水が出、あふれ出た水は河川となって道端に流れ出たという。
あふれ出たのは水だけではなかった。
余震が収まり、あふれ出た水が引いた後、トンネル内の様子を見に来た県の職員たちは、剥がれ落ちた壁の中から信じられないものを発見した。
昭和の初め、荒蕪トンネル工事のために、駆り集められて、過酷な労働のために病気や怪我で死んだ者や、あるいは見せしめのために、そこに埋められた労働者の数十体にも及ぶ人骨が、そこから発見されたのだ。
当時、難事業と言われた標高三百メートルにある荒蕪トンネルの工事は、再三起こる土砂崩れや、壁の崩落、ガス漏れなどと常に戦わなければならなかった。
危険が伴う工事のため、労働者が集めにくかったが、高い報酬が得られるという人買いの言葉に騙されて、仕事にない者、どこにも行く当てのない者、脛に傷がある者などが、全国から集められ、一度入ったら、もう二度と出ることが叶わないといわれるタコ部屋に強制的に入れらたのであった。
一日、十五時間にも及ぶと言われた過酷な労働と、握り飯だけの食事は、労働者の身体を蝕み、強健でならした男たちも、やがて疲れ果てていった。過労で倒れるものが続出し、病気にあり死んでゆくもの、逃亡を企てるものも出た。逃げた者の大半は捕まり、見せしめのために、生きたまま、トンネル内の壁の中に人柱として葬り去られたという。
生きたまま人柱にされた人々の怨念が招いたのか、それとも当時の悪意がそのままそこに残っていたのか。
蒜壺一族が惹き起こしたと思われる憑依現象は、荒蕪トンネルを通った二台の観光バスから始まった。
平成X年九月九日。全国紙の新聞紙上に奇妙な見出しが載った。
“乗客全員発狂!? 暴徒と化した人々”
新聞紙上によると、九月八日の午後二時ごろ、荒蕪トンネルを通過した観光バス二台が、トンネル通過後、五十メートルも行かないうちに停止し、停まったバスの中から、気が狂ったとしか思われない人々が出てきたという。道路上にあふれ出た人々は、人語とは言えない訳の分からない言葉で、わめき散らし、互いに罵りあい、着ているものを自らの手で引き裂いた。
後続のクルマが、路上に溢れている狂ったとしか思えない人々の群れに驚き、クルマを停止させると、暴徒と化した人々は、後続のクルマに乗っていた人を襲ったという……。
その三日後、S県南部にある等々力岬というところで同じような事件が起こった。
切り立った断崖が入り江に食い込むようにそびえたつ等々力岬は、風光明媚な岬で、観光スポットとしても有名だったが、自殺の名所としても世間に知られていた。
等々力岬の先端に立つと、死にたくもないのに、ここから飛び込んでしまえと言う思いが湧き起こるという。
そのため、等々力岬の先端は立ち入り禁止にされ、常に監視カメラが可動しているが、それでも立ち入り禁止の柵を乗り越えて自殺する者が後を絶たなかった。
一年に百を超す自殺者を出す等々力岬。
この岬で自殺し、地縛霊になった自殺者の霊が蒜壺一族の悪意に力を貸したのであろうか。いや、蒜壺一族が等々力岬にとり憑いている自殺の名所という因縁というものを利用しようとしただけなのだろうか?
等々力岬の先端から歩いて十分ほどにある等々力岬レストハウスで、それは起こった。
午後十二時三十分。昼時を迎えた等々力岬レストハウス中のレストランは、日曜日ということもあって数十名のお客であふれていた。楽しそうに食事をとる親子連れや、幸せそうな恋人たち、ツーリングで来たのであろうか革のつなぎを着た若者たちが思い思いに休日を楽しんでいた。
「おい、知っているか。ここ自殺の名所なんだってよ」
「あん!? 自殺の名所だって!? それがどうした。俺達には関係ないことだろう」
「そりゃあ関係ねえが……この頃、何かと物騒だろう」
「なにが……」
「人が狂って暴徒と化したりしてさ」
「ああっ、あれか? 荒蕪トンネルで起こった事件だろう。人が人に噛みついたって!? 」
「まるで、ゾンビだよな、そいつら」
レストハウスの入り口付近に陣取った若者のグループが、荒蕪トンネルで起こった事件をダシに話している。大人ぶってはいるが、おそらく高校生だろう。人の目を気にして髪形を直したり、首にかけたアクセサリィーをもてあそんだりしていた。
「俺たちも狂うか。狂って、ここでHしたりして……」
サングラスをかけたリーゼントの男が、隣に座っている赤毛の女に流し目を送った。
「いやぁねえ~ ふざけないでよ」
赤毛の女は、人差し指で、軽く男をいなすと、四人組のグループが、出されたサンドウィッチをほうばりながら笑い合った。
若者グループの向かいのテーブルに異変が起こった。テーブルいた家族連れの三十代だと思われる父親と母親が、突如、痙攣を起こし、座っていた椅子から転げ落ちてしまった。五歳ぐらいの男の子と、七歳ぐらいだと思われる女の子は、驚いて立ちすくんでしまう。
何が起こったのか分からない。彼らの唯一の保護者が、目の前で、前触れもなく倒れたのである。男の子と女の子はただ茫然としていた。
数分後、覚醒した父親と母親は、人が違っていた。
意味不明な言葉を、わめき散らし、隣のテーブルにいる老夫婦の手足に嚙り付いた。
等々力岬レストハウス内は、騒然となった。慌ててウエルターやウエイトレスが、老夫婦と兇徒と化した男と女の間に入ったが、騒ぎは収まりそうもない。それどころか、近くのテーブルでも同じようなことが起こっていた。
中年の夫婦が、突然卒倒したかと思ったら、数分後に立ち上がり、人々を襲い始めた。女子大生だと思われるグループが、口から泡を噴いて倒れたかと思ったら、数分後にふらめきながら起きて、恐れ、慄く人々の手足に噛みつき始めたのであった。
「おいおい、何だ? なにが起こっているんだ?」
革のつなぎを着た若い男が、同じように革のつなぎを着て、リーゼントをした男に聞いた。
「わ、分かんねえけど……。やべえことが起きているのは事実だぜ。こいつはかなりやべえよ」
「やべえことってなによ? 隆、おまえ分かるか?」
革のつなぎを着た男が、髪を金色に染めている男に聞いた。
「オレに聞いたってわかんねえよ。おい、順子、分かるか?」
順子という女の子は、ニヤリと笑うと、隆に突然、噛みついた。いや、順子という女の子だけではなく、リーゼント男の傍らにいた赤毛の女の子も奇声を発し、男たちに襲いかかった。
二人の女の子は、その姿形も変わり果てていた。
口が耳まで裂け、目が吊り上がっていた。奇声を発する口元から黄色い涎を流し、汚泥のような臭いを口元から醸し出していた。長く伸びた鋭い爪で、男たちの顔を引っ掻き、カエルのように跳んだ。
「おまえ……。本当に順子か!?」
リーゼントの男が言った。
順子という女の子は、一瞬にしてその豊かな髪の毛が抜け落ちたようだった。わずかに側頭部のみに一房の髪の毛を残し、他の髪の毛はどこかに消え失せ、耳元まで裂けた口からサメのような牙が見えていた。j順子は、およそ人間技とは思えない跳躍を見せた。頭上から、サングラスをかけたかつて友人だった男の頭に嚙り付く。
辺りを見渡すと、姿形さえも変わったのは、この二人の女の子だけではなかった。
少なくとも、十人をくだらない人間が、人間とは思えない容姿に変わり果てていたのだ。
急報を聞き、警官が駆け付けた時には、狂人の群れは、外に溢れ、次の獲物を探し求め、警官隊に殺到した。
二日後、警察庁。地下五階。組織AHOの一室に、那美と呂騎、室緒、村中、高橋、荻隊長、関川、五十嵐参謀と大野が、U字型の机を囲み、スクリーン上に展開される画像を見入っていた。
「始まったな」
と、大野が言った。
「この画を見る限り、人の姿のままの蒜壺もいるし、そうでもないものもいる」
荻隊長が、鼻で笑う。
スクリーン上に投影されている画像は、等々力岬レストハウスで起きた事件を撮影したものだった。蒜壺一族に憑依され、狂人と化した人々がそこに映し出されていた。
「荒蕪トンネル事件の時は、遅れをとり、撮影することができませんでしたが、今回の場合、前もって警官隊の中に、我々のチームを潜入させていました」
と、室緒が言った。
「荻隊長、君が指揮をとったんだろう?」
大野が聞く。
「ああっ、俺が指揮をとったよ」
等々力岬レストハウスでの事件発生の急報を受けた荻隊長ら数名の組織AHOのメンバーは、ヘリで現場に到着すると、あらかじめ連絡を入れていた警官隊の指揮者と連携し、攻撃を開始した。布陣を整えた荻隊長ら組織AHOのメンバーは、警官隊を下がらせ、麻酔弾を使用し、狂人と化した人々を眠らせたのである。
「いくら蒜壺のものが憑依していると言っても、人に巨象用の麻酔弾を撃つとは思わなかったぜ」
荻隊長が、鼻で笑う。
「僕は、撃てなかった……。だって、相手は我々と同じ人間でしょう。心が乗っ取られたといえ、人を撃つなんて……」
村中が目を泳がした。
「甘ちゃんだな。そんなことだから、毒虫に刺されるんだ。現実を見てみろよ。心を乗っ取られ、姿形さえも変わった奴がいるんだぜ。そんなことを言っていたら命がいくつあっても足らなくなるよ。わかるかい、ぼうや」
荻隊長が、腕を組み直して言った。
「そんなこと言ったって……」
村中は、言葉を詰まらせた。
「おそらく、人々に憑依した蒜壺は、あなたがたがBシリーズと区別している餓鬼と呼ばれるものでしょう。けれど、憑依された人々の中には、Aシリーズの蒜壺もいるはずです」
と、那美が言う。
「この中に、伽羅や琥耶姫、惟三のような知能の高い蒜壺も混じっているというのかね?」
五十嵐参謀が聞く。
「ええっ……。N島の施設に収容された荒蕪トンネルの被害者の中にも、Aシリーズの蒜壺がいましたから」
那美は目を閉じた。
荒蕪トンネルで蒜壺一族に憑依された人の数は四十数人に及んでいた。
四十数人の人の姿をした蒜壺の者が、何も知らずにクルマから降りた人々を襲ったのであった。
急報を聞きつけ、駆け付けた警官隊と乱闘となり、一時はどうなるのかと思ったが、事件発生から四時間後、警官隊の後から来た組織AHOの手によって、蒜壺の者のと化した人々は全員捕獲され、組織AHOの研究施設があるN島に搬送されたのであった。
那美は、N島に搬送された人々に会った。一人ひとりと会い、どのような蒜壺が、憑依しているかを探った。
大半は、羅刹や針口、食肉、食糞、欲食などの餓鬼だった。が、雁黄や琥耶姫のような知能の高い蒜壺も少なからずいた。那美によって選別され、針口、食肉などのBシリーズの蒜壺は、地下二階にある鉄格子の牢獄に入れられ、知能の高いA-シリーズに憑依されたと思われる人々は、特殊ガラスで覆われた特別室に入れられた。
那美は、特殊ガラス越しに、一人の蒜壺の者と話した。
目の前に、赤色のトレーナーを着こなし、白色のジーパンを穿いた十四、五歳頃のポニーテールの女の子がいた。連休を利用して、観光バスに乗り込んでいたのであろうか。もし蒜壺の者に憑依されなければ、休日を思いきり楽しんでいたに違いないのだが。
「人の世は変わっていっても、おぬしはかわらんな、那美」
女の子に憑依した蒜壺の者は、老人の蒜壺だった。
かつて、人の世にいた時、伯楠と名乗り、仙人として人々に恐れられていたAシリーズの蒜壺の者だった。
「こんな若い子に憑依するなんて、いい趣味だわね、伯楠」
那美が言う。
「誤解するではない。こいつはわしの趣味じゃあない」
伯楠は、ポニーテールの髪を左手で掻いた。
「わしは、男の肉体が欲しかったんだが、いきなり霊界から呼びだされてな」
伯楠は、まだ、発育途中であると思われる胸の膨らみを、両手で押さえた。男の肉体を欲していたようだが、女の子の肉体にも興味があるのだろう。しきりに胸の膨らみをもんでいる。
「あなたを呼び出したのは……。洪暫」
那美が、軽蔑のまなざしを向けて言う。
「そうじゃな、あの声は洪暫さまじゃなあ」
「洪暫は、あなたになんて言ったの?」
「わしに再び肉体を与えてやると言った」
「それが、どういうことなのか、あなたには分かっていたでしょう」
「そうりゃあ~ それくらいわかっていたわよ。わしの耳にも十種神宝の噂は聞こえていたからのう。死んだものに肉体をあたえるっていうことは、現世の人間の魂を奪い、肉体を乗っ取るということだろう。十種神宝の死反玉を使って」
かつて鬼部一族がその力を乱用したために、神の怒りをかい、地獄に堕とされたという。地刻に堕とされた鬼部一族は古い書物や錦絵の中に見られる鬼の姿になり、地獄に堕とされた人々を苛んでいるという……。
「せっかくこの世に再び戻ってくることができたのじゃが…………。人に捕まるとは思ってもいなかったわ。こんなとこ早く出たいわ」
伯楠が言った。
「ここからどうやって、出るの?」
那美が問う。
「わしをなめるじゃあないぞ。姿形は女の子だが、中身は蒜壺一の化身の使い手といわれた伯楠。こんな檻ぐらい、簡単に破ってみせるわ」
伯楠の眼光が光る。黒髪が静電気を帯びて逆立ち、口角が異様な角度で吊り上がった。体温が急激に上昇したのであろうか。額から汗がしたたり落ち、辺りが蒸気に包まれた。
女の子の服が裂けた。紅いトレーナーがズタズタになり、白色のジーパンがビリビリに弾び散った。肉食獣の血なまぐさい臭いがそこに漂う。
唸り声とともに、一匹の熊が、突如、現れた。
羆だろうか。黒褐色に覆われた全長は、ゆうに三メートルに達しているようだった。黒々とした頭部に金色の毛が交じり、胸元にある白い三日月型の毛並みは、かつて人を、七人も食い殺したという三毛別羆事件の羆を思わせた。
羆は、吼えた。吼えて、特殊ガラスに体当たりを喰らわせた。が、特殊ガラスは小刻みに振動しただけだった。
「な、な、なんなんだ、これは? なぜ。こわれない?」
伯楠の目に驚きの光が宿った。
「クッソ」
伯楠は、何度も何度も特殊ガラスに体当たりを喰らわせた。
「無駄よ。その特殊ガラスは、壊れやしないわ」
と、那美が言う。
「この透明なものは特殊ガラスと言うのか?」
「そうよ」
「こんなものを……。こんな丈夫なものを人が造ったというのか」
那美は伯楠の問いを鼻で笑った。
伯楠が、仙人として恐れられた時代、人は蒜壺の者の餌にしかすぎず、ただ蒜壺の者に食われるだけだった。
が、いまは……。
「文明というものを知っている?」
那美が問う。
「文明じゃと……」
「文明は科学の発展を促し、科学の発展は、人に力を与えたわ。人は、もはやか弱き存在じゃないのよ」
「なにをほざく。人など……。人など……」
伯楠は、力任せに特殊ガラスを叩いた。
「無駄よ……。いくら叩いても、そいつを壊せやしないわ」
伯楠は、ため息を吐き、へなへなと崩れるように腰を下ろした。
「洪暫は、いったい何を企んでいるの?」
那美が問う。
「人に憑依し、人の肉体を手に入れたとしても、蒜壺一族にかけられた“人肉を食さなければ七日後には狂い、やがて死ぬ”という呪いはとけやしない。その呪いがとけない限り、人とは和解することなどできやしないし、地上では暮らせやしない」
「昼間から、人を襲うのは羅刹などの低脳な餓鬼どもじゃよ。わしらは、そんなバカなことはしない」
伯楠が応える。
「それじゃあ、あなたたちはどうするyの?」
「さあ、どうしようかな~ 実はわしもどうしようか迷っている」
「誤魔化さないで!」
那美は、伯楠を睨み付けた。
立て続けて起こった荒蕪トンネル事件と、等々力岬レフトハウス事件は、マスコミに狂乱の渦を巻き起こしていた。
“狂ったと思えようしかないバスの乗客たちは、なぜ、野獣のように人を襲ったのか?”
“等々力レフトハウスに現れた怪物の正体は? 新種のウイルスか? 某国の細菌兵器による侵略か?”
新聞紙上や週刊誌に載った記事は、人々に恐怖を与え、加熱するテレビ各局の報道は、人間社会に脅威を投げつけた。
人々は、事件の解明を政府に求め、政府は蒜壺一族の存在と、実在する対蒜壺組織AHOの公表を、事実を知る関係者から責められた。
が、公表などできるわけなかった。
もし、事実をありのままに公表したら、全世界を巻き込むパニックが起こることが予測できたからである。
「洪暫は、私を誘き出すために配下の雁黄や琥耶姫を使い、人々を殺したあげく、無残な遺体を白日にさらしたわ。私が持つ十種神宝を奪うために」
洪暫は、那美が持つ十種神宝のうち、三つの神宝を奪った。蒜壺一族にかけられた二つの呪いのうちの一つ呪い、日中の陽の光の下の元では長くは生きられないという呪いは、奪った神宝の一つ死反玉を使った憑依というもので、一応解決できたようだが、人肉を食べなければ狂い死ぬという呪いは、まだ、解決できていない。
「私から、すべての十種神宝を奪い、狂い死ぬという呪いを解くことが洪暫の目的の一つだったはず。私からすべての十種神宝を奪わないうちに、人類すべてを敵に回す気」
「バカなことを言いなさんな。餌を全部、敵に回したら、食い物がなくなる。わしらにとって人は大切な食べ物だからのう。ふっほほほっほ」
伯楠は笑っていた。
(この、嫌らしい笑いは……)
那美は、伯楠の下卑た笑い声が気になった。暗闇の奥から聞こえてくるような耳障りな笑い声は、蒜壺一族、特有のもの。
それは、人々の恐怖に歪む顔に喜びを見いだす、陰湿な笑い声。
「あなたちは、人々を恐怖で煽り、人々の心に猜疑心の根を植え付ける気ね」
那美は、拳を握りしめた。
= 餓鬼狩り 第七回(第二部Ⅲ)に続く =