リスク
学校に来るには少々早すぎたかもしれない。まず教室に生徒がほぼいない。佐藤の机には鞄が置いてあるが、肝心の本人がいない。あ、そういえば生徒会に入ったとか言ってた気がする。じゃあ探しても意味無いな。教室にいるのは談笑している女子が2名と勉強している男子が1名。皆名前は覚えていない。突然近寄って行って、
『ごめーん、お前ら星座の神持ってる!?』
なんて言い出したら明日から俺の席は無くなるだろう。まず邪魔する時点でアウトだ。とりあえず、他のクラスでも覗きに行ってみるか…?
『困っているみたいね』
「うわっビックリした。突然はやめてくれよぉ」
『あらあら、ごめんなさい。契約者を見つける確実な方法、まだ言ってなかったと思って』
「何かあるのか?」
『それはねー、証だよっ!契約者はみんな持ってるの!』
「ははぁなるほど。それ持ってるやつが契約者なんだな。あ、でも校則…」
『…見つけるのは大変かもしれないけど、頑張ってね。あと』
「あと?」
『大変言いにくいのだけれど、全部声に出ているわ…』
我に返る。視線が痛い。やめて!そんな目で俺を見ないで!朝早くて助かったといえば助かったが、それでも居心地が非常によろしく無いので、ひとまず教室から出ることにした。こういうのは逃げるが勝ちである。ドロン。
「北見?早いな」
「志賀!待ってたんだ」
「俺そういう趣味はないよ」
「そうじゃない!と、えーとさ…」
相手が契約者かどうかを知るには、証を見せるのが手っ取り早い。そう考えた俺は、ネックレスを見せるために、シャツの第1ボタンを外し、ネクタイを緩める。
「ちょ…ここ学校ですよ?突然脱ぎ始めるとかほんと…」
「やかましい!これ見ろこれ!」
取り出したうお座の模様の(ネットで調べた)金属のついたネックレスを見て、明らかに志賀は目の色を変えた。
「……放課後お前の家に行く」
「えっ?いや、これについてどう思う?」
「すごく…大きいです…」
「大概にしろよお前」
志賀は呆れたように頭を振って、小さな声で言った。
「それはここでは話せない。で、簡単に見せない方がいいよ。なんと言っても」
「…なんと言っても?」
「校則違反だからな」
そのまま教室に入って行ってしまった。えぇ…置いてかれちゃうと俺辛いんですけど…自業自得だけど。追い掛けようかとも思ったけど、去り際の奴の顔はどう見ても思案顔だった。邪魔するのは良くないだろう。どうしよう…そうだ。この学校、私立で横に中高一貫コースまでついてるくらいクソ広いし、時間潰しに校内探検でもしてみようかな。といっても迷って時間内に戻れないとまずいので、屋上にでも行ってみるか。
…
来るんじゃなかったと思いました。屋上はだだっ広くて、殺風景だ。おまけに寒い。それだけならまだよかったんだけど、明らかな不審者がいる。
制服の上に黒いマントを羽織り、ジャラジャラとシルバーを腕に巻いている。それに留まらず、なんか目の色がおかしい。いや、そういう病気とかは知らないけど色が違う。俗に言うオッドアイだ。そのオッドアイが俺を見つめニヤニヤ笑いながら迫ってくる。
「貴様も、どうやら俺の仲間のようだな?」
「人違いじゃないかと思うんですけど。本当に勘弁してください」
「面白い。逃げも隠れもできぬこの場所で孤独のオレに出逢ったが貴様の運の尽き。それを、人が違うと言って切り抜けようとするとはな…貴様、名はなんという?」
「もしかして…今まで相手されなかったのが寂しかったの?」
「は、はぁ!?そっそっそそそんなわけないだろ!いいから名前を教えろ!」
「えぇ…1年A組の北見雄介。お前は?」
聞き返されたのがよほど嬉しかったのか、厨二全開なポーズまで決めて返してくれた。はよしろ。
「オレの名は…御堂 与一…此度この地へ降り立った。クラスはBだ。BreakのBだ。」
同級生かい。横かい。BreakのBってなんやねん。ていうかこいつ、校則的には大丈夫なんだろうか。これがOKなら契約者の証程度どうってことないから多分アウトなんだろうな。
「お前、それ校則とか」
「あぁ!済まないな北見。オレは急用を思い出した…すぐに鎮めねばならぬ相手がいた事を忘れていた。詫びとしてこれをくれてやる。…ではな」
「えぇ…」
ずいっと俺に何かを突き出すと、パチン!大きく指を鳴らす。太陽の光に妙な銀の留め具を光らせて、御堂は出ていった。なんとも騒がしい男だった。貰ったのはSNSのQRコードだった。手描きの。マジかアイツ…もしかしてこれから絡まれたりするんだろうか。やばいのに名前を教えてしまったかもしれない。ふと時計を見ると、もうそろそろ予鈴が鳴りそうである。急ぎ教室に戻ることにした。
…
「それで、何か用があるんじゃないの?」
放課後。俺の部屋。俺の真正面には志賀が真剣な顔で座している。志賀は徐に腕をまくって見せた。mみたいな形の金属がついた
腕輪が光っている。
「それ、証…!」
「そう。出てきてくれるか、スコーピオン」
呟いた瞬間、志賀の目が赤く輝いた。同時くらいに、奴の背後に少女が出現する。褐色肌で漆黒の髪を1つに括り、これまた赤い目をしている。身体には蠍を思わせる赤いタトゥーが入っていて、露出が多い。全体的に見るとアマゾネスというか、狩人然とした子だった。ピスケスとは随分雰囲気が違って驚いた。
「………出てこい、ピスケス」
「!?」
怒気を孕んだアマゾネスコーピオンの声に、俺に隠れるようにしてピスケスが震えている。そういえば明るいところで見たのは初めてだ。この際なのでちょっと観察する。白髪が幼女、母親が桃色の髪だ。震えている手脚には鱗が生えていて、ピンク色の瞳は揺れている。あと発育がいい。どことは言わないけど。
「何故アバター、アナザーについて説明していない?」
「だ、だって、説明しなくても私達で倒せるかと思って…あと、証は隠してくれてたし…」
「今の私達は空にいた時ほど強くない。そのせいで彼が死んでしまっては、集まることも叶わないだろう」
「ピスケスが何とかするつもりだったんだよ…」
「和を重視しすぎるのはお前の悪い癖だ。もっと大局を見て事を進めていなければならない。」
「うっ…そうね…契約者よ、ごめんなさい…」
謝られたが、そんなことに気を取られている暇はなかった。え、死ぬの?アバターとかアナザーって何?これって所有者集めて願いを叶えてくれーッ!オラワクワクすっぞ!みたいな話じゃないの?
「和彦、貴様も復習だ。説明してやれ」
「ん。北見、どこまで知ってる?」
「ええと、契約者が集まったら、願いが叶えられるよってくらいだな」
「それは合ってる。でも、何のデメリットも無しにって訳じゃない。契約者にはアバターになる可能性がついてまわる。」
「その、アバターっていうのは?」
ここで志賀はスコーピオンを見た。スコーピオンはやれやれと言ったふうに喋り始める。
「その言い方は少し語弊を含むが…アバターを説明するには段階をふまねばならない。
まず、私達が貴様らに召喚されその体に入る時、入り切らなかった余剰分の力が発生する。これをアナザーと呼ぶ」
まぁ、神1柱分を俺一人に封印しましたなんて言われてもそんなこと出来るわけねーだろってなるもんな。これは理解出来る。
「アナザーは私達本人の意志とは離れるため暴走し、周囲の邪気を取り込みながら成長する。そしてそのまま、私達と再び合体しようとする。器の強襲という手を取ってな」
「それ…」
「アレらは馬鹿ではない。様々な方法を取って器に入り込み精神を侵そうとする。器が侵されきった状態がアバターだ」
「対処法は無いのか?!それに…その、アバターっていうのも…」
「簡単だ。精神を侵しに来たアナザーを叩けばいい。もはやアレは私達では無いからな。アバターについても対処法は等しい。」
そういえば、このネックレスを渡された時、『来る時が来れば』みたいなこと言ってたな。それが、そいつが襲ってきた時ってわけか。要は、俺の精神を乗っ取ろうとしてくるアナザーを叩いて、もしアバターになった奴がいたらそいつもー…
「アバターになった契約者って…殴って大丈夫な訳、無いよな?それに精神だって、無事じゃないよな?」
「……そうならない為に、早いうちに適合者を見つけておこうという話だ。アナザーのうちに適合者が力を合わせ倒せるように」
「なるほど…そういうことか」
「本来は召喚時にピスケスが説明しておくべきだったのだ」
ちら、とスコーピオンはピスケスに目をやる。ピスケスはビクリと震えた。
「返す言葉もないわ…私達だけで契約者を守れなかった時、最悪の可能性をもっと考えておくべきだったわね。ごめんなさいね、本当に…」
「そんなに謝らなくていいよ。死ぬかもしれないのは驚いたけど、襲ってくる直前とかじゃなくて良かった。これからはちゃんと話してくれるか?」
「はい…!ありがとう、契約者よ…」
「あ、あと。契約者っていうの、なんか堅苦しいな。なんか他の呼び方で…って、まだ自己紹介すらしてなかったな。俺は北見雄介。どんな呼び方でもいいよ」
「じゃ、ユースケ!ピスケス、ユースケのことユースケって呼ぶね!」
涙目のピスケス(幼女)が抱きついてくる。おおよしよし怖かったな~よしよし。冷たい視線を感じる。『貴様の友人は幼女が好みなのか?』『そうみたい』とか聞こえるけどそれ間違いだからな。出会って1週間くらいの時点で誤解とかやめてね。ほんとに。あ、そういえば。
「そういえば、なんで証隠さなきゃならんの?」
「あーそれは、アナザーは実は誰に本体の意思が入ってるかわかってないから、それを誤魔化すように。」
「別にバレても、どうせ戦うんじゃ…」
「貴様はわざわざ、奴らに観察の隙を与えて弱点を突かれたいのか?」
「ははぁーなるほど…」
「時間が経つと俺達はどんどん馴染んでくるから、最終的にアナザーが気付く…てことだったな?」
頷くスコーピオン。ちなみに、誰が本体かわからないなら無差別的に人を巻き込むんじゃないかということも聞いたが、それは力の分散が大きく無駄が多いのでまず有り得ないという事だった。なんとしても本体に戻りたいから、確実性を重視して来るらしい。
「それともうひとつ。奪われないようにする為だ。」
「これを奪われるとどうなる?」
「私達の力が極端に弱まるの。これは回路のようなものだから。邪な者に奪われてしまったら、対抗手段がなくなってなす術がないのよ。」
こっちの方がでかくない?ずっと身に付けてるから難易度は高いとはいえ、奪った相手がアナザーとかだったら最悪だ。もう目も当てられない。
「それから。証は人によって形を変える。戦闘時も、非戦闘時もな。」
非戦闘時っていうのは、俺のネックレス、志賀の腕輪みたいなもんか。戦闘時の変形っていうのはどうやるんだろう。困惑していると、ピスケスがそれを握れと指示してきた。その通りにぎゅっと握る。すると、それは光りながら変形し、一対のナックルになったではないか!
「北見はナックルか。俺は暗器だった」
志賀の手には拳銃やらなんやらが沢山載っていた。殺意高すぎん?
「こっわ…」
「お前も大概だと思う」
「えぇ…」
「各自来る時に備え、訓練しておけ。それと、さっき言いたかったのはその事ではない。」
「というと?」
「貴様の様にまともな説明を受けていない適合者が、証を外部に見せるように付けているのを見たら直ちにそれを隠させなければならない。」
「そうか。付けやすいアクセサリーになってる可能性もあるからか」
なるほど。自分で何とかできると思って敢えて言わなかったピスケスみたいな神はまだいるかもしれないし、そもそも言うことを聞かない適合者だっているかもしれない。それはなんとかしなくては。…あれ?
「俺それ、見たかも」
「何っ!?」
「1年B組、御堂与一。マントの留め具が、銀色で変な形してた、ような気がする。気にとめたの一瞬だったから全然覚えてないけど」
「ピスケスも覚えてない…けど…うーん…うーん…あれは…ジェミニぽいといえばそんな気も…」
「ジェミニ?あのアホ共め…このままだとかなり面倒な事になりかねん。貴様、今すぐそいつを回収してこい」
「いやぁ!?流石にアイツもう帰ってるよ多分!家知らないよ!?」
「雄介、なにかもらったんじゃなかったかしら?記号みたいなの」
「あ…!」
手描きのQRコード!くっそおおこんな時に役に立つとは…さっとスマホを立ち上げ、それを認識する。なんなく登録。アイツ地味に繊細なんだな(ドン引き)
『北見だ!今どこにいる!?』
『俺は今…貴様と邂逅した運命の場所にいる…』
即レス怖っ!しかも学校かよ!と、とにかく証を隠させないと…
『急いでマントの留め具取ってポケットに入れてそこで待機だ!』
『それは出来ない。』
『何故ならマントを没収されたからだ』
「アホがああああああ!!」
思わず叫んでしまった。周りの皆がビクッとしている。ごめん、でもそれどころじゃないんだ。
『形見とかなんとか言ってそれだけ絶対に返してもらえ!いいな!?あとそっち行くから帰るなよ!?』
とだけ言って、皆にも画面を見せる。蒼白になった神々には1度俺達の中に入ってもらって、志賀とともに学校へ向けて全速力で駆け出した。