Part 1-1 盟約
Stonewall County Airport Aspermont West-TX., USA 13:30 27th Sep 2013/
Weatherford, West-TX. 11th Aug 1998
2013年9月27日13:30 アメリカ合衆国テキサス州西部アスペルモント ストーンウォール・カウンティー空港 /
1998年8月11日 テキサス州西部ウェザーフォード
動きをやめ見つめる。
滑走路進入経路横の白とオレンジのウインド・ソックが真横近くまで尻を上げ揺らめいていた。
南南西から25ノット(:約13m/s)に近い風が流れている。
その吹き流しを確かめたのも一瞬。そこから滑走路の北側100ヤードの地面に埋められたら1インチ径のポールに視線を戻した。高さ5フィートのカーボン・ファイバーのポール先端にマグネットで吸い付いた直径10インチの鋼鉄のリング。
リングは本人の希望で黒に塗られていた。
視認の点からいうならもっと目立つ色は幾らでもあっただろうに。
サングラスの下からザカライア・ウエンズディはその瞬間を辛抱強く待った。他のものらの様に様々な方角へ顔を向け、前兆を探したりなどしない。
これは1人娘への信頼であり、あの子の絶対的な技法と眼の確かさと天性の勘を知った上での事だった。
「あれだ! 見ろ! あれじゃあ陸上を走ってるみたいに見えるぞ!」
賭けたものの1人が声を上げ指さした。
その人さし指の遥か先に形のずれた円錐状の土埃が舞っている。その広がる先が風下へと流れていた。その元──先端が移動してるように見えない。だが広がる土埃のコーンが急激に大きくなり甲高い爆音が聞こえ始めた。
「おいおい、嘘だろう! あんな状態でここまで来たのか!?」
ビノキュラーで捉えた男が上擦った声で溢した。
金切り声の爆音は猛り狂った爆轟となり、次の一瞬、引き連れた茶色のコーンがアスファルトに途切れ、一発、金属音が弾け、全員が上空を仰ぎ見た。
ロールもかけずに急激に背面上昇する機体。
カーボン・ファイバーのポール先端からリングが消え失せていた。
「あいつの勝ちだな」
ザカライア・ウエンズディがそう言うと、男らのぼやきや開き直りの声が生まれテーブルの上にひっくり返したカーボイー・ハットに金が放り込まれてゆく。
その上空で反転し滑走路外輪の進入経路に小さな飛行機が素早く高度を落としロールしながらコースに乗りターンすると急激にAoa(:迎え角)を取りランディング・ギアを弾きだし滑走路を捉えた。
青いベースに垂直尾翼の黄色いマークが際立つアメリカ国内で唯一民間機登録されたバイパー──Fー16ファイティングファルコンのメインギアが接地した瞬間スピード・ブレーキが60度にまで上下に大きく開き減速し続ける。その垂直尾翼の先端に黒いリングが激しく揺れていた。
あいつはとどまるところを知らない。
ヴィクトリアは航空機を操る天才──いいやそれ以上の──まさしく一体だと父は思った。与えられたらどの様な機体でも様々なアクロを行える。手持ちの会社1つを売り渡し中古のジェット戦闘機を恐ろしい高額で中東で買い付けたのも悪くなかったとこの頃彼は思うようになっていた。しかもヴィクトリアの我がままを聞き入れメリーランドの製造メーカーに機体を入れ改造の限りを尽くした。
あの子を5歳で養女に迎え、驚かされ続けている。
あの爆炎から生還したヴィクを養子にするとその場で心臓を捧げたのだ。ザカライア・ウエンズディはタキシングする娘の愛馬を見つめながら18年前を思いだした。
あれは例年になく暑い夏のあの日だった。
ザカライアは妻とダラス近郊のウェザーフォード近郊で開催されているガン・ショーを覗きに行った。テキサス州は全米の中でも銃に寛容であり、国内外の各銃器メーカーも力が入る。テキサスで売れない商品は他の州でも受け入れられない。
数千人の客で賑わう会場の熱気に当てられたのか妻のクラリッサが外に出たいと彼に告げた。彼は無理強いさせずに彼女を外に連れ出し、ビーチパラソルを上げたテーブルが並ぶ軽食の出店へ妻を連れその端の1つに腰を据えた。
冷たいフロートの飲み物に口をつけているとクラリッサの具合もだいぶんと良くなったが、彼はもうしばらく長居する事にした。ザカライアはテキサスでも指折りの大富豪だったが妻との間に子宝は恵まれなかった。それでも彼は心から妻を愛しており、彼女が望むなら何でも許したし、彼女と自分の健康にはとても気を使った。
「何を見てるの?」
妻に尋ねられ彼は顔を寄せると視線だけは逸らさずに彼女へ教えた。
「客らに混じって変な輩が来ている」
ザカライアが変な奴だと言うときには必ず悪い意味合いで善からぬ連中だった。その彼が視線を外さない。クラリッサは眉根をしかめ夫が視線を向ける方へ僅かに顔を振り瞳だけをゆっくりと向けた。
駐車場の車道を渡る親子が眼に止まる。
若い夫婦だった。
1人娘を間に挟んで仲良く手を繋ぎ笑顔で会話しながら駐車場を歩いている。
だがクラリッサはその3人親子じゃないと瞳を游がせた。その家族の30ヤードほど後ろにいる奴だと彼女はふと気づいた。この暑い中に随分とくたびれたトレンチコートを羽織っている。
親子が歩く向きを変えると、それに合わせその善からぬらしい男は顔で追ってゆく。
ザカライアが立ち上がると、妻は渋い顔をしたが頭振り彼に尋ねた。
「警察は呼ぶ?」
「ああ、その方が良さそうだ」
「無茶はしないでね」
妻の眼を見て頷いた直後、彼は素早く親子らの方へ歩き始めIWB──腰ベルトの内側に差しこんだホルスターのリボルバーに手をかけた。
彼は急ぎ足で親子の横へと近づいて行くとその父親が片手を伸ばした直後、一台のステーションワゴンの方から短い電子音が鳴りライトが2度点滅した。
女の子を後ろの座席に乗せ夫婦が前の席に乗り込む。
その車につけていた男が小走り近づくのを眼にして、ザカライアはホルスターから銃を半抜きにして駆け足になった。
つけていた男は運転席の窓を数回叩き、若夫婦の夫が窓を僅かに開いて言い争いとなった。
だが言い争っているだけで、それ以上の危険は感じられない。ドアの外で怒鳴っていた男が若夫婦の夫を指さしながら後退さる。その下がり方が尋常ではなかった。地面に何度も靴の踵を引っ掛け転びそうになりながらもステーションワゴンから急いで離れようとする。
横並びの6台先まで離れた男がコートのポケットからモバイルフォンを取り出しフリップを開いた。その男がどこかに繋ごうと必死でボタンを押している。
「おい! 君! 何を揉めていた?」
聞いた刹那、驚き振り向いた男がモバイルフォンの通話ボタンを押し込んだ。
6台先のステーションワゴン──夫婦と娘の乗り込んだ乗用車が爆轟を上げ火焔に包まれた。
その中で起きた事を車外の誰も知る由がなかった。
助手席の妻がエンジンルームから広がる猛爆の火焔に飲み込まれる寸前に後席の娘へ振り向き一瞬に近い速さで高速詠唱を終えた須臾、娘の首前にヘブライ語と盟約の紋章が現れ精霊の加護下に入った。
直後、爆炎が急激に前席を飲み込みそのサラマンダーの真紅の舌先が後席へ伸びた一閃、幼子は旋風に包まれた。
広がる火焔と同時に押し寄せた爆風に不審な男の腕をつかんでいたザカライア・ウエンズディはよろめき顔を上げた片腕で庇った。
あの親子はもうダメだ!
その直後、彼は信じられないものを眼にして唖然となった。
火焔の荒れ狂う嵐の中から旋風を纏い護られた幼子が泣きじゃくりながら歩き出てきた。
☆付録解説☆
1【Wind Sock】(:ウインド・ソック)風向きや大まかな風速を知るための吹き流しの事です。靴下を思わせる事から1本ですのでソックと単数形です。日本の鯉のぼりみたいなもので目立つ以外のデザイン性はありません。空港敷地内によく見かけますが、高速道の際にもまれに見かけます。