Part 2-5 異常な様
White House Washington D.C. 14:41 Sep 27th 2013
AIRBUS A350XWB American Global Airline #895 35,000 feet over The Rio Grande National Forest, CO. 13:46
2013年9月27日14:41 ワシントンD.C.ホワイトハウス
13:46 コロラド州リオ・グランド国立森林公園上空3万5千フィート アメリカングローバルエアライン895便A350XWB
執務室で国家運輸安全委員会長官の電話を直接受ける間、ニック・バン・ベーカーは眉間に皺を刻み瞬きすらせず微動だにしなかった。
『──の現場からコーデリア様の御遺体が確認され遺品から御本人であると確認されました。御冥福を申し上げます』
「わかった。コーデリアの遺体は軍の輸送機でこちらに搬送する様に手配する。他の乗客、乗員も速やかに確認し航空会社等へ報せてくれたまえ」
そう告げベーカー大統領は受話器を戻すと数呼吸してから執務デスクの前に立っているもの達の1人ザカリー・マクナマラ補佐官へ命じた。
「ザック、葬儀の時間調整に入ってくれ。それとこの事件に関してコメントを発表したい。草稿も用意しろ」
「かしこまりました。大統領、国葬の方向で──」
大統領は小さく手を振った。
「いや、コーデリアは要職についた事がない。葬儀は身内とごく親しい間柄で行う」
補佐官が頷いて執務室を後にするとベーカー大統領はまずゴドウィン・ヘイウッドFBI長官に尋ねた。
「ゴドウィン、盗まれた軍の戦闘機が関わっている事も視野に入れ早期の解決に当たりたい。最大規模の捜査官を投入できるか?」
「はい、閣下。テロの可能性があるので既に捜査を開始しています。幾つかの国際的案件に関してCIAから情報提供を受ける必要があります」
「わかった。コックス長官に協力する様に命じておく」
FBI長官にそう伝え大統領は駆けつけたばかりのマーク・ウェルシュ空軍大将に視線を移した。
「国内のレーダー網の記録からその戦闘機を探しだせんのか?」
「大統領、もしも盗まれたFー35Cが関わっているとなると正面や側方レーダー反射は極度に小さく防空識別圏や飛行情報空域《F I R》での掌握は難しいと思われます」
「それでもまかりなりにも合衆国空軍だ。何かしらの警戒システムぐらいあるだろう!?」
大統領の問い掛ける声に押さえ込んだ怒気が含まれていた。
「我が軍の早期警戒機Eー3の警戒範域はおおよそ州程度ですが、最新ステルス機となると大都市程度に近接しない限りは発見は困難です。そのFー35Cが常時空中にあるとも断定できず北米大陸全域を監視する機数制約から長時間に渡る監視活動は困難です。そこで大統領、堕とされた旅客機の飛行ルートに沿う形ですと24時間の監視が可能ですし、迎撃機を迅速に向かわせる事もできます」
空軍大将は具体的な詳細を省きできうる限り簡素に伝えたつもりだったし提案が効をなせばと願った。
「構わん。手段は任せる。コーデリアが巻き込まれたのが偶然かは今の時点でわからぬが、もしもテロなら続く事件を起こす可能性がある。その盗難戦闘機を何としても見つけだせ」
対策を指示するニック・バン・ベーカー大統領はこの1時間あまり後にさらに輪をかけ事態が混迷化するのを目の当たりにするとは思いもしていなかった。
ハミード・イブラヒムは故国イランを思わない日はない。彼はイラン空軍の大尉であるが母国空軍が最大機数を保有するFー5EタイガーⅡの優れたパイロットであると自負していた。
彼は自分がアメリカ帝国の上空で異教徒を撃ち落とすチャンスが来ようとは半年前に思いもしなかった。
航空機を堕とす事に罪の意識はない。
これはイラン上層部がアフガニスタンのターリバーンに与みしているからではなくムハンマドの意志であると思った。
自国製の対空ミサイルを持ち込む事は叶わずとも射程は極度に短いがロシア製の携行対空ミサイルで十分だった。
相手は逃げる事もできない鈍重な航空機なのだ。
機銃でも堕としてみせる。
彼の直属上官の指示ではこの帝国で数機堕とせば英雄として国に帰れる事が約束されていた。
同じチームを組みFー35を駆る傭兵白人パイロットに決して負けぬとハミードは操縦桿を握りしめ思った。
この機体はイラン製ヘサ・アザラクシュなのだ。
Fー35などに負けぬ力を示せるのはムハンマドの加護があるからこそ。
彼は操縦席パネルの見越し計算照準器右横にホルダーで取り付けたスマートフォンでGPS地図を見、表示されている地名をメモと照合しながら200フィート(:約61m)の低空を爆侵し続け広がる森林の上空に入った事に胸踊らせていた。
2基のJ85はロシア製エンジンに比べすこぶる好調でコロラド州まで何の不調も見せていなかった。
もうすぐ目的の航空機の進路に達する。
ハミード・イブラヒム大尉はスマートフォンのアプリを切り替え旅客機の追尾情報を表示させ概ね後方5キロメートルにつける事を確かめるとスロットレバーをミリタリー最大出力まで押し込んで、合わせて24個のノズルから添加される燃料が燃え上がりアフターバーナーの加速をシート越しに感じた。
翼下に2対の増槽を下げてなお軽量の機体はぐんぐんと加速してゆく。
彼は操縦桿を引き視野に下りてきた蒼空を見つめレーダーを自動補足機能モードに切り替えた。
ロサンジェルス国際空港を飛び立ったアメリカングローバルエアライン895便新型のエアバスA350XWBは順調にニューヨークJFK国際空港へ向け航行していた。
有視界も良好で、気流も安定している。
20分ほど前にチーフパーサーが客室にも特に問題がない事を告げにきたが、乗客の1人が提供されたワインに悪酔いしていると知り機長のオスカー・ワイルダーは苦笑いを返した。
気圧の下がる上空では少量のアルコールでも悪酔いする場合がある。だがそれを理由に少量の提供を中止する航空会社はない。
悪酔いを理由に目的地を最寄りの空港に変更しても、過当競争のサービスは変わらないだろう。
ワイルダー機長がコパイのショーン・スタンプから操縦を引き継ぎ彼へ休憩を促した瞬間、警報が鳴り響きだした。
第2エンジンの火災表示を眼にしてワイルダー機長は即座に燃料をカットし右片側に引っ張られ沈降しだした機体を修正しようと操縦桿を切った。
コパイのショーン・スタンプが火災を抑え込もうと躍起になっている操作を嘲笑い追い討ちをかける様に今度は第1エンジンの火災表示が点った。
その一閃、ワイルダー機長は左コクピットウインド越しに前方へ飛び散る多量の破片と火焔を眼にして異常さに困惑した。
マック(/マッハ)0.85で飛翔する機体前方に破損した部品が飛び散るなどあり得なかった。