Part 2-4 花形
Wings Over South Texas Air Show NAS(/Naval Air Station) Corpus Christi, South-TX. 13:30 Apr. 7th 2012
テキサス州南部コーパスクリスティ海軍航空基地 ウイングス・オーヴァー南テキサス航空ショー
ここ大西洋のメキシコ湾に面したテキサス州南端に位置するアメリカ海軍航空基地では毎年の2日間最新の航空機、ヘリコプター、ジェット機、戦闘機などが展示され、世界中のさまざまな潜在的バイヤーが自分の目で航空機の強さを判断しに集まる。
だが基地の航空ショーには一般市民も多く来場する。お目当ては航空機を間近で見ることができる他、ブルーエンジェル海軍アクロバット飛行隊や様々な航空機の迫力あるデモ飛行が楽しめる。
曲技飛行の中心は基地にある4本の滑走路の内、観客エリアにもっとも近い南北に走る5003フィート(:約1525m)滑走路か北北西に走る2本の長短滑走路上で行われる。
アクロバット飛行の2日目メインのクライマックスを飾るのはもちろんブルーエンジェルスのF/Aー18による強烈な編隊曲技飛行だったが、毎年来場する観客に評判のここ数年前日土曜日の花形となっている曲技飛行があった。
観客エリアに北側端の人混みから離れた場所に今年もブルーエンジェルスのジェットパイロットが集まり午後の曲技飛行メインを待っていた。
「今年もあれをやるのか?」
大尉が隊員らに尋ねた。
「ああ、見ろよパンフレット。演目リストにあるぞ」
仲間の持つパンフレットを横から別の大尉が覗き込み使用機種名を見て素っ頓狂な声を出した。
「ひえぇ! また骨董品かよ」
「信じれんだろう。ジブコエッジ540なら重量で4分の1、横転率も同じ速度で1・5倍近いのにわざわざ大戦中のレシプロを改造して使う理由が────」
「決まってんだろ! コイツの硬性が好きだから、だと!」
「去年コクピットを見せてもらって驚いたが、操縦桿が自前のホッタスになっていて指で左右の電動化したスラットを操って片側の主翼にだけ増加揚力をかけれる様になってたぞ。しかもそれが上下反転できて片側にマイナスGを掛けれるんだ」
「まさに牝ゴリラだな。幾つなんだ?」
「去年18だと言っていたぞ」
運営サポータースタッフが滑走路のセンターライン上に正確に273フィート(:約83m)おきに赤く塗られたボウリング・ピンを並べてゆく。その数を見ていてパイロットの1人が驚いて不安を溢した。
「おい、数が多すぎないか!?」
「まさか冗談だろ──今年は倍の数を────!? 16本もあるぞ! よっ、4300フィート(:約1310m)以上もやるのか!? 機体が1度でも15インチ(:約38cm)沈降したらお陀仏だぞ」
ショーの会場アナウンスが声高に聞こえ始める。
『さあ皆様お待ちかね! 若きクイーン──ビクトリア・ウエンズディが駆る鋼の精巧馬、第二次大戦のドイツ製レシプロ機Be109メッサーシュミット! メキシコ湾から水飛沫を上げ迫ってきました! 16本のボウリングピン1本でも残せば演技失敗です!』
エンジン放熱空力処理の悪い機体は操縦席の温度を否応なしに上げる。
夏の砂浜にいる気分だった。
しかも足元からして異様に狭い操縦席は余計に暑苦しい。足元の取り払った重機関砲カバーとキャノピィ左右に設けたエアースリットがなければ4月だというのにくらくらしていた。
だがダイムラー製12気筒9.43ガロン(:約35.7liter)倒立エンジンは軽快なビートを響かせ12.2インチ径タービンの回る加給器の甲高い音が水エタノールを送り込んでやると1775馬力を約束する『漢』を主張していた。
その協奏曲に混じり低いシャフトゆえ海面ぎりぎりで高速旋回する3枚のプロペラは多量の海水を跳ね上げ飛沫が主翼下面をハイビートドラムの様に叩きつける。
西のキングスビル海軍航空基地を飛び立ちメキシコ湾に回り込んだ二十数分、主脚を下ろせば確実に車輪が水中に沈む高度で飛び続けていた。
操縦桿に付け足した2つのシーソースイッチを親指でテストする。
右のスイッチを手前に倒せば右主翼前面の2段スラットが展開し右主翼が浮き上がりその瞬間沈降した左主翼の外周で逃げ場を失った多量の空気が海水を一度に跳ね上げ大きな水のケープを広げた。もちろん同じ事を逆にもやってみる。
さらに2個のシーソースイッチを同時に逆側へ切り変えた。
まるで操縦桿を横に切りエルロン・ロールをかけた様な勢いで一気に機体が片側に傾く。それを逆側に操縦桿を当て翼端が水没するのをぎりぎりで躱した。
いいスティック捌きだと笑みがこぼれる。
ギミックの調子も絶好調!
海岸線が急激にせり上がってくる。
メキシコ湾に面したマスタング島だ。コーパスクリスティ海軍航空基地の東にコーパスクリスティ湾を挟みある細長い島。
島中央にあるひし形の大きな白い建物を目印にその左低空を爆音を響かせぎりぎりで飛び抜けた。
コーパスクリスティ湾に入り込み一度高度を上げ左へターンさせ機体を沈める。
そうして機体を安定させ大気速度を確認した。
メーターは概算で毎時124マイル(:約200km/h)をさしている。
機体能力の3分の1も出てない。
「1.55秒でハーフロール」
それ以上でも以下でもしくじる。
コーパスクリスティNASが見えてきた。
ほぼ真北を向く17滑走路を目指す。
旧友に呼びかけた。
「おいでシルフ! やるよ!」
風の民──精霊がいつものように後ろから舞い降りてきて透き通る様な肌の両腕を伸ばす。
その両腕が首に回され彼女が頬を寄せ左耳に囁いた。
────風におなりなさいな、ビク!
喉に契約の紋章が浮かびでて清々しさに圧倒される。
気持ちが氷の様に冷静になる。
眼の前の灰色の直線その北端のジェット噴流を受けるブラストパッドをきっかけにした。
ホッタスのシーソースイッチを親指で2個同時に操り、操縦桿を左に切りフットペダルを左に踏み込んだ。
一瞬で眼前の光景が流砂の様に流れ時計回りに回りだす。
地平線が垂直に立ち1本目の目標を左翼端下面が強烈にヒットした。同時に主翼が地面に垂直になった機体のラダーを切りその小舵で一気に沈降し始めた機首高度を維持する。
出だしは完全!
そのまま一瞬で背面飛行に移りスラットを切り変えエレベーターを下げ舵に切り重い機首を持ち上げ0.7秒半余りで逆側に垂直に機体を切り返した。
2本目のターゲットを右主翼端上面が弾き跳ばした音が聞こえた。ピンの甲高い音!
ステップダンスを踊るようにそのまま90度切り返す。
すべてのロールに違う操作を要求される。
リズミカルに3本、4本と蹴り飛ばす。
息をするのさえ忘れていた。
鳥がスパイラルを描く時の気持ちがわかる。
世界が秒針の様に回り続けて数えて15本!
最後の赤いピンを弾く時に視線を振った。
気持ち良い音が響き右翼上面でボウリングピンのヘッドが砕け散った。
寸秒、Be109を水平に戻し一気にスロットを開きとてつもなく重い操縦桿を力尽くで引っ張った。
滑走路端が機首に消えぐんぐんと空に食い込んで浮場した。
1千7百馬力を目一杯使い込む。
いきなりスロットを戻しプロペラの回転力を殺した。
完全失速状態でも操り糸はすべての指に繋がっていた。勢いで不完全なループからゆっくりと頭が後ろに持っていかれる。
エレベーターを上げ舵に切り、逆ハンマーヘッドを演じて直後スロットを再び開きラダーも思いっきり切った。
眼前正面に滑走路端の35の数字が横向きに見えていた。
メッサーシュミットを捻りながら鋭いループで機首を起こし加速しながらいっきに会場を後にした。
耳元でシルフの軽い笑い声がずっと聞こえていた。