第二十三章 六体目の宇宙テロリスト
◆ 登場人物 ◆
ダイチ(大地)
オレ。中学二年生。メガネをかけている。
何度も時間が巻き戻されて、妹や幼馴染の少女が殺されるところをくり返し見て、精神的にかなりヤバい状態になっている。
ショウビ(薔薇)
オレの妹。一つ年下。血はつながっていない。
宇宙パトロールに寄生された事で、無意識のうちに宇宙船にアクセスできるようになって、離れた場所にいるオレのピンチを察知できるようになったらしい。
スイショウ(水晶)
オレの幼馴染。同い年。家がとなり。
時間が巻き戻されたので、オレに赤ちゃんはどうやったらできるのか真顔で聞いてきた事や、オレと幼稚園以来のキスをした事もなかった事になってしまった。
P1(ピーワン)
赤いビキニ型宇宙人のパトロール隊員。
ショウビの下半身に寄生している。
P2(ピーツー)
青いビキニ型宇宙人のパトロール隊員。
スイショウの下半身に寄生している。
コハク(琥珀)
オレの中学で生徒指導を担当する先生。
実は痴女で、オレを性奴隷にしようと企んでいる。
タイヨウ(太陽)
小学生の時にショウビの悪いうわさを流していて、オレが投げ飛ばしたヤツ。
それなのに、宇宙テロリストの破壊活動に巻き込まれた時、オレを助けようとしてくれた。
◆ これまでのあらすじ ◆
宇宙テロリストの六体目がどうしても見付からないのは、そいつに宇宙船をハッキングされて、オレたちの行動が全て知られているからではないかと予想したオレは、次の作戦では、宇宙船がオレたちの行動のモニターするのを止めさせるように提案する。
ただしそうなると、記憶のバックアップも止まるので、作戦の途中で死ねば、その時に知った情報もなくなってしまう。
しかも宇宙パトロールは予算の使いすぎで、時間の巻き戻しがあと一回しかできないから、何としてでも次の作戦中に六体目を見付けないと、これから先は地球の被害をなかった事にする事もできない。
果たしてオレたちは、もう後がないこの状況で、本当に六体目を抹殺する事ができるのだろうか…………。
放課後、赤く染まっていく空の下。
いつもどおりオレたちは、すでに身元が分かっている五体の宇宙テロリストを抹殺した後、校庭の隅の茂みに隠れて、六体目が破壊活動を始めるのを待つ。
そこの木の枝のすき間から校舎の窓に映る夕焼けを見ていたオレは、ポケットの中で『ビキニキラー液』が入った水鉄砲を握りながら、宇宙パトロールの二人に尋ねる。
「なあ、P1、P2。地球の警察だと、一年ごとに新しい予算が支給されるんだが、お前たちの組織は、そのへんどうなっているんだ?」
予算を使いすぎた宇宙パトロールは、あと一回しか時間を巻き戻す事ができず、今回の作戦で六体目を見付けられなければ、もう次からは地球の被害をなかった事にはできないと言われたが、公的な組織ならば一定期間ごとに新しい予算が支給されるはずだ。
そう思ったオレの質問に、妹のショウビに寄生したP1が答える。
「うーんとね、お兄たん……新しい予算は、地球の時間で言うと、あと三週間くらいで支給されるはずかなぁ…………」
「何だよ、もうすぐじゃないか。という事はあと三週間待てば、宇宙パトロールは、また時間の巻き戻しができるようになるんだろ……だったら、予算が支給されたらすぐに時間を三週間巻き戻して、また『今日』という日をやり直せば、この次も地球の被害をなかった事にできるんじゃないのか?」
オレがそんな裏技っぽい事を言うと、幼馴染のスイショウに寄生したP2が渋い顔をする。
「理屈ではそうニャるけど、今回の作戦で予算を使い切った上に、六体目を見付けられニャいまま終われば、きっと次の予算は大幅に削られるニャ……そうニャったら、次回以降の作戦で時間の巻き戻しをさせてもらえるかどうか…………」
「なるほど、そういう事か……まぁ、失敗ばかりしている部署の予算が削られるのは当たり前だよな…………じゃあやっぱり、どうあっても今回の作戦で六体目を見付けないと……」
そうオレがつぶやくと、地響きとともに校舎の向こうで土煙が上がり、それを見てP2が叫ぶ。
「ニャニャ! いつもどおり宇宙兵器が出現したニャ! でも今回の作戦では、ダイチからの提案どおり、宇宙船でいつもやっている、われわれの行動のモニターは止めるニャ! それによって記憶のバックアップも止まるから、宇宙兵器に殺されないように気を付けるのニャ!」
今回の作戦では、記憶のバックアップがされないから、たとえ六体目を見付けても、そいつを抹殺する前にオレたちが殺されてしまえば、見付けたという記憶もなくなって、作戦は失敗に終わる。
そのせいで、いつもよりさらに作戦を成功させるのが難しくなっているが、六体目に宇宙船をハッキングされて、オレたちの行動が全て知られている可能性がある以上、この条件で結果を出すしかない。
「でもね、お兄たん! 一応、念のために、たとえ六体目が抹殺できなくても、十八時になったら、宇宙船による記憶のバックアップが再開されて、そのまま時間が巻き戻される事になっているよぉ! だから六体目を見付けた時に、抹殺するのが難しいと思ったら、十八時までひたすら逃げてねぇ!」
「ああ、分かった……」
オレはそう答えながら、宇宙パトロールの二人とともに、巨大なハンマーを振り回す宇宙兵器に向かって走る。
今回は六体目も、いつもと違ってオレたちの行動が把握できず、きっとあわてているはずだ。
だから今度こそ絶対に見付かるはず…………。
そう思いながらオレたちは、逃げまどう女子生徒のスカートの中に、水鉄砲で『ビキニキラー液』をかけていくが、今回もこれまでと変わらず、いくら続けても六体目がぜんぜん見付からない。
それで、しばらくするとP1が、
「ねえ、お兄たん! 本当に六体目は、この学校の女子生徒の中にいるのかなぁ?」
と弱音を吐き始めるので、オレは大声でそれに言い返す。
「それが間違いないと言ったのは、お前たちの方だぞ! 今さらそれを疑うなら……………………あっ!」
「どうしたニャ、ダイチ?」
何かに気が付いたオレの声に反応してP2が足を止めるが、すぐにオレがその腕をつかんで、宇宙兵器とは反対の方向へ走り出したので、それに引っぱられた彼女はあわてる。
「ニャニャ? どこへ行くのニャ、ダイチ? 六体目は、あの宇宙兵器の周りにいる女子生徒の誰かに寄生しているはずニャ! 早くそれを見付けるのニャ!」
「P2…………そもそも六体目は、本当に存在するのか?」
「ニャニャニャ?」
「……今までずっと引っ掛かっていたんだが…………学校の女子生徒全員のイスの匂いを嗅いだ時に、六体目だけが見付からなかったのはなぜだ?」
「ダイチ! 今は、そんニャ事を言っている場合じゃないニャ! この学校の女子生徒の誰かに六体目が寄生しているのは、これまで百回以上くり返してきた作戦によって、確実ニャんだと……」
「P2! お前も、この学校の女子生徒に寄生しているビキニ型宇宙人の一人じゃないか! お前は自分がテロリストじゃない事を証明できるのか?」
そうオレが叫ぶと、いっしょに走っていたP1が驚く。
「え? お兄たん? お兄たんは、宇宙パトロールであるアタシとP2が、実はテロリストじゃないかと思ったの?」
「いや、P1! お前がテロリストじゃない事は分かっている! なぜなら宇宙兵器は、操作している者が殺されれば、必ず停止するからな! これまでの作戦中に、お前がオレをより先に殺されたところを何度も見ているが、その後も宇宙兵器はずっと動いていた! だから、お前は絶対にテロリストじゃない!」
そしてオレは走りながらP2を見て、さらに言葉を続ける。
「だけど、P2は別だ! P2がオレたちより先に殺された事は、これまで一度もなかった! いつもオレたちと同時か、それより後に殺されていたじゃないか!」
オレの言っている事を聞いてP2はあきれた顔をする。
「…………ニャにを言い出すかと思えば……ダイチ…………バカな事を言ってニャいで、すぐに任務に戻るのニャ……」
「黙ってろ、P2! お前がテロリストじゃなければ、このまま走り続けても、あの宇宙兵器は動き続ける…………でも、お前が本当にテロリストなら、このまま離れていけば、じきに操作できる範囲から外れて動きを止め……」
P2はその言葉の途中で、オレの手をバシっとはたいて立ち止まる。
「ふぅ…………今回の作戦で、宇宙船のモニターを止めてくれと、ダイチが言ってくれて助かったニャ……そのおかげで、われわれの宇宙船も、この会話は記録してニャいし、このまま時間が巻き戻されれば、ダイチもP1も、この会話をしたという記憶そのものがニャくなるんだからニャ……」
「お前を抹殺すれば別だろ!」
オレはそう叫びながら地面に倒れ込みつつ、P2のスカートの中に水鉄砲を向ける。
その場所は宇宙兵器からかなり離れていたので、巨大なハンマーによる攻撃は届かないし、人間であるオレには『ビキニキラー液』は効かないから、P2との勝負でオレが負けるはずがない。
だがそう思った次の瞬間、何か強烈な光が通り過ぎて、オレの腕が灰になって消える。
「ああああああああああああああああっ!」
「お兄たん!」
「ニャハハハハハ! 宇宙兵器『ハンマーっち』に装備されているレーザー兵器を、ずっと使わすに取っておいて良かったニャ!」
「く……くそっ……逃げろ、P1!」
しかしその次の瞬間、強烈な光によって、P1の身体そのものが灰になって消える。
「ぐぬぬぬ……P1…………」
「ダイチ! この後、十八時になって、宇宙船での記憶のバックアップが再開されて、時間が巻き戻されたら、今の出来事を憶えているのは、わたしだけになるニャ! ニャので、次に目が覚めら、またみんなで仲良くやろうニャ!」
P2がそう言い終わった瞬間に、強烈な光とともに、オレの意識は消えてなくなる。
…………そして、ついにトータル百三十一回目、オレの記憶にあるだけでも十三回目の朝……。
自分の部屋で目を覚ましたオレは、メガネもかけずに部屋を飛び出して、廊下にいたショウビを捕まえると、急いでP1を呼び出す。
「P1! お前、宇宙兵器が出現した後の事、ちゃんと覚えているか?」
「覚えてないよ、お兄たん……さっき宇宙船から連絡があったけど、結局、六体目を抹殺する事はできないまま、十八時の時点で最後の時間巻き戻しが行われたって…………」
「くそっ…………やっぱりそうか……」
「…………でもね、お兄たん……P2は時間が巻き戻される瞬間までちゃんと生きていたみたいだから、彼女の記憶はバックアップされて、最後にどんな事があったのか聞けるはずだよぉ……」
「………ああ……分かった…………」
そう返事をしてP1の意識を引っ込めさせたオレは、思わず深いため息を吐いてしまい、それを見たショウビに心配される。
「どうしたのですか、兄さん?」
「…………大丈夫だ……心配するな……」
けれどそうは言ったものの、最悪の事態になっていた場合の事を考えると、さすがに気が重い。
それでも何とか学校へ行くための準備を済ませて、ショウビと二人で家を出ると、いつものように、となりの家の前でスイショウが待っている。
「おはよう、ダイちゃん」
「ああ……おはよう。スイショウ……」
「どうしたの、ダイちゃん。元気がないよ」
「…………何でもない……気にしないでくれ……」
そう返事をして、しばらく歩いたところで、オレは宇宙パトロールの二人を呼び出して、P2に尋ねる。
「P2…………前回の作戦で六体目を抹殺できなかった事は、さっきP1に聞いた……だけどその作戦中にどんな事があったのか、詳しく知りたいんだ……」
「……ニャ…………そう言われても、今までどおり、六体目が見付からないまま、P1と
ダイチが殺されただけニャ……わたしは時間が巻き戻される瞬間まで、何とか生き延びたけど…………特に変わった事は何も起こらニャかったニャ……」
オレは念のため、P2にもう一度確認する。
「……………………じゃあ、いつもと同じ事がくり返されただけなんだな…………」
「そうなのニャ……本当に残念だニャ…………」
P2のその言葉が終わってから、まだ時間が早い通学路の前後を見て、オレは自分たちの他に誰もいないのを確認する。
そしてP1に目配せすると、素早くP2を捕まえて、小さな雑居ビルの隙間にある暗い路地裏に連れ込む。
「ニャニャニャ! 何をするニャ?」
夜の間に降った雨の水溜まりをバシャバシャと踏みながら路地の奥へ行くと、オレたちの行動が理解できないP2はうろたえる。
「ダイチ! P1! これは一体、何のまねニャ!」
そんなP2を見てオレは顔をしかめる。
「…………本当に残念だよ、P2……お前がテロリストだったなんて……」
P1もオレに続けて文句を言う。
「ひどいよ、P2! 今までずっと、アタシたちを騙していたんだねぇ!」
オレたちのその言葉に、P2は目を丸くする。
「ニャニャ? ニャんでその事を憶えているのニャ? 二人とも、それを知った時には、すでに記憶のバックアップが止まっていたのに!」
そう言いながらもがくP2の身体を押さえ付けて、オレはその理由を教えてやる。
「P2、いいか、よく聞け! 実はオレが、お前をテロリストじゃないかと疑ったのは、前回の作戦で、宇宙兵器が出現する前、記憶のバックアップが止められる前だったんだよ!」
その言葉を聞いてP2の動きがピタっと止まる。
「ニャ……ニャんだって…………」
「それでオレは、校庭の隅の茂みに行く前に、P1にだけ、その事を話しておいたんだ!」
「……ニャニャ…………あの時、宇宙兵器が出現する前に、二人ともすでに、わたしの事をテロリストだと疑っていたんだニャ…………」
「でもね、P2! アタシも、お兄たんも、P2が本当にテロリストなのかどうかを、どうやって確かめるか、とっても悩んだんだよぉ! だって、ただ疑いがあるというだけで、仲間であるP2を抹殺する訳にはいかなかったんだものぉ!」
「……なのでオレたちは、わざと宇宙兵器が出現するまで待って、記憶のバックアップが止まってから、お前を疑い始めたようなフリをする事にしたんだ…………そうすれば時間が巻き戻された後で、自分が疑われた事を、お前がちゃんと話さなかったら、テロリストだという事がハッキリするからな……」
P2はオレのその説明を聞いて、ガックリとうなだれる。
「…………そうだったんだニャ……前回の作戦中に、ダイチとP1にテロリストじゃニャいかと疑われた事を、さっき正直に話していれば、まだ誤魔化せたかもしれニャかったんだニャ…………」
「そういう事だ、P2……この場所は学校まで距離があるから、隠してある宇宙兵器を操作する事もできないだろ…………もうお前がオレたちに歯向かう事はできないぞ……」
「そうみたいだニャ……」
そう言った次の瞬間、P2の本体である青いビキニが、スイショウのスカートの中からシュルっと降りて、猫のように素早く路地を逃げて行く。
だがオレもP1も、もうそれを追ったりしなかった。
オレは、P2が離れた事で意識を失ったスイショウの身体を支えながら、P1に言う。
「P1、スイショウに新しいパンツを履かせてやってくれ……ノーパンで目を覚ましたら、またスイショウがショックで泣いてしまうからな…………」
「……分かったよ、お兄たん……」
それからオレたちは、まだ意識がもうろうとしているスイショウを連れて、ゆっくり表通りへと歩いて行く。
そしてオレはその途中で、水溜まりに浮かんだ青いビキニを拾う。
そこの水溜まりは雨水ではなく、夜が明ける前に、あらかじめP1に撒かせておいた『ビキニキラー液』だったからだ。
まさかこんなところに『ビキニキラー液』が溜まっているとは思わなかったP2は、自分からそこに入って死んだという訳だ。
こうしてオレたちは、地球の被害をゼロに抑えたまま、六体目の宇宙テロリストの抹殺に成功したのだ。