第九章 赤ちゃんは、どうやったらできるのか
◆ 登場人物 ◆
ダイチ(大地)
オレ。中学二年生。メガネをかけている。
ビキニ型宇宙人のテロリストと戦うビキニハンター。
ショウビ(薔薇)
オレの妹。一つ年下。血はつながっていない。
何らかの方法でオレのピンチを察知できる?
スイショウ(水晶)
オレの幼馴染。同い年。家がとなり。
なぜか学校にスタンガンを持って来ている。
P1(ピーワン)
赤いビキニ型宇宙人のパトロール隊員。
ショウビの下半身に寄生している。
P2(ピーツー)
青いビキニ型宇宙人のパトロール隊員。
スイショウの下半身に寄生している。
コハク(琥珀)
オレの中学で生徒指導を担当する先生。
実は痴女。
◆ これまでのあらすじ ◆
ビキニ型宇宙人のテロリストたちが、地球の女子中学生たちの下半身に寄生して、破壊活動を計画。
そいつらを追う同じ宇宙人のパトロール隊員が、オレの妹と幼馴染に寄生して、オレはビキニハンターに任命されてしまう。
そしてオレは、宇宙テロリストの罠にはまって食品工場の冷凍室に閉じ込められたり、生徒指導の先生の策略で性奴隷にされそうになったりするが、そのたびに妹に助けられる。
一体、妹は、どんなカラクリで、オレのピンチを察知しているのか…………。
オレが妹のショウビといっしょに、生徒指導室の内側に倒れているドアを元に戻そうとすると、コハク先生がそれを止める。
「そのドアは事務員に直してもらうから、そのままにしておいていい。急用があるなら早く帰れ」
それでオレとショウビは先生に頭を下げて、
「すみません、コハク先生。よろしくお願いします」
と言って、壊れたドアを避けて廊下に出る。
そしてオレは、階段まで行ったところで後ろを見て、先生が付いて来ていないのを確認しつつ、メガネを直して妹に礼を言う。
「ありがとう、ショウビ。助かったよ。おじいちゃんが今日は早めに道場に来てほしいと言ってたって話も、オレを先生のところから逃がすためのウソだろう?」
「ええ……余計な事をしたのでなくて、良かったです」
「……でも何でお前は、オレがあそこで困った事になっていたって分かったんだ?」
「…………さあ、なぜでしょう? ……何となく兄さんが危ないという気がして、ただ夢中で行動しただけなんですが…………」
その言葉はウソとは思えなかったが、女のウソだけは見破れないと、前に父が言っていた。
警察官僚である父がそう言うくらいだから、妹がウソを吐いていたとしても、オレが見破れるとは思えない。
だがショウビのその言葉が本当だとしても、妹は放課後になってからずっと、寄生している宇宙パトロールのP1に意識を乗っ取られて、例の女子生徒を探すために校内をまわっていたはずだ。
その状況で、P1の意識を押し退けてオレを助けに来るには、心の深層部分でオレのピンチを察知しなければいけない。
妹はどうしてそんな事ができたのか?
いくら何でも、勘などという非科学的なものではないと思うのだが…………。
そう考えながら階段を下りていると、突然ショウビが立ち止まる。
何かと思ってその視線を追うと、下の階に五人ほどの男子生徒の姿が見えて、その中の一人が誰か気が付いたオレは、とっさに前に出てショウビを隠す。
そいつはオレと同学年の、タイヨウ(太陽)という名前の生徒だ。
タイヨウもこっちに気が付くと、オレと目が合って眉間にしわを寄せる。
もしもそいつが周りの連中をけしかけてきたら、どう考えても無傷では済まないだろう。
それでオレは妹だけでも逃がそうとする。
「ショウビ。お前はコハク先生のところへ戻れ」
しかし妹はオレの制服をギュっとつかんで動かない。
「兄さんはどうするのですか」
「オレまでここで逃げたら、あいつは図に乗って、小学生の時みたいな事をするかもしれないだろ」
「……では、私もここにいます」
「心配するな、ショウビ。あいつだって親が警察官僚なんだから、問題を起こしたくはないはずだ」
「私は兄さんが問題を起こさないか心配なんです」
けれどタイヨウは、オレたちのそんな心配をよそに、オレから目をそらすと周りの連中を連れてどこかへ行ってしまう。
それを見たオレは、肩の力抜いて妹の方を向く。
「……確かにオレは小学生の時に、あいつを投げ飛ばしてしまったけど、あの時は別に問題になんかならなかっただろう?」
「…………あの時は、どちらも大きなケガをしなかったからです……でも今の二人がぶつかれば、絶対にただでは済みません」
妹が何を心配して、そう言っているのかは分かる。
オレたちが身に付けている柔道という武道は、一般的に思われているよりも、はるかに危険なものだからだ。
そもそも相手を投げる技というものは、打撃技よりもずっと攻撃力が高い。
投げられた者には、その体重と同じだけの衝撃が、床から跳ね返ってくるからだ。
たとえばコンクリートの床に投げられた者は、自分の体重と同じ重さのコンクリートをぶつけられたのと同じ衝撃をくらう。
つまり体重五十キロの者がコンクリートに叩きつけられれば、五十キロのコンクリートの塊をぶつけられたのと同じダメージを受けるのだ。
そんな衝撃を、ちゃんとした受け身を取らずにくらってしまえば、確実に大ケガをする。
どういうわけか一般的には、投げ技よりも殴ったり蹴ったりする方が危険だと思われているが、本当は投げ技の方がはるかに危険なのだ。
だがそんな事は、もちろんオレも分かっている。
「……オレだってバカじゃないんだから、あいつにケガをさせないように注意くらいする」
「だけど兄さんは、私の事を悪く言われたら、冷静ではいられなくなるでしょう?」
その言葉にオレは黙り込む。
小学生の時にオレがタイヨウを投げ飛ばしたのも、あいつがショウビの事で悪いうわさを流したのが原因だったからだ。
しかしタイヨウは、オレに投げ飛ばされてからは、ずっとおとなしくしている。
こっちが強気に出れば、あいつは何もしてこないはずだ。
オレはそう思ってメガネを拭く。
「…………ショウビ、大丈夫だ。オレに任せろ。お前は何も心配するな」
妹はまだ不安そうだったが、オレのその言葉に口を閉ざす。
そしてオレとショウビが玄関まで行って、靴を履き替えてから外に出ると、幼馴染のスイショウが玄関の脇の壁にもたれて文庫本を読んでいた。
妹もそうだが、その少女が玄関でオレの帰りを待っているのは、いつもの事だ。
それが分かっているので、オレも二人がいない時は、ちゃんと玄関で待つようにしている。
たぶんその少女も、さっきまで宇宙パトロールのP2に意識を乗っ取られて、例の女子生徒を探すために校内をまわっていたはずだが、いっしょに行動していた妹が途中で任務を放棄したので、P2も意識を引っ込めたのだろう。
そんなスイショウにオレが、
「待ったか?」
と声をかけると、その少女は顔を上げて、文庫本をカバンにしまう。
「そんなに待ってないよ、ダイちゃん…………でもね、今日は時々意識が飛んで、それまで自分が何をしていたのか、はっきり思い出せない時があるの……春だからかなあ?」
その少女がそんな事になっているのは、寄生している宇宙パトロールに時々意識を乗っ取られているからだが、その事を教えられないオレは、素知らぬ顔で相槌を打つ。
「ああ。気持ちがいい季節だからな……オレも時々、ボーっとなるよ」
そうやってオレたち三人は、たわいもない話をしながら校門の外へ出て、そのうちにスイショウが今読んでいる本の話になる。
どうやらその本では、主人公の女の子が十四才で妊娠するそうだ。
それでオレがカバンから出したペットボトルの水を飲んでいると、スイショウがまじめな顔で聞いてくる。
「ねえ、赤ちゃんって、どうやったらできるの?」
その言葉に水をふき出したオレは、妹と顔を見合わせながら、前に父が言っていた事を思い出す。
まだインターネットが普及していなかった時代は、中学生になっても、どうしたら妊娠するのかを知らない生徒が本当にいたらしい。
父の話では、中学生の時に全生徒が体育館に集められた集会の最中に、斜め前にいた女子生徒が後ろのクラスメイトに、赤ちゃんがどうやったらできるのかを、まじめに質問した事があったそうだ。
その瞬間に、まわりのみんなが凍り付いたと、父は言っていた。
そして質問をされた、かわいそうなクラスメイトは、
「えっ? えぇえ! えっ!」
ってなっていたらしい。
まぁ、全生徒が集められた集会で、まじめにそんな質問をされたら、オレだってそうなる。
たぶんその質問をした女子生徒の方も、後で本当の事を知って、みんなの前でそんな質問をしたのを思い出した時に、
「うわああああああああああああああああ!」
ってなったんだろう。
スイショウは、テレビも見ずマンガも読まず、携帯どころかスマホもパソコンも持っていないから、そんな昔の生徒と同じなのだ。
オレはそんな少女が、後で本当の事を知っても傷付かないように、何と答えるべきか必死に考える。
「…………え、えーと……いや実はオレも、詳しい事は知らないんだ…………な、なあ、ショウビ?」
だが妹はそっぽを向いて、オレをぜんぜん助けてくれない。
それでオレは仕方なく、この質問をスイショウの母親に丸投げする事に決める。
と言うか、そもそもこういう事は、母親がもっと早いうちから、ちゃんと教えてあげてほしい…………。
「……スイショウ…………たぶん、そういう事は、お母さんに聞くのが一番だと思うぞ」
「分かった。お母さんに聞くように、ダイちゃんから勧められたって言えばいいのね?」
「いや、オレがそう言った事は、伝えないでほしいんだけど……」
「何で?」
「何でって…………」
そして、そんなやりとりが続くほど、オレたちの間にいる妹の機嫌がどんどん悪くなっていくので、オレはメガネを直しながら妹に尋ねる。
「……ところで、ショウビ。お前は何をそんなに怒っているんだ?」
「私は怒ってなどいません」
「いや、絶対、怒っているだろ? 何に怒っているのか言えよ」
しかし妹は、それから何も答えてくれなくなって、幼馴染の少女の質問はさらに続く。
「ねえ、ダイちゃん。私のお母さんも分からないって言ったら、どうすればいいの?」
「えぇ? スイショウのお母さんなら、絶対に分かるだろ」
「何で?」
「何でって…………」
それからも、そんなやりとりが続くが、そのうちにオレたちは、オレの祖父の家に着く。
その家の高い塀で囲まれた敷地の中には、柔道をするための道場があって、オレたちは三人とも小学生の時からそこに通っていた。
相変わらずショウビは不機嫌で、スイショウの質問も続いていたが、オレは大きな声であいさつをして門をくぐり、祖父の家には寄らずに、いつものように直接、道場の方へ向かう。
するとその途中で、オレのスマホに父からの連絡が届いたので、オレはそれを見ながら妹に伝える。
「……ショウビ。父さんは仕事で、今日は家に帰れないそうだ」
ちょうどその時、妹のスマホにも、母からの連絡が届いたらしい。
「…………兄さん……母さんも今日は帰れないそうです」
「……じゃあ、今晩はオレたち二人だけだな。夕食はコンビニで買って……」
そう言いながらスマホをカバンにしまっていると、妹の目が怪しく光るのが一瞬見える。
「…………ショウビ?」
「何ですか、兄さん」
けれどこちらを見た妹は、いつもと変わらない。
どうやら気のせいだったようだ。
「……いや…………何でもない……」
「それより、兄さん。夕食は、私がちゃんとしたものを作りますから、帰りはコンビニではなく、スーパーに寄りましょう」
「ああ。いいぞ……」
なぜかは分からないが、ショウビの機嫌がいつの間にか直っているような?
やっぱり妹の考えている事は、オレにはぜんぜん分からないよ…………。