策略
担任のいないSHRが終わるとすぐ、俺はまたどこかへ行こうとする須田を追った。彼女はフラフラと学校の敷地内を彷徨っている。ほどなくして、志賀が御堂を連れてきた。
「主役は遅れてやってくる…そして、アレがアナザーだな?」
「お、おう。そうなんだけど、何だってこんなところにいるのかな」
ていうかここ、逆にどこ?すごい虫いっぱいいるし。敷地内とはいえ、こんな山林に接したグラウンドみたいなとこ知らんぞ。あ、なんか看板が立ってる。なになに…
「乗馬部…?」
「凄いなこの学校」
「あ、でも素通りするみたいだ。あの先にあるのは…」
「トイレだな」
あの野郎…俺達は結構離れている上隠れているので、まず見つかってないはずなのに、あろうことか女子トイレに入りやがった。須田本人があそこにいる場合、非常にまずい事態になる。けど、俺達が入って見つかってもまずい事態になる。どうすればいい…どうすれば
「」
「」
「何黙って俺を見てるんだお前ら…」
「」
「」
「…おい、なんか言えよ」
「見張りは任せろ」
「健闘を祈る」
何結託してんだよ!そういうのは戦闘中に欲しいの!何を言っても2人は絶対に動かないといった風を崩さないので、俺は仕方なく、ほんっっっっっとうに仕方なく腹を括った。
「覚えとけよお前ら…」
「後でなんか奢ってやるから」
「オレのスペシャルメニューをご馳走しよう」
後者は絶対いらない。ひとまず深呼吸だ。…ふう。これは一気に女子トイレに駆け込んだ方がいいと見た。相手を驚かせることも出来る上、最悪見られても『漏れそうで見えてなかった』と言い訳がつく。それでもドン引きされそうだけど。
「…よし!」
女子トイレに向かって全力ダッシュ!やばいんですやばいんです、もう漏れそうでどっちが女子トイレかなんてわかんねーッッ!!
女子トイレに入りかけた瞬間、白くて尖ったものが顔面を襲って来た。チクッとしたが、それほどまで痛い訳では無い。思わず握りしめてしまったそれを開いて確認する。
「紙、飛行機…なんでこんな」
「なんでこんな、はこっちのセリフなんですけどー」
前を見ると、紙飛行機を構えた女子がいた。背は高めで、やや長い髪を後ろで縛っている。探している須田(の格好をしたアナザーも)とは対称的な見た目だった。って、べ、弁解しないと。
「あ、あぁーえっとーその、俺その、も、漏れそうで!それでそのー誤って走り込んだと言いますか………ごめんなさい」
苦しい。これが通じなかったらどうしよう。目の前の女子をちらっと見ると、後ろを振り返って首をかしげていた。こ、こいつ話聞いてねえ…
「あ、あの」
「変だな」
「は?」
「あいつトイレしに来たんじゃなかったのかな。いくらなんでも早すぎでしょ。…あ、漏れそうなんだっけ?この通り誰もいないし使っちゃっていんじゃね?」
その理屈はおかしい。って、誰もいない?ちらっと奥を覗いてみると、個室は2つで、そのどちらもドアが開いていた。まさかとは思うが、俺達に気づいていて化け直したとか?気付かないうちにじっと見ていたのか、女子が訝しげにこちらを見ている。
「漏れそうじゃなかったの?あ、うちがいるから入りづらい?それとも……乗馬部に興味が?」
「ないです。ありがとうございます」
「ひーん」
それだけ言い残すと、彼女は去っていった。最後のやつ…ひひーんとかけてあるとか言わないよね?気のせいだよね?誰もいないという事で、須田本人の無事は確認出来た。しかし、アナザーを見失ったのも事実だ。彼女、普通に行っちゃったけど行かせてよかったのかな…
『それなら大丈夫。いくらアナザーが必死でも、体の主以外に姿は変えられないから』
『そうなの?』
『基本的に能力以外のことは出来ないわ。あぁ、だから…ジェミニは可能だけれどね』
ジェミニは御堂が適合者だから、それ以外の神が元である須田のアナザーは姿を変えることは出来ない。じゃあ、何故こんなところで蒸発をしたんだろう。1人で考えていても埒が明かないし、ここにいることを見られるのもまずいので取り敢えず2人のところへ戻る事にした。
「ただいま」
「その様子だといなかったみたいだな」
「うん。なんで消えちゃったかはわかんないけど」
パチン。御堂が、オレが知っていると言わんばかりに指を鳴らす。
「フ…相手はよほど慎重と見える。恐らく本人はもうこの学校にはいないが、だからといって下手に動き消えれば目撃され本人に近づく事が難しくなる…」
「それでフラフラしながらここまで来て、人目のつかない場所で消えたってことか」
「その通りだ北見。今日は引き上げて問題無いだろうな」
「今から襲いに行くって線もあるんじゃないのか」
「…確かに、本人が弱っているからそれもある。しかし、アレはクレバーだ。確実な傷を付けたいと考えるだろう。そこで向かうのは」
御堂は言葉を切って、ビッ、と天を指さす。
「屋上だ」
「屋上?なんでまたそんな…」
「これはオレの経験則だが、彼処が1番邪気が集まっている。奴らは邪気を力とするから、絶好の戦場となる訳だ」
邪気というものが何かは明確にはわからないが、陰口のような悪い念だろうか。だとすれば確かに、先生も来ない上秘密を共有しやすいあの場所はさぞ溜まりやすいことだろう。
「よって決戦は明日以降…登校してきた須田を屋上まで誘き出し、喰ってやろうという魂胆だろうとオレ、そしてジェミニは見る」
「スコーピオンは認めたくなさそうだけど、渋々頷いてる。どうする」
『私達も賛成よ』
『ジェミニは頭の回転はやいから、しんらいするよー!』
「わかった。じゃあ、決戦は明日。今日は明日に備えよう」
…
翌日。俺はいつもより早く家を出た。昨晩はトレーニングして、早めに就寝したので体が軽い。課題が終わってないから鞄も軽い。学校までさほど距離を感じなかった。
「おはよっす!」
教室にいるのは、談笑している女子2名と勉強している男子1名。流石に名前は覚えた。が、目当ての人物でないのでスルーだ。須田の席を見る。鞄はない。自転車もなかったし、そもそもまだ学校に来てないみたいだ。しばらく課題をして待機することにした。
そのうちクラスが煩くなり始め、予鈴もなった。今日は来ないのか?それとも、まさかもう始まっているんじゃないだろうな!?俺がかなり焦り始めたとき、教室のドアが勢いよく開かれた。
「おっはよォーっす!」
入ってきたのは待っていた須田だった。頭に保冷剤。腕にはどでかい水筒。夏服か?と言いたくなるほど折られたシャツ。間違いない。本物だ。
「颯、大丈夫なの?」
「うん、へーきへーき!保冷剤あるし」
「もおーー心配したんだよ!あの後とか!」
「あの後…?お、おお?ワリワリー」
こいつ絶対わかってねぇ…あ、チャイム鳴ってる。本人なんともないみたいだし、後はアクションがあるまで監視作業を続ける。
…
放課後。未だアナザーはアクションを起こしてこない。御堂とジェミニの予測は外れたんだろうか。あいつルンルン気分でどっかいっちまうぞ。昨日と同じ様に志賀と御堂と合流し、今は隠れて須田を見張っている。しばらく見ていると、スキップしながら昨日と同じルートを辿る須田の頭に、紙飛行機が刺さった。
「いたぁ!?ってこれ、水野か!出てこーい!」
「うちは何処にでもいるのだ」
「うわびっくりした。出てこいって言っといてアレだけど。で、なんか用ー?」
「用は昨日のお前がうちに頼んでった。『熱でぼんやりして明日には覚えてないだろーけど、これ見せたらわかる。渡しといて』って」
「紙飛行機にすんなや!これだから水野はー」
須田は地面に落ちた紙飛行機を拾い、読み上げる。
「『屋上に来い』…?」
「なんかあんの?」
「んー、わかんない!けど行ってみりゃわかるっしょ!つーわけで部活遅れるわー」
「んー」
あいつら同じ部活だったのか…って、見事に屋上に誘き出されてますやん。これは相手が賢いというか、須田がアホというか…
「先回りするぞ」
「あ、あぁ」
須田より俺たちの方が校舎に近い。これなら、問題無く先回りできそー…
「ちょっと、そこの3人!貴方達ですよ!」
物陰を出た所で、鋭い声に呼び止められた。振り返ると、眼鏡パンツルックの女…生徒?が腰に手を当ててこちらを睨んでいる。
「貴方達、昨日目撃情報が出たストーカーですね!?」
「えあぁ!?ち、違いますよ!」
「いいえ…私の目は誤魔化せません。特に貴方、女子トイレ付近での目撃情報もあるんですけど、どうなってるんですか!」
やっぱ見られとるやないかいーーーーッッ!!見張りは任せろって言ったよなぁ!?後方をちらっと見ると、志賀は素知らぬ顔で突っ立って、御堂は顔を手で隠している。まるで泣いているかのように。…え?マジ泣きしてない?
「え、ちょ、御堂くん?」
「御堂くん、泣いたって無駄ですからね。生徒会は厳しいんですから!さぁ、ついて来てもらいますよ!」
眼鏡女子の手が俺の腕に伸びる。くそ、こんなところで捕まるわけには…!あと少しで掴まれる、というところで、遠くから悲鳴が聞こえてきた。
「助けてくれーーーッ!!誰か!出来たら生徒会の人ーッ!」
「…!!あ、貴方達、ここから動かないでくださいよ、いいですね!」
眼鏡女子は悲鳴のした方向へ走っていった。た、助かった…
「今のうちだ。だいぶ遅れてしまったようだな。」
「御堂、お前泣いてたんじゃ…って、お前その目!」
御堂の目は紫と金に光り輝いている。先程は泣いていた訳ではなく、目を泣き真似で隠していたのだろう。
「ジェミニが虫に『模倣』を使って、この場から離脱。この辺は虫が多いから1匹増えたところでどうということは無い。後は遠くでオレに化けああ叫び、再び虫になって戻ってくるという寸法だ」
御堂の目が黒色へと光を失っていく。それは能力の使用が終了し、ジェミニが帰ってきた証だ。
「オレの力を随分喰った事を除けば、最良の選択だった。さあ時間が無い。走れ!」
俺達は屋上まで走った。階段を駆け上がる時、志賀がポツリと零した。
「ずっと、スコーピオンが須田の星座を特定しようとしていた」
「そ、それで、結果は?」
「須田のアホさ加減と、あの膨大な神気の溢れ…この場合熱だが、それから察するに、中にいるのはサジタリウスではないか、ということだ」
「サジタリウス…それを知ってるとどうなる?!」
「奴は強い。それ即ち力の量が多いという事であり、比例してアナザーも強いという事だ。覚悟しておけ」
御本人登場かい。じゃあ最初から出てればよかったんじゃ?とも思うけど、スコーピオンが出てこられたのは屋上の扉が近いからだろう。俺も首からネックレスを外して手に握る。全員の準備が整ったことを確認し、一気に扉を開けた。