Part 2-3 破片
Boeing 767-300 East State Airline #2367 Crash Area Slick Ford RD The William B. Bankhead National Forest, AL. 14:18 Sep 27th 2013
2013年9月27日14:18 アラバマ州ウイリアムBバンクヘッド国有林スリック・フォード・ロード イーストステーツエアライン2367便767ー300墜落現場
アラバマ州北西部に広がる18万1千エーカー(:約733平方キロ)の広大なウィリアムBバンクヘッド国有林は千の滝の国として知られる水源の走る森林地帯である。
その南部にあるルイス・スミス湖南側に縦貫するスリック・フォード・ロードにトラヴィス・マスグレイヴ国家運輸安全委員会アラバマ支局課長率いる7人がSUV車輌で到着したのは767ー300の墜落報告が入って1時間25分後だった。
現場に到着した彼はナヴィゲーターを見て旅客機があと1マイル北に墜ちていたら大きなルイス・スミス湖に残骸が散乱し原因究明に数倍の時間を費やすところだったと貴重な時間を失わずに済んだ事を不幸中の幸いだと思った。
大型旅客機の墜落現場での機体の散乱状況は、その墜ちた状況で大きく異なる。一番広範囲に散乱するのは空中分解で飛行高度により残骸は数十マイルに及ぶ事もある。
現着している地元警察から聞いた墜落現場は森林地帯を南北に走る縦貫道路を中心としおおよそ3分の1マイルの範囲に限定されていた。
現場に臨場したトラヴィス・マスグレイヴはまず部下全員に手分けさせて散乱範囲のマッピングを始めた。航空機部品の散乱範囲を正確に知る事がまず第一歩であり、次に散乱した部品を範囲のグリッド毎に記録し回収にあたる。時には散らばる乗客の分布すら必要になる。
ブラックボックスを確保すると航空機メーカーの技術者と協力し解析し墜落の状況を把握しそれから初めて墜落原因の特定を始める。
現場入りして一目で原因がわかる事など万に一つ。膨大な蓄積データの中から糸を通す様に繋ぎ合わせた些細な事実で朧気に事故原因が見え始める。
ボーイング767ー300は中型のジェット旅客機で経済性優先の設計をされた機体全長はおおよそ180フィート(:約55.m)、主翼幅156フィート(:約47m)ありそこに2基のエンジンを下げている。胴体はセミワイドでどちらかというとやや細身の方である。
その胴体が大きく3つに分かれ、後尾からの2つが森林道路上、機首側が先の森林際に見えている状況から、パイロットは墜落間近まで不時着を試みていたとトラヴィスは思った。
次に2基のエンジンはどこだと彼は考え、先に現場入りし生存者を探した多数の警官や消防士などを仕切っている警部補に尋ねた。
「エンジンのカヴァーらしきものは550ヤード東の森にあるがエンジン自体は見た覚えがない」
エンジンがない!? あんな大きく重厚な金属の塊が2基とも見当たらないはずがなかった。エンジン・ナセルが550ヤードも離れた場所にあるという事は、主翼から墜落のずっと以前に脱落している可能性があり、捜索範囲をかなり拡大する必要があった。
一報では軍用機と衝突したと彼は聞いていたが、なら先に脱落するエンジンは片側に限られている。大型軍用機との空中接触でも、墜落した胴体が狭い範囲にある以上その第1エンジンと第2エンジンが両側とも見つからないとなると旅客機はエンジンを失いかなりの距離を滑空した事になる。
両翼のかなり離れた2基のジェットエンジンが同時に落ちるなど構造上有り得なかった。
トラヴィスはベテラン部下のエイベル・コールマンと共に縦貫道路から森に分け入り、東へと歩き始めた。
「エイヴ、過去に2基のエンジンをかなり離れた場所に落とした事故はあったかな?」
木立を除けまわり込んだエイベルが僅かに記憶を手繰り寄せ答えた。
「空中分解した事例でなら数件。だがいずれも主翼近辺で見つかっているな」
黙々と森の中を歩いているといきなり木々が途切れ踝までしかない雑草の広がる原っぱに出た。そこにも警官や消防士らの姿がちらほらあり、何らかの残骸があるのが容易にうかがえた。
その原っぱから次の森に入る手前際にエンジンナセルの一つが落ちていた。
「曲線形状がPHのエンジンぽいな」
カヴァー形状を見てトラヴィスが言うとエイベルがそれについてより知っていた。
「JT9Dの派生型だろう。7R4Dあたりか」
2人が近づくとそのジェットエンジンのファンカヴァーは悲惨な状況だった。
全周ではなく3分の1しかない。形状から前部ファンを覆う下側の部分だと思われた。
カヴァーには多数の穴が開いており、トラヴィスはファンブレードが崩壊し飛散したのかと一瞬思った。だがその多数の開口部の形状を見つめ異常に気づいた。
ナセル外板から内側に向け捲れている。
タービンブレードが飛散してぶつかったのなら外側へ捲れる。
まるで散弾でドアを撃ち抜いた様だと彼は思いエイベルに尋ねた。
「おかしくないか、これ!?」
「似たものを見たことがあるな。対空ミサイルを食らった戦闘機の胴体がこんな有り様だった」
トラヴィスは気に入らないと思いながらそのエンジンナセルの全体と多数の穴のマクロ写真をデジタルカメラで撮影した。
エンジンナセルが墜ちている近くにジェットエンジンのコア──重量部分がある可能性が大きかった。コア部分は高温高圧に曝されるものが多く頑強な素材と構造を持つ。四散する可能性は低く航空機墜落現場でシャフト部分はほぼ一カ所で見つかる事が殆どだった。
彼らがそのジェットエンジン主要コンプレッサーユニットを探しさらに東へと歩き森を抜けていると、その1基が木を1本へし折り幹近くの地面に半陥没していた。
エンジン単体を見ても事故原因にいたる事は少ない。ましてや部品点数の多い現代高バイパスターボファンエンジンは大きく大ざっぱなものしか見つけられない。
それでも2人は両側からそのコア部分をつぶさに観察し始めた。
「トラヴィス、こっちに来てくれ」
エイベルに言われトラヴィスは右側に回り込むとエイベルが剥きだしになった後部低圧タービンブレードのニッケル合金の一群を指さした。
「ジェットエンジンのパーツじゃないな」
そこに樹脂とも思われる濃い褐色の湾曲した親指の爪ほどの破片が挟まっていた。それをトラヴィスはボールペンの先で引っ掛け手のひらに落とした。
「おそらくは旅客機に使われていないものだと思う」
そうエイベルが告げ、トラヴィスは枝葉の間から差し込む陽光にそれを摘まみかざしてみた。
その破片に光が透けて見え半透明であるとトラヴィス・マスグレイヴは思った。
彼はまだこの時点で旅客機を墜とした原因であるとは思いもしなかった。