Part 1-2 困惑
Boeing 767-300 East State Airline #2367 37,000 feet over The William B. Bankhead National Forest, AL. 12:30 27th Sep 2013/
NTSB(/National Transportation Safety Board) AL. Branch Birmingham, AL. 12:51
2013年9月27日12:30 アラバマ州ウイリアムBバンクヘッド国有林上空3万7千フィート イーストステーツエアライン2367便767ー300/
12:51 アラバマ州 バーミングハム国家運輸安全委員会アラバマ支局
「本日はイーストステーツエアラインをご利用ありがとうございます。機長を勤めますハーマン・サイクスが当機のご案内の申し上げます。当機は現在、高度3万7千フィートを時速510マイルで順調に飛行中です。ロサンゼルス国際空港までおおよそ4時間20分を予定しております。空路の状態は比較的良好ですがシートベルト着用のサインが点きましたら安全のためご協力お願いいたします。快適な空の旅を御満喫ください」
機内放送のスイッチを切り彼は正面の多機能ディスプレイへ視線を走らせ高度、姿勢、速度、方位の順にチェックし他機との衝突警告表示がネガティヴなのを見て、航法上の飛行予定コースからの逸脱がないか、気象レーダーの拾う前方の雲海を確認し副操縦士のグレン・ラッカムに声をかけた。
「ラッカム、自動操縦に切り替えよう。高度を2千上げ、方位と速度を維持。操縦を代わる」
「了解です、機長。操縦願います」
ハーマンが操縦を引き継ぐと、グレンがコクピット・ウインド・センターピラー下段のMCPを設定し始めた。
ハーマンは操縦桿を軽く握り操り、自動操縦の設定をコパイに任せ正面の窓から晴れ渡った空路を見渡した。その11時方向の下の高度に動く小さなものを眼にとめ、視線を固定し何なのかと識別しようとした。
初めは大きな鳥だと思った。
だが高度がありすぎる。どんな渡り鳥でも高度3万を越えてくる事はない。
さらにそれが大きくなりつつあると、彼はやっとそれが航空機だと認識した。
レシプロ機ではない。
かなりの上昇率だと拡大し見え続ける背面にハーマンは思った。旅客機の類でもない。
急激にその左右の台形を切り落とした両翼が見えるにいたり、彼はそれが軍用機だと気づいた。
進路はほぼ等しく、自機の進路へその小型機の上昇進路が交差している予感が湧き起こった。
まだ接近警告はならなかったが、相手が軍用機──それもジェット戦闘機の類ならそれも保証の限りではない。
そのジェット戦闘機の背面が激変し拡大すると大きくAoa(:迎え角)を取ったまま左ウインドの後方へ一気に流れた。
「キャプテン、今ニアミスしたの戦闘機ですよね」
ハーマンと同時に副操縦士のグレンも左の方へ顔を振り向けていた。
「ああ、間違いないな。部隊番号は識別出来なかったがF35だった。この辺りに軍用機訓練飛行ルートはないはずだが、一様、管制区へ無線連絡した方がいいだろう。どこの阿呆だか知らんが、あんな事はやめさせないと──」
言いかけているその瞬間、左翼側から爆轟が聞こえ、火災警報とエンジンストール警告が鳴りだした。同時に機は左へ引っ張られ始め高度も維持できずに落ち始めた。
ハーマンは操縦桿を引きながら右に切り、計器を見ると第1エンジンの回転数やオイルプレッシャー・ゲージがダウンしていた。
あの戦闘機が接触したのか!?
いいや、間合いがありすぎる!
そう思った一瞬、今度は右翼側で爆轟が聞こえ、コクピットから見えるほどに火焔を引き伸ばし第2エンジンの破片が前方へ舞い散った。
彼はバードストライクでタービンブレードが吹き飛ぶ瞬間を一度見た事があった。
クラッシュしたパーツは翼を傷つけすべて後ろへと吹き飛んだ。
あれでは、まるで後方から何かが激しくぶつかったようだとハーマン・サイクスが理解したその瞬間、機は急激に前のめりの姿勢に落ちだし制御を失った。
全米の航空機事故はまず23区画で分けられた管制区の該当区にレーダーで失探した空港や事故現場の所轄警察などから連絡が入る。
アラバマ州ウイリアムBバンクヘッド国有林へ墜落した旅客機の速報はアトランタ管制区センターに入り即座に国家運輸安全委員会へ情報が回されアラバマ州 バーミングハムNTSBアラバマ支局へと通達が入った。
国家運輸安全委員会とは全米の陸海空における様々な輸送に関連する事故を調査し、原因を究明し対策を講じて各機関へ勧告などを行う独立国家機関としての役割をもつ。
航空機事故の場合規模により最低2名から十数名の調査官が編成される。それをゴー・チームという。
調査ローテーションに入っているトラヴィス・マスグレイヴへ連絡が入ったのは事故発生から僅か18分後だった。
「トラヴィス」
デスクでPCのモニタを睨みながら書類を作成していた彼が声をかけられ振り向いた。
「なんだキャシー?」
「局長がお呼びよ。大至急ですって」
大至急にろくな事はない。トラヴィスは眉根を寄せ眉間に皺を刻むと席を立ち上がって同じ事務所内で磨りガラスで仕切られた局長室の扉を開き顔だけを突っ込み尋ねた。
「何ですか局長?」
「アラバマのウイリアムBバンクヘッド国有林にイーストステーツエアライン2367便が墜ちた。至急チームを編成し調査を始めてくれ」
局長に言われ彼は顔をしかめた。
「局長、俺まだ別件の空港事故の処理が──」
「わかっとる。だがお前にしか任せられない。どうやら軍の戦闘機と衝突しとるらしい」
ああ、厄介だとトラヴィスは一瞬眼を游がせ条件付きで了承した。
「それじゃあ、12人でやります。でないと引き受けませんから」
デスクの局長が渋い顔で頷いたので彼は顔を引っ込め事務所へ振り向くなり大声で調査官らへ呼びかけた始めた。
「イーストステーツエアライン2367便が墜ちた。クレイグ、3人選びイーストステーツエアラインへ行き整備・運航・事故記録を洗い出せ」
「他の者7人は俺と現地へ向かう。えーと、ルイージ、ヘリ2機を用意させてくれ15分で出る」
ヘリをと言われ、じゃあパイロットにどれだけの燃料をとルイージが問い返した。
「トラヴィス、どこまで行くんですか? 墜落現場にヘリコプター下ろせるんですか?」
「あぁ!? ウイリアムBバンクヘッド国有林だ。まずいな着地できんかもしれん」
ルイージがその国有林を知らず検索しながらキーテレフォン(:ビジネスフォンの米での俗称)でヘリ管理課へ電話し始めた時にはすでに11名が席を立って用意を始めていた。
「トラヴィス、2367便はアトランタ国際空港発ロサンゼルス国際空港行きだ」
国有林へ引き連れて行く1人ダンカンがその場でセリー(:携帯電話の米での俗称)で検索した結果を主任に報告した。
「それじゃあ、かなり燃料を積んでたな。俺について来るものは防火服も用意しろよ」
彼は自分のデスクに向かいながら鞄に詰め込むものを考えていてふと気づいた。
調査官が揃っているなどめったにない。いつも編成時に数人がどこかから呼び出される。その最先の良さを彼は逆に良くない前兆だと思った。
だがトラヴィス・マスグレイヴはまだこの事案が続く航空機事故の前触れだとはまったく思いもしなかった。
ノックされ執務デスクで演説草稿に眼を通していたニック・バン・ベーカーが顔を上げ入れと声をかけた。
ドアを開いて姿を見せたのは大統領補佐官のザカリー・マクナマラだった。
「閣下、コーデリア様の事で残念なご報告をせねばなりません」
「妹がどうした、ザカリー?」
「お乗りになられていたはずの旅客機が事故で生存者が絶望的状況だとたった今、報道されています」