ある日の日記 6回
六回
僕が物心をやっと持てた頃ーー
いわば幼稚園へ入る前の頃、よくお袋にたずねていました。
「僕のお父ちゃんはどうしたの? どうして僕にはお父ちゃんがいないの? 皆にいてどうして僕には居ないの?」
そう言ってよくお袋を困らせていました。その都度、お袋は返事に詰まって
「お父ちゃんはね、偉~い人だから忙しくてなかなか家へ帰って来れないのよ! 今に一杯一杯のお土産を持って帰ってくるわよ。それまで我慢しなさい……」
「フ~ン、お父ちゃんてそんなに偉い人なの? 本当にいつかお土産一杯一杯持って帰ってくるね?」
「そうだよ。今にきっと帰って来るわよ」
僕の父は僕が生まれた後、事業に失敗していたのです。それをもり返そうと異国の地に旅立って行ったのです。
何とかしてまた元のような華々しい生活が出来るようにと、新たな仕事を見つけに遠い所に出かけていたのです。
だからお袋の方もきっといつか帰ってきてくれるだろうと長い夜を偲びながら待ち望んでいてことでしょう。
しかしその父も僕が小一に入っての夏休みの頃、異国の地で儚くも短い一生を閉じてしまったのです。
僕にしてみれば、父といっても一度も顔を見たこともないし、その父が亡くなったと聞かされてもピンとこなかったのです。
ただいつかお土産一杯一杯持って帰ってくるという、お袋の話しに首を長くして待ち望んでいただけなんです。ただそれだけの事でしかなかったっのです。
僕にはもう一生父親という味を知れないかたわ者の烙印を、その時すでに押されていたのです。
君達はこの前、こうゆう話しをしていましたね。
「あの人、中学までは番長をしていたんだって。それからあまり背丈が伸びていないから、今のあの人の面影からは想像もつかないと思うけど、中学の頃まではものすごく身体が大きくて、誰一人としてあの人を負かせる者は居なかったんだって。高校の頃も、喧嘩はしなかったけど番長でさえ手を出せないという影の番長としてならしていたのよ!」
「あの人が? まさか? とても信じられないわ!」
「いえねッ、マァ~、ケンカはしなかったけどスポーツは万能だったし、相撲をとらせたら誰にも負けないというくらいに強かったんだって。あの人にはとても人をぶん殴ったり傷つけたり出来るような度胸はなかったの……。でもそういうやさしい心と、頭が良いとゆうことで、幼馴染の番長からも一目置かれ、誰も手出しできなかったってゆうことよ。いわばその番長おも影で操っていた影の大番長っていう存在ね!」
そりゃ~、確かなことなのです。その番長とは幼稚園の頃、しょっちゅう喧嘩ごっこをして、タンコブを作りあった仲だったのです。
彼も僕と同様に家庭が複雑な為、ものすごく心がひねくれていたのです。
幼稚園の頃では、その彼に輪をかけての悪さをしていた為、その時の園長先生、曰く
「そんなに真面目な青年になっているんですか! 信じられませんわ! あの子のような悪い子供はあれから一人も出てきませんでしたわ。まったく手もつけられないくらい毎日毎日他の子をいじめたり、からかったり……、アァ〜、一度、人のハンカチを破ったことで、全園児の前で脅かしてやったことがありましたわ」
「あんたのように悪い子は、この大きなハサミで手足をチヨン切ってやるわ! もう二度と悪さ出来ないように……」ーーと、足元にものすごく大きなバケツをすえて、今にも本当に切ろうとせんばかりの怖さで僕を睨みつけているのです。
僕は、やったものはやったものだし、今さら逃げるわけにもいかず、心の中では
「ナァ〜に、本当に切ったりなんかしないさ! しかしやはり泣き真似でもしないと許してくれそうもないな……」
などと、それから逃れる戦術を企てていたのです。
「サァ~、皆の前で悪いことしてゴメンなさいと謝りなさい! 謝らなければいつまでもこうしているわよ!」と、ここまで言われては僕ももう後えは引き下がれないと思い、渋々シクシクと涙を流し始めたのです。
それが幼稚園の時の一番の思い出として、懐かしく蘇ってきます。




