第十七章 恐怖のドーピング検査
◆ 登場人物 ◆
ダイチ(大地)
オレ。中学二年生。メガネをかけている。
ビキニハンターに任命されて、地球外の宇宙船に記憶がバックアップされるようになったので、時間が巻き戻されても、それ以前にあった出来事を憶えている。
ショウビ(薔薇)
オレの妹。一つ年下。血はつながっていない。
時間が巻き戻されたので、彼女の肩のマッサージのためにオレが電話をかけてやった事や、ふくらはぎマッサージをしてやった事もなかった事になってしまった。
スイショウ(水晶)
オレの幼馴染。同い年。家がとなり。
時間が巻き戻されたので、オレに赤ちゃんはどうやったらできるのか真顔で聞いてきた事や、オレと幼稚園以来のキスをした事もなかった事になってしまった。
P1(ピーワン)
赤いビキニ型宇宙人のパトロール隊員。
ショウビの下半身に寄生している。
P2(ピーツー)
青いビキニ型宇宙人のパトロール隊員。
スイショウの下半身に寄生している。
コハク(琥珀)
オレの中学で生徒指導を担当する先生。
実は痴女で、オレを性奴隷にしようと企んでいる。
タイヨウ(太陽)
小学生の時にオレが投げ飛ばしたヤツ。
その時にショウビの悪いうわさを流していた。
◆ これまでのあらすじ ◆
ビキニ型宇宙人のパトロール隊員に寄生された妹と幼馴染によって、ビキニハンターに任命されたオレは、女子生徒に寄生した宇宙テロリストたちを抹殺するために奔走する。
だがいくら宇宙テロリストを抹殺しても、その直後に別のヤツが破壊活動を始めて地球に被害が出たら、それをなかった事にするために宇宙パトロールは時間を巻き戻さなければならず、また最初からやり直しになる。
そのくり返しを避けたいオレたちは、学校に潜む宇宙テロリストの全員を一度に抹殺すれば、時間を巻き戻さずに済むと考え、夜中の学校に忍び込み、イスの匂いを嗅ぐ事で、寄生された女子生徒の全員を特定しようとする。
しかし宇宙パトロールの二人は、学校のイスの匂いで寄生された女子生徒を特定できると分かっていたのなら、なぜ最初からそうしなかったのか…………。
夜中に誰もいない学校に忍び込んで、三人で手分けして、三百人分のイスの匂いを嗅いだ翌朝。
その日は生徒たちの校則違反を見張る風紀委員の当番だったので、いつもより早く家を出たオレたちは、人通りの少ない通学路を歩きながら次の作戦を話し合う。
「P1、P2。まずは、昨日の夜、学校に忍び込んで分かった事をおさらいしよう…………オレたちの学校に潜んでいる宇宙テロリストは全部で五体。そいつらが寄生している女子生徒は、みんな何らかの部活に入っているから、放課後になら、他の生徒に見付からずに短時間のうちに全員を抹殺できるはず。という事で間違いないな?」
メガネを直しながらオレがそう言うと、幼馴染のスイショウに寄生したP2がうなずく。
「それで間違いないニャ! もちろん、わたしたちの学校に潜んでいるヤツらの他にも、地球の別の地域に、他のヤツらが潜んでいる可能性があるけど、そいつらが破壊活動を始めるのは何週間も後のはずだから、この地域にいるヤツらを全滅させれば、ここでの戦いは一区切り付くのニャ!」
その情報も昨日の夜に聞いていたが、認識がズレていたらマズいので、念のために確認する。
「……つまり何週間か後に、別の地域にいるヤツらが破壊活動を始めたとしても、その日から時間を巻き戻せば、オレたちの学校に潜むヤツらを抹殺した事はなかった事にはならないから、ここでの戦いはもう二度とくり返さないで済む…………という訳だな?」
そう尋ねると、妹のショウビに寄生したP1が微笑む。
「そうだよ、お兄たん! あの学校に潜むヤツらをまとめて抹殺すれば、この一週間を延々とくり返す事から解放されて、ようやくお兄たんが最初に殺された日の先に進めるんだよぉ!」
宇宙テロリストの破壊活動でオレが殺された日から一週間が巻き戻された後、再びオレが殺されたり、他の生徒が殺されたりして、時間の巻き戻しはすでに三回もくり返されている。
そのせいでオレもそろそろ巻き戻しが苦痛になってきたところだが、この任務をずっと続けているP1とP2にとっては、その苦痛はオレよりもはるかに大きいのだろう。
この一週間のくり返しから解放される事に、二人は心の底から喜んでいるように見える。
だがそれならば、なおさら、なぜP1とP2は今まで、あの学校に潜んでいるヤツを、まとめて抹殺しようしなかったのだろうか……。
一回目の巻き戻しの後にそれをやっていれば、二回目と三回目の巻き戻しはやらなくて済んだというのに…………。
しかし、それを聞いたところで二人が答えてくれないのはもう分かっているので、オレはその疑問を飲み込んで、放課後にやる作戦の確認を続け、そのうちに学校が近付いてくる。
「……そろそろ学校だから、お前たちは意識を引っ込めてくれ。コハク先生にそのしゃべり方を聞かれたら、何を言われるか分からないからな……」
「ダイチ、その前に注意しておきたい事があるニャ!」
「分かっている。学校ではとにかく普段どおりに行動しろ、だろ? オレがいつもと違う事をして、バタフライ効果でその影響がどんどん大きくなったら、宇宙テロリストがいきなり破壊活動を始めてしまうかもしれないからな……」
「勘違いするニャ、ダイチ! 人間は気紛れだから、みんながいつも時間が巻き戻される前と同じ行動をするとは限らないニャ! だからダイチがいつもどおりに行動しても、他の誰かがいつもと違う行動をして、その影響がバタフライ効果で大きくなって、前回とぜんぜん違う事になる可能性だってあるのニャ!」
「あっ、そうか! オレみたいに記憶がバックアップされていない普通の人間でも、無意識のうちに前回と違う行動をしてしまう事がある訳か!」
「そうだよ、お兄たん! だから目の前の誰かが前回と違う事をしても、あわてちゃダメだよぉ! そこであわてると、バタフライ効果がどんどん大きくなって、取り返しがつかない事になるからぁ!」
「うわぁ……それは怖いな…………十分に気を付けるよ……」
オレがそう言ったところで、P1とP2が意識を引っ込めて、それと入れ替わりに妹と幼染みの少女が意識を取り戻して、
「…………兄さん……いま私、何をしゃべってました?」
「……あれ? …………ダイちゃん、いま何の話をしていたんだっけ?」
と聞いてくるので、オレは適当にそれを誤魔化す。
「生徒たちの校則違反を毎朝見張るなんて、この辺じゃ、うちの中学くらいだ、って話していたんだ……」
そして、そうしているうちに校門の前まで来て、オレはそこに立つコハク先生の豊満な身体を直視しないように注意しながら挨拶する。
「おはようございます、先生」
「ああ…………ところでダイチ副委員長。キサマは、性病になって病院に行った時、そこの医者が女だったらどうする?」
いきなり今までになかったパターンの質問をされて、思わずウっとなるオレ。
けれどまさか、オレがいつもどおりに行動しても、他の誰かが前回と違う行動をする場合があると注意された直後に、そのとおりの場面に直面するとは…………。
「えーと、先生。オレは童貞なんで、性病になる可能性は低いと……」
「もしもそうなった時はどうするかと聞いているのだ。答えろ、ダイチ副委員長」
「…………いや、まあ、女の人が相手だと恥ずかしいですが、お医者さんなら仕方がないと思うでしょうね……」
「そうか。ならばキサマは、相手が女でも、医者ならばチ○コを見せる訳だな」
女の人にチ○コを見せる話は、この前の出来事を思い出すので勘弁してほしいのだが……。
オレはそう思いながらも、この会話の影響がバタフライ効果で大きくなってしまわないように、メガネを拭きながら落ち着いて答える。
「いくら何でもお医者さんの前まで行って、女の人だと分かってから、やっぱり診てもらわなくていいですとは言えませんよ…………それに、そもそも看護師さんのほとんどは女の人ですから、お医者さんの性別を気にしても仕方がないでしょう?」
「それはそうだな…………あ、話は変わるが、ダイチ副委員長。放課後に、ちょっと手伝ってほしい事があるんだ。今日の授業が全て終わったら、すぐに生徒指導室に来てくれないか」
「え、先生、オレは放課後に予定があるんですが……」
「風紀委員の副委員長であるキサマにしか頼めない事なんだ。一時間でいいから、何とか予定を空けてくれ」
今日の放課後にやる予定の宇宙テロリストたちの抹殺は、寄生された女子生徒たちが所属するそれぞれの部活が終わったところを狙って、全員をまとめて倒すという作戦だったので、時間がかからなければ問題はないのだが…………。
「……分かりました、先生……でも本当に、一時間だけですよ」
「ああ。普通にやれば、三十分もかからないはずだ。よろしく頼む」
…………という訳で放課後になってすぐに生徒指導室に行ったオレは、さっさと用件を済ませて、寄生された女子生徒たちを見張っているP1とP2のところへ行かなければと思いながら、コハク先生に尋ねる。
「何を手伝えばいいんですか、先生? 時間がないんで、急いでやりましょう」
「おいおい、ダイチ副委員長。そんなふうに、次の予定に気を取られながらでは困る。ちゃんと落ち着いてくれ」
「……すみません、先生。でも今日は、本当に大事な予定があって……」
「安心しろ。キサマが真剣にやってくれさえすれば、三十分もかからずに終わる。だからもっと腰を据えてくれ」
「…………分かりました……」
そう答えながらも、この先生に油断してはいけないと分かっているオレは、先生がドアにカギをかけようとしないのを確認してからイスに座り、それを見て先生は説明を始める。
「実は、うちの運動部が出場する大会で、今年からドーピング検査をするという、うわさがあるのをネットで見付けたんだ」
「そうですか」
「何だ。ずいぶん反応が薄いな」
「中学生が出場する大会でのドーピング検査はまだ少ないですが、どうせ高校生になったら避けられないんですから、早くからやっておいても問題はないでしょう?」
「ふん。キサマらしい答えだな…………それでその大会で検査をされるのなら、その前にうちの学校内で検査をしておいた方がいいだろうと思ってな」
「……まぁ、確かに、ドーピング検査に引っ掛かるような生徒は、大会で恥をさらす前に出場選手から外しておく方が、生徒も学校もみんな安心できますからね」
「そういう事だ」
「…………でも先生、その大会でドーピング検査をするというネット上のうわさは、いつ知りました?」
「今朝、ここへ来る電車に乗っている時に、スマホで見たんだ」
なるほど。
偶然、ネットで見た情報によって、先生の行動が変わった訳か……。
この程度の事で行動が変わるとなると、本当に油断ができないな…………。
「……それで先生。今からオレは、何を手伝えばいいんですか?」
「ああ、この学校でドーピング検査をする事になった場合、ひょっとしたら、校内で『検体』を採取する事になるかもしれん……むろん、それをするのは専門の人間だが、生徒指導を担当する教師として、その段取りを確認しておきたいんだ」
「えーと『検体』って、尿ですよね……それを採取する段取りを確認したいって言ったら、女子生徒は嫌がるだろうから、オレを呼んだんですね…………」
「ああ、そのとおりだ。もちろん段取りを確認するだけだから、採取するふりをしてくれるだけでいい。手伝ってくれるか?」
「ええ、そのくらい構いませんよ」
「じゅる……」
「…………先生? ……今、よだれが出ませんでした?」
「何を言ってるんだ、ダイチ副委員長。私がよだれなんか垂らす訳がないだろう…………では、この紙コップに尿を出すふりをしてみせてくれ。実際には未開封の専用の容器が三つ以上ある中から、生徒自身が一つを選ぶみたいな、複雑な手順があるんだが、それは省略する」
「え? 段取りを確認するなら、そういう手順をきちんとやらないと、意味ないんじゃないですか?」
「いいんだ。私が確認したいのはそこじゃない。さっさとそれに尿を出すふりをしてみせろ」
「……はあ…………じゃあ、行ってきます……」
オレがそう言って、渡された紙コップを持って部屋を出ようとすると、先生がそれを止める。
「ちょっと待て、ダイチ副委員長。キサマ、どこに行くつもりだ?」
「? ……トイレですけど?」
「おい、キサマ、ドーピング検査を何だと思ってるんだ! 検査員が見ていないところで尿を出したら、それが本人のものか分からないじゃないか!」
「ええっ! まさか先生の見ている前で、出すふりをしないといけないんですか?」
「当たり前だ! あるスポーツ選手は、他人の尿を入れたスポイトを肛門に隠して、国際大会のドーピング検査をすり抜けたらしいんだぞ! それが分かって以来、この検査では、ちゃんと本人の尿道から尿が出ているのを、しっかり見る事が義務付けられているんだ!」
「マジですか! …………って、だけど、こういう事の検査員は、検査される側と同性の者がするのが普通なんじゃないですか?」
「普通はそうだ! だがキサマは相手が女でも、医者や看護師なら、チ〇コを見せると言ったではないか! ならば検査員が女でも問題はないだろう?」
「ぐ…………あの質問が、すでに罠だったんですね……」
「罠とは何だ! 私はマジメに……じゅる……生徒たちの事を思って……じゅるる…………みだらな事は、これっぽっちも……じゅるじゅる…………」
「よだれが止まらないじゃないですか、先生!」
「ふ……ダイチ副委員長…………じゅるるるる……生徒であるキサマが、教師である私にチ〇コを見せるのに、抵抗があるのは分かる……じゅる……先生だって、キサマ一人に恥ずかしい思いをさせるのは心が痛む……じゅるるじゅる…………だから、先生のも見せてやろう! それなら文句はあるまい!」
「何でそうなるんですか!」
「では、三つの中から選べ! 一、キサマが先に見せる! 二、私のを先に見る! 三、同時に見せ合う! さあ、どれだ!」
そう言いつつ、ゆっくりと迫って来る先生から逃げて、オレは部屋を飛び出そうとするが、なぜかドアが開かない。
「あれ? 何で開かないんだ?」
「ふふふふふ。この部屋のドアは、昨日のうちにオートロックに改造してもらった! しかも車のドアみたいに、暗号化された専用の電子キーでしか開かないようにな! さらに補強もしてもらったから、生徒が体当たりしたくらいじゃ外れないようになっている! そして、そのキーはここだ!」
コハク先生はそう言いながら、胸の谷間に電子キーを差し込む。
「くそ! 時間が巻き戻される前は、こんなんじゃなかったのに!」
「ああん? 時間が巻き戻される前? おかしな事を言ってないで、いいかげんに、あきらめろ、ダイチ副委員長! ……じゅる……じゅるるるるるるる…………」
オレが力いっぱい揺さぶっても、ドアは本当にビクともしない。
それでオレは、柔道の有段者であるコハク先生に捕まったらお終いなので、壁伝いに逃げるが、普通の教室と同じくらいの広さしかない部屋の中に逃げ場はなく、先生はじりじりと近付いて来る。
ところが、オレが部屋の隅に追い詰められてもうダメかと思った瞬間に、どういう訳かドアが普通にガラっと開いて妹が入って来る。
「あ…………兄さん? 何をやっているのですか?」
その出来事に、オレもコハク先生も動きが止まる。
「え? ショウビ? …………そのドア、カギがかかっていただろ?」
「? ……いいえ。カギなんて、かかっていませんでしたよ」
先生はあわてて胸の谷間から電子キーを抜いてカチカチと操作するが、どうやら反応がないらしい。
「ぐぬぬぬ…………こんな時に故障か……」
「兄さん。先生の手伝いは、もう終わったんですか?」
「あ……ああ……ちょうど、いま終わったところだ…………じゃあ、先生、失礼します」
オレはそう言ってメガネを直しながら、悔しそうにしている先生を置いて、ショウビと部屋を出る。
だが妹が来た瞬間に電子キーが故障するなんて、どう考えても偶然とは思えない。
それにショウビは、宇宙パトロールのP1に意識を乗っ取られて、宇宙テロリストに寄生された女子生徒を見張っていたはずだ。
それなのにここに来たという事は、以前オレが食品工場の冷凍室に閉じ込められた時や、先生に肛門を見せられそうになった時と同じように、何らかの方法でオレのピンチを察知して感情を高ぶらせ、P1の意識を押し退けたのだ。
しばらくこんな事がなかったので、今まですっかり忘れていたが、ショウビのこの行動は絶対におかしい……。
どうして妹にこんな事ができるのか、何とかして突き止めないと…………。