第三章 風紀委員の生徒たちと、生徒指導の先生
◆ 登場人物 ◆
ダイチ(大地)
オレ。中学二年生。 メガネをかけている。
宇宙テロリストに殺されたが、地球の時間が巻き戻されて、生きていた日に戻る。
ショウビ(薔薇)
オレの妹。一つ年下。 血はつながっていない。
実はビキニ型宇宙人のパトロール隊員に寄生されている。
スイショウ(水晶)
オレの幼馴染。同い年。 家がとなり。
妹と同じく、ビキニ型宇宙人のパトロール隊員に寄生されている。
◆ これまでのあらすじ ◆
女子中学生の下半身に寄生したビキニ型宇宙人のテロリストが、宇宙兵器を使って街を破壊。
中学二年生のオレは、それに巻き込まれて死ぬが、妹と幼馴染に寄生していた宇宙パトロールによって、地球の時間が巻き戻されて、生きていた日に戻る。
しかし宇宙テロリストに寄生された女子生徒を目撃した唯一の地球人だったオレは、それと戦う正義のヒーロー、ビキニハンターに任命されてしまう。
どうなるんだろう、オレ…………。
オレは妹のショウビを連れて、いつもの朝より十分ほど早く家を出るが、幼馴染のスイショウはすでにとなりにある彼女の家の前で待っていた。
春のやわらかい日差しの中に立つその少女は、まるで妖精のように可憐で、気をゆるめると意識が吸い込まれそうになる。
思わずメガネを直したオレの横にスイショウが並ぶと、日本刀のように美しいショウビが、ちょっと強引にその間に割り込む。
幼馴染の少女はそんな妹にやさしく微笑んで、風にそよぐ妹の髪に指をからめながら、
「ショウビちゃん、今日もキレイね」
と声をかけるが、妹は表情をまったく変えず返事すらしない。
だがそんな態度のショウビも、本当はスイショウの事が大好きなのは、オレにはちゃんと分かっている。
そう言えば以前、髪を触られたショウビがスイショウの手をパシっとはねのけた事があったが、オレがそれをたしなめると、妹は奥歯をギリギリと噛みしめながら、くやしそうに幼馴染の少女に謝っていた。
本当は髪を触ってもらってうれしかったのに、照れ隠しで手をはねのけてしまったのを、心から恥じたのだろう。
オレには妹の気持ちなど、手に取るように分かるのだ。
それはさておき、ついさっきビキニハンターになってしまったオレは、確認したい事があったので、さりげなく通学路の前後の様子をうかがう。
オレたちが家を出る時間はもともと早かったので、それより十分早いと、歩いている生徒の数はかなり少なく、これなら誰かに話を聞かれてしまう心配はなさそうだと思い、オレは宇宙パトロールの二人を呼ぶ。
「P1、P2、聞きたいことがある」
するとその呼び名に反応して、妹と幼馴染の下半身に寄生しているビキニ型宇宙人のパトロール隊員が、ショウビとスイショウの意識を乗っ取って表に出てくる。
「なあに、お兄たん?」
「なんだニャ、ダイチ?」
この二人の呼び名に付けたPは、安易ではあるがパトロールの頭文字で、ショウビに寄生した赤いビキニを一番、スイショウに寄生した青いビキニを二番とした。
最初はオレも、その二人を本名で呼ぼうとしたが、地球人にはどうやっても発音できなかったので、そんな適当な呼び名を付けたのだ。
ちなみにビキニ型宇宙人が意識を乗っ取っている間は、寄生された人間には記憶が残らないので、妹も幼馴染も、自分たちが寄生されている事にはまったく気付いていない。
あとその二人が、オレが呼び名を言うまで意識を引っ込めていたのは、アニメキャラみたいな変なしゃべり方をしていると、絶対にみんなに怪しまれるので、なるべく意識を表に出さないでほしいとオレが頼んだからだ。
しかしオレがビキニハンターになった直後に、その事を二人に話したら、P1は、
「ふよよよ? このしゃべり方の何が変なのぉ、お兄たん?」
とキョトンとして、P2は、
「ひどいニャ、ダイチ! われわれ宇宙パトロールは、地球を守るために、その文化をずっと以前から研究していたニャ! そして隊員たちは地球の社会に溶け込めるように、血のにじむような訓練を受けたのニャ! それなのに、しゃべり方が変だニャんて、あんまりニャ!」
と怒りだした。
それで、そのしゃべり方は地球の一般的なものとは違うとオレが説明したら、二人は、
「ひょわわわぁ! 普通の地球人は、こんなしゃべり方はしないのかぁ!」
「そんなバカニャ! あんニャに苦労して身に着けたこのしゃべり方が、普通は使わニャい特殊なものだったニャんて…………」
と本気でショックを受けていた。
一体、宇宙パトロールの連中は、地球のどんな文化を研究していたのか……。
まぁ、とにかくショウビとスイショウが、オレ以外の家族や学校のクラスメイトたちの前で、アニメキャラみたいなしゃべり方をするのは防げたので良かった。
はっきり言ってオレにとっては、地球が宇宙テロリストたちの攻撃を受けるよりも、妹と幼馴染がみんなから変なヤツだと思われる方が、ずっと嫌なのだ。
そしてオレは早朝の通学路を歩きながら、宇宙パトロールの二人に改めて尋ねる。
「さっきお前たちは、地球の時間を一週間だけ巻き戻したと言ったな?」
P2が寄生しているスイショウが、オレの言葉にうなずく。
「そのとおりニャ!」
そのしゃべり方ではスイショウもただの痛いヤツなので、オレは苦笑しながら話を続ける。
「…………でも宇宙テロリストたちは、今度は一週間も経たないうちから攻撃を始めるんじゃないのか? そいつらも、お前たちが地球の時間を巻き戻した事は知っているんだから……」
オレのその質問に、P1が寄生しているショウビがニコっと笑う。
「大丈夫だよぉ、お兄たん! 時間を巻き戻す前の記憶がアタシたちに残っているのはぁ、地球外にある宇宙船で、それをバックアップしていたからだよぉ! 宇宙テロリストたちはそんな事ができないからぁ、アタシたちが地球の時間を巻き戻した事も知らないのぉ!」
さすがのショウビも、そんなしゃべり方ではバカにしか見えないが、オレは話の内容だけに集中して確認する。
「じゃあ、お前たち宇宙パトロール以外は、地球人も宇宙テロリストたちも、みんな時間が巻き戻される前の出来事を何も憶えてないんだな…………。あれ? だけどオレは、その時の記憶がちゃんとあるぞ? なぜだ?」
すると痛いヤツでしかないP2が、オレのその疑問に自慢げに答える。
「それはニャ、ダイチが宇宙テロリストに寄生された女子生徒を目撃した時に、それをP1に話したからニャ! それで、われわれの行動をモニターしている宇宙船が、その情報は残しておく必要があると判断して、ダイチの記憶をバックアップしたのニャ!」
「そうだよ、お兄たん! だから、もしもお兄たんが、あの女子生徒を目撃していなかったら、他のみんなと同じようにその時の記憶は残っていなかったのぉ!」
なるほど。
あの時、オレがあの女子生徒に気が付かなかったら、オレ自身も時間が巻き戻された事に気が付かず、同じ一週間をくり返す事になっていたのか……。
それはそれで何だかむなしいな…………。
そう思いながら歩いていると学校が近付いてくる。
その校門の左右に立っている、風紀委員の六人の生徒たちと、生徒指導を担当しているコハク(琥珀)先生の姿を見て、オレは背筋を伸ばす。
コハク先生の身体は女神のように豊満で、教師らしいお堅い服装にも関わらず、あふれる色香で遠くにいてもむせそうになる。
こんなに生徒をまどわせる先生が、なぜ生徒指導を担当しているのか、本当に謎だ。
「お兄たん、あそこに立っている人たちは、何をしているのぉ?」
「生徒たちの服装や髪型が、校則に違反していないかをチェックしているんだ」
「あっ! それ、知ってるニャ! みんなから嫌われているお堅い人たちが、無抵抗な生徒たちの自由を奪っているんだニャ!」
「…………言っておくが、オレは風紀委員の副委員長だし、妹も幼馴染も風紀委員だ……。オレたちも週に一度は、あれの当番が回ってくる」
「ほえええ! お兄たんって、そんなにお堅い人だったのぉ!」
「そんニャ事より、ダイチ! あんたは風紀委員の副委員長のくせに、女子のパンツに液体をかけるのが任務の、ビキニハンターになったのかニャ! 気が狂ってるニャ!」
「なに言ってるんだ! お前たちが勝手に、オレをビキニハンターに任命したんだろ! とにかく、この話は後だ! そろそろ引っ込んで、ショウビとスイショウの意識を戻してくれ! あの先生の前で、そんなアニメキャラみたいなしゃべり方をしたら、面倒な事になるぞ!」
「あ、お兄たん、ちょっと待って!」
「なんだ、P1?」
「アタシたちも、宇宙パトロールの任務の事で、お兄たんに確認したい事があるのぉ! だから学校に入ったら、どこか人目につかないところに連れて行ってぇ!」
「そうか……。朝礼の時間まで、まだ三十分以上あるからな……。じゃあ、そういう場所に着いたら呼ぶから、それまでおとなしくしていてくれ」
そしてP1とP2の意識が引っ込んで、ショウビとスイショウの意識が戻ると、二人はアレっという顔になる。
その二人には家を出てからここに来るまでの記憶がないからだ。
けれどオレは、地球を守ってくれている宇宙パトロールの足を引っ張る訳にはいかず、本当の事は教えられないので、メガネを拭きながら素知らぬ顔でとぼける。
「どうした? 二人とも、ぼーっとして? 春だからか?」
「…………ごめんなさい、兄さん……。私ちょっと、意識が飛んでいたみたいで…………」
「……私もだわ…………。何でかしら……」
そんな話をしているうちに校門の前まで来て、そこに並ぶ風紀委員たちとコハク先生に挨拶すると、なぜか先生ににらまれる。
「ちょっと待て、ダイチ副委員長」
オレは風紀委員の副委員長だから、校則に違反しているはずがないのに、何だろうと思いながら立ち止まる。
そのままコハク先生の色香を警戒して、その首から下を見ないように気を付けていると、先生はオレの目を見ながら真顔で聞く。
「…………キサマは今もまだ、ちゃんと童貞のままだろうな?」
「……コハク先生、それはセクハラです」
「私は風紀委員の顧問であり、生徒指導を担当する教師だぞ。その私が、生徒が道を踏み外していないかを確認して、なぜセクハラになる?」
「…………いえ、オレが間違っていました……。すみません…………。それよりコハク先生、今から生徒指導室を使わせてもらってもいいですか? ちょっと一般の生徒には聞かれたくない話をしたいので……」
「性行為はしないな?」
「もちろんです」
「もちろんする、という事か?」
「いえ、もちろんしない、という事です」
「ちっ」
「先生?」
「仕方がない。許可する。カギは職員室のいつもの場所だ」
「……ありがとうございます。コハク先生」
それからオレは妹と幼馴染を連れたまま、職員室でカギを取って生徒指導室まで行き、その中に入ってから宇宙パトロールの二人を呼ぶ。
「P1,P2、いいぞ。オレに確認したい事って何だ?」
すると再びその二人の意識が表に出てきて、幼馴染に寄生しているP2の方が、カバンから水鉄砲を出してオレに渡してくる。
「確認したい事は一つニャ! ダイチは今朝、われわれ宇宙パトロールが、自分の妹と幼馴染の下半身に寄生していると知った時、それを無理やり引きはがそうと思ったニャ?」
「ああ。自分の妹と幼馴染が、宇宙人に寄生されていると分かったら、それを引きはがそうと思うのは当然だろう?」
「お兄たん、そう思った事は何も問題ないよぉ!」
「そうニャ! 誰だって、親しい人が宇宙人に寄生されていたら、嫌だと思うニャ!」
「じゃあ、何が問題なんだ?」
「その話の前に、まずはこれを見るニャ!」
P2はそう言って、自分が寄生している幼馴染の少女のスカートを、ぺらりとめくる。
「うわっ! お前、スイショウのスカートを勝手にめくるな!」
「お兄たん、こっちも見てぇ」
「こらっ! お前までやめろ!」
「何で目をそらすニャ?」
「そうだよ、お兄たん! ちゃんと見てよぉ」
「バカ! 本人の許可もなく、勝手にスカートの中を見たら犯罪だろ!」
オレのその言葉に、P1とP2が顔を見合わせる。
「やっぱりニャ……」
「やっぱりだよぉ…………」
「何がやっぱりなんだよ!」
「……お兄たんはぁ、自分の妹と幼馴染の下半身から、アタシたちを引きはがそうとしたけれどぉ、それが犯罪行為だと思ったら、できなくなったんだよねぇ…………」
「やれやれだニャ……。自分の妹と幼馴染を助けるためニャのに、それが犯罪行為となるとできニャくなるのが、ダイチという男ニャ…………」
「ぐ…………いや……だって…………」
「だけどねぇ、お兄たん! 地球を宇宙テロリストたちの手から守るにはぁ、たとえ犯罪行為でも、やらないとダメなのぉ!」
「そのとおりニャ! だからダイチを一人前のビキニハンターにするために、今から訓練を始めるのニャ!」
「え? 訓練って?」
「その水鉄砲でぇ、アタシたちのビキニにぃ、液体をかける訓練だよぉ!」
「ええ! ちょっと待て! そんな事をしたら、宇宙パトロールのお前たちが死んでしまうだろ?」
「大丈夫ニャ、ダイチ! その水鉄砲の中には、ただの水を入れてあるニャ! だから遠慮なくかけていいニャ!」
「そうだよぉ、お兄たん! 朝礼が始まるまでまだ時間があるからぁ、いっぱいかけてぇ!」
「コラ、P1! 妹の口から、いっぱいかけて、なんて言葉を出すな!」
そう言って怒るオレに、P2が警告する。
「ダイチ! この訓練をマジメにやらないニャら、われわれはこのまま教室に行って、このしゃべり方で一日を過ごすニャ! それでもいいのかニャ!」
「くそ! 脅迫するのか! 宇宙パトロールのくせに、地球人を脅迫するのかよ!」
「だからぁ、地球を守るためなんだからぁ、しょうがないんだよぉ、お兄たん!」
「ちょくしょう……何でこんな事に…………」
まさか風紀委員の副委員長であるオレが、よりによって生徒指導室で、妹と幼馴染がはいているビキニに液体をかける事になるとは…………。
はたしてオレは、この状況で正気を保っていられるのだろうか……………………。