第七章 女の人が怒ったらやる事
◆ 登場人物 ◆
ダイチ(大地)
オレ。中学二年生。メガネをかけている。
風紀委員の副委員長。
ショウビ(薔薇)
オレの妹。一つ年下。血はつながっていない。
風紀委員の一人。
スイショウ(水晶)
オレの幼馴染。同い年。家がとなり。
風紀委員の一人。
P1(ピーワン)
赤いビキニ型宇宙人のパトロール隊員。
ショウビの下半身に寄生している。
P2(ピーツー)
青いビキニ型宇宙人のパトロール隊員。
スイショウの下半身に寄生している。
コハク(琥珀)
オレの中学で生徒指導を担当する先生。
実は痴女。
◆ これまでのあらすじ ◆
ビキニ型宇宙人のテロリストたちと、そいつらを追う同じ宇宙人のパトロール隊員たちが、地球の女子中学生たちの下半身に寄生。
ビキニハンターに任命されたオレは、幼馴染の少女に寄生した宇宙パトロールのP2とともに、宇宙テロリストを追っていて罠にはまり、食品工場の冷凍室に閉じ込められてしまう。
そこでの寒さに耐えるために、オレと同じ毛布に包まっていたP2は、何を勘違いしたのか、地球の冬山で遭難した男女は裸で温め合うものだと言い出して、本当に服を脱ぎ始める。
はたしてオレは、この状況で正気を保ち続けられるのだろうか…………。
幼馴染のスイショウに寄生しているP2が、オレたち二人を包む毛布の中で、制服を脱ぎ始めるものの、身体を密着されて脚を絡められているオレは逃げられない。
無理に振りほどけば、その少女の身体が毛布の外に出てしまい、冷気にさらされてしまうからだ。
それでオレは、毛布一枚と制服だけでは防ぎきれない寒さにガタガタと震えながら、何とかP2を止めようとする。
「ちょ、ちょ、ちょっと待て……は、は、裸で抱き合うのは…………ま、ま、間違いだ……」
「そ、そ、そんな事ないニャ…………わ、わ、わたしが見た……マ、マ、マンガやアニメでは…………み、み、みんニャこれで助かったニャ!」
このバカな宇宙人に、マンガやアニメと現実は違うのだと分かってもらうには、一体どうすればいいのだろうか?
そう思いながら困り果てるオレに構わず、P2は胸の前で結んであった青いリボンをほどくと、脇のファスナーを下げてから制服を頭から脱いで、それを何のためらいもなくポイっと捨てる。
その時に青いブラジャーが一瞬見えて、あわてて目をそらすオレ。
スイショウの胸は思ったよりも大きくて、それに意識を取られないために、オレはかなりの精神力を消耗する。
だがP2は、そんなオレを気にもせず、ブラジャーの背中のホックを外すと腕から抜いて、それも背後に投げてしまう。
そしてその幼馴染の少女の上半身が裸になると、毛布をつかんでいるオレの手は、どうやってもその肌に触れてしまい、頭の中が真っ白になって何も考えられなくなる。
弾力のあるスイショウのきめの細かい肌は、オレの肌とはぜんぜん違っていて、とても自分と同じ種類の生き物とは思えない。
さらにP2は毛布の中でゴソゴソして、ファスナーを下げる音と衣ずれの音から、スカートも脱いで床に落としたのが分かる。
つまり今の幼馴染の少女は、オレがつかんでいる毛布の下は、青いビキニを履いている以外は、靴下と学校の上履きしか身に着けていない訳だ。
いくら何でもその格好は危険すぎる。
オレは何とか理性を保とうと、必死に数学の問題を思い出そうとするが、ぜんぜん上手くいかない。
しかもP2は自分の服を脱ぎ終わると、寒さに身体を震わせながら、今度はオレの制服のボタンを上から順番に外していく。
「ダ、ダ、ダイチも……は、は、早く脱いでくれニャいと…………さ、さ、寒いニャ!」
その息がオレの耳にかかって、寒さとは違う意味でゾクっとする。
ダメだ。
本気でヤバい。
中学二年生の男子が、こんな状況で正気を保つなんて、絶対に無理だ。
「ぐ…………」
オレは思わずうめいてバランスを崩し、脚を絡めた少女といっしょに、毛布に包まったまま後ろに倒れる。
「あっ!」
「ニャ!」
スイショウもオレも柔道を習っているので、二人で倒れたくらいではケガなどしないが、オレに覆いかぶさったP2は、そんな体勢になってからも手を動かすのを止めず、オレの上着のボタンを全て外し終わると、次はシャツのボタンを外しだす。
自分の上にまたがった少女の下半身の重みと、やわらかい感触に、頭がくらくらするオレ。
おまけにスイショウの首から垂れたふわふわの髪が、オレの顔の前で揺れて甘い香りが漂う。
さすがにこれ以上は我慢できない。
思わずオレは、手で少女の身体を抱き寄せようとしてしまう。
しかしその瞬間、カンヌキが外れる音が響いて、外へとつながるドアが横にスライドすると、温かい空気が流れ込んでくる。
ハっとなって顔を向けると、そこにはP1が寄生している妹のショウビが立っていた。
それを見て、良からぬ事をするところだったオレの手が、ギリギリで止まる。
ヤバかった……。
もうちょっとで幼馴染の少女に、本人に断りもなく、何かしてしまうところだったよ…………。
オレは冷え切った身体で震えながらも、ホっとしてP2に話しかける。
「な、なんだ、お前……ちゃ、ちゃんとP1を…………よ、呼んでいたのか……」
けれどP2は、寒さで歯をガチガチ鳴らしながら、キョトンとする。
「ニャ? ……わ、わたしは…………よ、呼んでないニャ……」
「え?…………じゃ、じゃあ……な、何でP1は…………こ、この場所が分かったんだ?」
そうやって戸惑っているオレとP2の耳に、妹の声が響く。
「…………兄さん……ここで何をしているのですか?」
その声は、ドアが閉まっていた時のこの部屋の冷気をはるかに超える冷たさで、まだ身体が温まっていないオレの身体に冷汗が流れる。
「ピ、P1? ……お、お前、P1じゃないのか?」
「ぴーわん? …………何を訳の分からない事を言っているのですか、兄さん?」
妹に寄生しているはずのP1が、呼んでも意識を表に出さないなんて、どういう事なのか?
まだ寒さが残る部屋の中で、白い息を吐きながら、オレはP2に小声で尋ねる。
「お、おい……何でP1は…………オ、オレが呼び掛けているのに……こ、答えないんだ?」
「ま、まずいニャ! …………に、人間の感情が……あ、あまりにも高ぶっている時は…………き、寄生したわれわれでも……い、意識を乗っ取る事ができないのニャ! …………あ、あんたの妹は……い、今、ものすごく怒っているニャ!」
え?
妹のショウビが怒っている?
……何にだ?
そうやって考え込んだオレは、しばらくしてから気が付く。
……………………あっ、そうか!
ショウビは、自分が大好きな幼馴染の少女を、オレが無理やり襲ったと勘違いして怒っているのか!
そうと分かったオレは、毛布の中から這い出して、ほぼ全裸のスイショウの身体にその毛布を掛けて立たせると、周りに落ちているその少女の服を拾って渡しつつ、メガネを直して自分のはだけたシャツのボタンを留めながら、こうなった理由を説明する。
「ま、待て、ショウビ! …………ち、違うんだ! ……ス、スイショウは…………じ、自分から服を脱いだんだ!」
「…………何ですって?」
あれ?
さっきより妹の怒りが増したような気がするのは、なぜだろう?
「い、いや……こ、ここがあまりにも寒いから…………ふ、二人で裸になって……あ、温め合えばいいと…………」
「はあ?」
なぜかオレが説明するほど、ショウビの怒りがどんどん高まっていく。
「…………そんなバカみたいな誘惑に負けて……兄さんは恥ずかしくないんですか!」
「ん? ……い、いや、だからオレは…………ス、スイショウを襲った訳じゃないって……」
何となく、会話が噛み合っていないような気もするが、妹が怒っているのは、オレの方から幼馴染の少女を襲ったと勘違いしているからに違いないので、その誤解を解けばおさまるはずだ。
だがオレのそばにいるP2が、毛布に包まって服を着ながら、小声でささやく。
「ダ、ダイチ……あ、あんたの妹は…………お、幼馴染の事ニャんかより……そ、その誘惑にあんたが負けた事を…………お、怒っているんじゃニャいのか?」
「? ? ……な、何でオレが誘惑に負けた事なんかで…………ショ、ショウビが怒るんだ?」
オレがそうつぶやくと妹が大声で叫ぶ。
「兄さん! 私が話している時は、私の言葉だけを聞いてください!」
ショウビのそんな声を聞くのは、いっしょく暮らすようになった六年間で、初めての事だ。
その激しい怒りに気圧されて、オレとP2が黙り込むと、妹はわなわなと震えながら、入り口の横にあった棚からハサミを手にして、冷凍室の中に入って来る。
「……仕方がありません…………そんな誘惑になんか二度と負けないように……私から兄さんにお灸を据えておきます……」
「お、お灸って? …………そ、そのハサミで……な、何をするつもりだ?」
「大丈夫ですよ、兄さん…………すぐに病院に行けば、ちゃんとつながります……」
「つ、つながるって……な、何が?」
「もちろん、たとえつながっても、切断された時の痛みは記憶に残りますが、それが次からの誘惑に対するブレーキになるはずです…………」
「だ、だから……な、何を切断するんだよ、ショウビ?」
気が付くとオレはいつの間にか、積み上げられたダンボールの角に追い詰められて、逃げ場がなくなっている。
「……私は兄さんのためを思って、こんな事をするのです…………分かってくれますよね?」
「ま、待て、ショウビ……お、落ち着け…………」
そう言いながらオレは、妹が持つハサミを奪おうと構えるが、彼女はいつになく気が研ぎ澄まされていて、ぜんぜん隙がなく、まだ身体が温まっていないオレはちゃんと動けるかも怪しいから大ピンチだ。
ところがその時、バチっと音がして妹が倒れ、オレは慌ててその身体を支える。
「ショウビ!」
見るとP2がスタンガンを構えて立っていて、その足元には、それが入っていたであろう小さなバッグが落ちている。
「あ、あんたの幼馴染が……こ、こんニャものを持ち歩いていて…………た、助かったニャ」
スイショウが学校にスタンガンを持って来ているなんて、オレもこの時に初めて知った。
まぁ、その少女の事だから、ちゃんと生徒指導を担当するコハク先生には申請してあるのだろうが、よくそんなものが許可されたものだ…………。
するとオレの腕の中で気を失っていた妹が目を開けて、今まで抑えられていたP1の意識が表に出てくる。
「…………ふう……お兄たん、危なかったねぇ! もう少しで、大事なところを妹に切断されるところだったよぉ!」
「い、いや、あれは……ショ、ショウビも言ってみただけで…………ほ、本当にやろうとは……お、思っていなかったはず…………」
「ぜ、絶対に違うニャ!……あ、あれは間違いニャく…………ほ、本気だったニャ!」
そんな事を話しながら、オレたちはようやく冷凍室から出て一息つく。
「…………だけどショウビの事は、どうするんだ? この後で意識が戻ったら、オレとスイショウがこの食品工場にいた理由とか、絶対に聞いてくるぞ…………それを何て言って誤魔化せばいい?」
「ああ、それは大丈夫だよぉ、お兄たん! お兄たんの妹がここで体験した事の記憶は、アタシが暗示をかけて、封印しておくからぁ! そうすれば、お兄たんと幼馴染が授業をサボって、食品工場の冷凍室で、裸になって抱き合っていた事も思い出せないからぁ!」
「……改めて言葉にされると、オレたちがここでやっていた事って、明らかに常軌を逸しているな…………」
「気にするニャ、ダイチ! 若いうちは、よくある事ニャ!」
「…………言っておくが、P2。お前が、さっさとP1を呼んでいれば、こんな事にはならなかったんだぞ……」
しかし、そうしているうちに、雲が低く垂れ込めて雨が降りそうになってきたので、オレたちは急いで学校に向かい、その道中でオレは、さっき疑問に思った事を思い出す。
「……そう言えば、P1。何でショウビは、オレとP2があそこにいた事が分かったんだ?」
「さあ…………お兄たんの身体のどこかに、GPS発信機が付けられているんじゃないかなぁ」
「えぇえ! 本当か!」
「ウソだよ、お兄たん! アタシたちの宇宙船が、いつも周りをモニターしているんだからぁ、そんな怪しいものがあったら、すぐに連絡が来るよぉ!」
「……何だ、ウソかよ…………でもそうすると、ショウビは何であそこに来たんだろう?」
「きっと、女の勘ニャ! 地球人の女が、そういう事が分かるのは、マンガやアニメでもよくあるニャ!」
その言葉を聞いて、オレはメガネを直しながら、こいつらに尋ねてもムダだと悟る。
けれどこんな調子でやっていて、本当に宇宙テロリストたちを抹殺できる日が来るのだろうか…………。