第十章 ズボンに入れたテレビのリモコン
◆ 登場人物 ◆
ダイチ(大地)
オレ。中学二年生。メガネをかけている。
ビキニ型宇宙人のテロリストと戦うビキニハンター。
ショウビ(薔薇)
オレの妹。一つ年下。血はつながっていない。
何らかの方法でオレのピンチを察知できる?
スイショウ(水晶)
オレの幼馴染。同い年。家がとなり。
中学生にもなって、赤ちゃんがどうやったらできるのかを知らないという……。
P1(ピーワン)
赤いビキニ型宇宙人のパトロール隊員。
ショウビの下半身に寄生している。
P2(ピーツー)
青いビキニ型宇宙人のパトロール隊員。
スイショウの下半身に寄生している。
コハク(琥珀)
オレの中学で生徒指導を担当する先生。
実は痴女。
タイヨウ(太陽)
小学生の時にオレが投げ飛ばしたヤツ。
その時にショウビの悪いうわさを流していた。
◆ これまでのあらすじ ◆
妹と幼馴染に寄生したビキニ型宇宙人のパトロール隊員によって、ビキニハンターに任命されたオレは、そいつらと共に、宇宙テロリストに寄生された女子生徒を探す。
しかしその任務は、相手の罠にはまってばかりで、なかなか進まず、風紀委員だったオレは、生徒たちの校則違反を見張る当番で、その女子生徒を見付けようと考え、学校を後にする。
その帰り道で、幼馴染の少女に、赤ちゃんはどうやったらできるのか聞かれたりしながら、柔道家である祖父の道場に寄ると、父と母から今日は仕事で帰れないと連絡がある。
それを聞いて、いっしょにいた妹の目が、なぜか怪しく光ったような気がするが…………。
祖父の道場で柔道の稽古をつけもらった後、オレは幼馴染のスイショウを家まで送ってから、妹のショウビと二人で近所のスーパーに向かう。
今日は父も母も仕事で家に帰れないと連絡があったので、夕食を買いに行くのだ。
すでに太陽は沈んで空には星が瞬いている。
妹は稽古の直前になって、気分が悪くなったと言って見学していたので、オレはメガネを直しながら本当にスーパーまで行くのか聞く。
コンビニはすぐ近くにあるが、スーパーはそれなりに歩く必要があったからだ。
「ショウビ。オレはコンビニの弁当でいいんだぞ」
「大丈夫です、兄さん。稽古を見学させてもらっている間に、気分はかなり良くなりました。料理もちゃんとできますから、スーパーまで行きましょう」
「お前が大丈夫なら、オレは構わないが…………無理はするなよ……」
そしてスーパーに着いてから、そこにあるATMで妹はお金を下ろすが、その金額が想像していたよりも多かったので、オレは思わずつっ込む。
「平日の二人だけの夕食なのに、使いすぎじゃないか? 後で母さんに言っても、そんなに出してくれないぞ」
「いいんです、兄さん。今日は私が出しますから」
そう言って妹は微笑む。
ショウビがそんな表情を見せるのはとても珍しいので、とりあえずその場は引き下がる。
だがその後も、スーパーのカゴに入れられる食材があまりにも偏っていて、やっぱりオレは我慢できなくなって口を出してしまう。
「……さっき、レバニラ炒めを作るって言ってたよな? なのに山芋も買うのか?」
「あら、兄さん。レバニラ炒めをおかずにして、とろろご飯を食べても、別に変ではないと思いますが?」
「いや、変じゃないけど、その組み合わせは一般的じゃないだろ?」
「そんな事はありません。私の脳内シミュレーションでは、この組み合わせは最高です」
「え…………まぁ、お前がそう言うなら構わないが……って、さらに、うなぎの蒲焼きまで買うのか? だったらレバニラ炒めも山芋もいらないだろ」
「何を言っているんですか、兄さん。うなぎの蒲焼きと、レバニラ炒めをおかずにして、とろろご飯を食べるくらい普通です」
「普通……か? オレにはそうは思えな…………って、ちょっと待て、この上に、スッポンのスープの缶詰ってのは、やっぱり組み合わせがおかしいだろ?」
「まぁ、兄さん。私たちは、育ち盛りの中学生なんですよ。食べ物の組み合わせなんか、気にしてどうするんですか。あとレバニラ炒めには、ちゃんとニンニクも入れますからね」
豚レバーに、ニラに、ニンニクに、山芋に、うなぎに、スッポンか…………。
「絶対に、その組み合わせは、普通じゃないと思うんだが……」
「気のせいですよ、兄さん」
妹が満面の笑みでそう言うので、オレはそれ以上何も言えなくなる。
彼女が笑顔を見せる事はあまりないからだ。
ショウビの本当の父親は十年前、彼女が三才の時に浮気相手と失踪したまま、行方不明になっている。
オレも十年前の四才の時に、本当の母を交通事故で亡くしているが、妹の心はたぶん、オレとは比べものにならないほど傷付いているに違いない。
なぜなら事故による死は本人の意思とは無関係だが、浮気相手といっしょに失踪というのは本人の意思が明確だからだ。
自分の父親が本人の意思で、自分と母親を捨てたという事実は、彼女の心をどれほど蝕んでいるのだろうか……。
オレは亡くなった母をこれからもずっと愛し続けられるが、ショウビは失踪した父親をもう二度と愛する事ができないのだ…………。
六年前にオレの父がショウビの母親と再婚して、小学一年生の彼女と初めて会って以来、彼女が笑顔になる事は滅多になかった。
そんな妹が笑った事に胸がいっぱいになったオレは、彼女を止められなくなってしまう。
今日はショウビの好きにさせよう…………。
それから買い物を終えて家に帰ると、妹は、
「私は柔道の稽古を見学して、汗をかいていませんから、夕食の後でお風呂に入ります。なので、兄さんがお風呂を上がったら、すぐに食べられるようにしておきますね」
と言うので、オレは、
「じゃあ、後片付けはオレがするから、そのままにしておいてくれ」
と答えて風呂に入り、身体を洗ってジャージに着替え、まだ制服を着たままの妹といっしょに、ダイニングキッチンで夕食をいただく。
買い物の時は、あり得ない組み合わせと思った料理も、食べてみると意外と気にならない。
「……ショウビ、お前、料理が本当に上手いな」
「いつも母さんがするのを手伝っていますからね。でも今回は、うなぎの蒲焼きは切って器に移しただけですし、スッポンのスープは生姜のしぼり汁とネギを加えただけですよ」
「だけど、このとろろに混ぜてあるだし汁も、インスタントじゃないんだろ。レバニラ炒めも美味しいよ」
オレがそう言うと妹は照れる。
今日は本当にショウビの機嫌がいい。
「……一体、何があったんだ、ショウビ? ずいぶん楽しそうだな」
「…………それは秘密です……」
そう言った妹の目が、祖父の道場の前で見た時と同じように、怪しく光ったような気もするが、もうそんな事はどうでもいい。
ショウビが笑顔でいてくれるなら、それでいいのだ。
そして食事が終わると、ショウビは風呂に入りにバスルームに行き、オレはキッチンで洗い物をして、それが終わったタイミングで、自分の部屋にスマホを置いたままなのを思い出す。
すると突然、全ての電化製品の電源がブツっと切れて、部屋が真っ暗になる。
「おっと…………外の明かりは消えてないから、ブレーカーだな……何で落ちたんだろ?」
カーテンのすき間から街の明かりが細く差し込んでいるのを見て、そう思ったオレは、玄関にあるブレーカーを戻すために、暗闇の中を手探りで進む。
スマホを持っていれば懐中電灯の代わりになったのだが、ちょっと運が悪かった。
そうやって廊下に出ると、妹の声がバスルームのドア越しに聞こえてくる。
「兄さん、助けてください……」
「どうした、ショウビ」
「すみません。ドライヤーを使っている最中に、うっかり洗面台の水を出してしまって、そこにドライヤーを落としたのです……」
「あっ、動くな、ショウビ! そのドライヤーにも、蛇口のハンドルにも触るな! 分かったな?」
「……はい、分かりました」
とりあえず、ドライヤーがショートした時に妹が感電しなかったのは良かったが、このままではブレーカーを戻す事ができない。
洗面台のシンクに落ちたドライヤーには、蛇口から流れる水が、かかり続けているだろうから、このままブレーカーを戻しても再びショートしてしまう。
なので、まずはドライヤーのプラグをコンセントから確実に抜いて、蛇口の水を完全に止める必要がある。
今は電気が流れていないから、その作業に危険はないはずだが、何か間違いがあったら恐いので、妹にそれをさせる訳にはいかない。
「…………ショウビ。今からオレがバスルームに入って、ドライヤーのプラグを抜いて、水を止める。お前は洗面台から、なるべく離れていてくれ。いいな?」
「分かりました、兄さん……」
オレが手探りでバスルームのドアノブをひねって中に入ると、蛇口から流れる水の音といっしょに、妹の息づかいが聞こえる。
「大丈夫か、ショウビ?」
「ええ、兄さん。大丈夫です」
この家は、オレの亡くなった本当の母の望みで、バスルームが一般の家よりもかなり広くなっている。
それでオレは脱衣所の中の様子をイメージしながら、流れる水の音に向かって、すり足でゆっくり進む。
そして洗面台のコンセントからプラグを抜いて、蛇口のハンドルをひねって水を止める。
「よし。もう大丈夫だ、ショウビ。オレは玄関に行ってブレーカーを戻すから、お前はここで…………」
そう言っている途中で、暗闇の中で妹がもたれかかってきて、それを支えようとしたオレは、床に落ちていた化粧品か何かのビンを踏んでバランスを崩し、何とか彼女をかばいつつも、いっしょに倒れてしまう。
「あっ!」
「……ごめんなさい、兄さん。大丈夫ですか?」
「ああ…………オレは大丈夫だが……って、お前、服を着ていないのか!」
オレはそう言いながら、上に覆いかぶさった妹の背中にまわしていた手を、あわてて放す。
「ええ。いつもより長く湯船に浸かって暑かったので、服を着ないで髪を乾かしていたんです」
「え……ちょ、ちょっと、ショウビ! 早くオレから離れてくれ!」
「……それが…………お風呂でのぼせてしまったみたいで、何だかめまいが……」
今日の午前中に、食品工場の冷凍室で、ほぼ全裸の幼馴染の少女に抱き付かれたばかりだというのに、今度は妹か…………。
まさかこんな事が同じ日に連続するなんてと思いながら、オレはショウビに寄生している宇宙パトロールを呼ぶ。
「P1! お前が何とかしてくれ!」
「……ピーワン? 何ですかそれは?」
食品工場でも、同じような事を妹に言われたが、あの時は彼女の感情があまりにも高ぶっていたせいで、寄生しているP1でも意識を乗っ取れなかったという事だった。
しかし今の妹は、激しく怒っているのでもなく、あの時のように感情を高ぶらせている訳ではないはずだが…………。
と考えていてオレはハっとなる。
「ショウビ! お前、パンツも履いてないのか!」
「そうです、兄さん…………つい、うっかりして……」
「いや、お前、どんなにうっかりしても、パンツくらい履くだろ!」
自分の家でなら、女の子でもブラジャーを付けないなんて事はよくあるが、パンツを履かないって事は絶対にあり得ない。
「パンツも履かずに髪を乾かすなんて、どういう事だよ、ショウビ!」
「……そんなに怒らないでください、兄さん。次からは気を付けますから…………」
そう言いながら、ショウビの身体がゆるやかに動き、幼馴染のスイショウよりも引き締まったしなやかな弾力に、意識がとろけそうになって、歯を食いしばるオレ。
妹のほてった身体から伝わる体温と体臭は、食品工場の冷凍室で寒さに震えていた幼馴染の少女よりも官能的で、思わずオレも身体が熱くなって息も荒くなる。
「……ショウビ…………このままじゃ絶対にマズい……」
「あら、兄さん……何がマズいのですか?」
そう尋ねる妹の体温もさっきより上がっているみたいで、体臭もより濃くなって、その呼吸もオレと同じように、だんだん荒くなっていく。
暗闇の中で、ゆっくりとしなるショウビの身体の弾力と、体温と、体臭と、呼吸が重なって、オレは自分の身体の中が沸騰したように感じる。
けれど妹の身体をどかそうとして、その肌に触れてしまったら、自分の理性が飛んでしまうのは確実だ。
だからオレは必死に我慢して、うめくように言葉をしぼり出す。
「…………お願いだ、ショウビ……いい加減に身体を離してくれ…………」
「もう少し待ってください、兄さん……じきに私のめまいも治るはずですから…………ところで、いま気が付いたんですが、兄さん…………私のお腹の下の方に当たる、硬いものはなんですか?」
「ぐ…………そ、それは……テレビのリモコンだ…………」
「まあ、兄さん……ジャージのズボンの中に、リモコンなんて入れていたんですね…………でも、さっきまで、ぜんぜん気が付きませんでした…………なぜでしょう?」
「……お、お前は風呂でのぼせているんだろ……き、きっと、それで気が付かなかったんだ…………」
「ああ…………そうかもしれませんね……だけど、こんなところにリモコンを入れていたら…………お腹に当たって痛くないですか?」
「い、いや、そんな事は…………って、ダメだ、ショウビ! ……そのリモコンには触るな!」
「え? なぜですか、兄さん? ……このリモコンは、リビングにあるテレビのリモコンですよね? …………だったら、家族の誰が触っても、問題ないでしょう?」
「そ、そうだが! …………く、くそ! ……そんなふうに触るんじゃない!」
「そんなふうにって、兄さん…………私がこのリモコンを、どんなふうに触っているのか……なぜ兄さんが分かるのですか?」
「む…………な、何となく、分かるんだ! ……ぐ…………ちょ、ちょっと待て!」
「待てって、兄さん…………私はリモコンを触っているだけですよ? ……どうして、それを止めるのですか?」
ヤバい。
このままでは、オレは絶対にショウビを襲ってしまう。
いくら血がつながっていないとはいえ、妹にそんな事をしてしまったら、彼女が傷付いてしまうし、父と母にも申し開きができない。
それでオレは、イチかバチか、暗闇の中で、ショウビの身体をつかんで引きはがし、床に押し付けながら自分が上になる。
それからバスルームを飛び出して、玄関のブレーカーを戻して電気を使えるようにして、二階に駆け上がって自分の部屋に閉じこもれば、この危機から逃れられるはずだ。
だがオレは、自分の手で妹のなめらかな肌に触れてしまった事で、ギリギリ保っていた正気を失う。
こうなってしまうと、もう自分を止める事なんてできない。
獣と同じだ。
ところがその瞬間、何かがビタっとオレの顔に貼り付く。
「!」
「兄さん?」
その何かは、どう引っ張ってもはがせず、口と鼻をふさがれて、息ができなくなったオレは必死にもがく。
「…………! ……………………!」
ショウビもオレの異常に気が付くが、暗闇の中で状況が分からず、オレを助ける事ができない。
「どうしたんですか、兄さん? 兄さん!」
そしてオレは、それからしばらく抵抗を続けるものの、やがて意識を失ってしまう。
…………それから、どのくらいの時間が経っただろうか……。
目を開けると、明かりが点いたバスルームで、ジャージを着た妹が、心配そうにオレをのぞき込んでいた。
「大丈夫、お兄たん?」
オレはメガネを直しながら、上半身を起こす。
「…………お前……P1だな…………何がどうなったんだ?」
「アタシがビキニ本体のまま、お兄たんの顔に貼り付いて窒息させて、止めたんだよぉ! その後で、お兄たんの妹も窒息させて動けなくしてから、下半身に寄生したのぉ!」
「……オレの顔に貼り付いたのは、お前の本体だったのか…………でも、そんな事ができるのなら、最初にお前を呼んだ時に、すぐに妹に寄生してほしかったぞ……」
「…………えーとぉ……あの状況に割り込むのは、悪いかなあって思ったのぉ…………お兄たんを止めるのも、けっこう迷ったんだよぉ……」
「何で迷うんだよ? オレが妹を襲ったら、彼女も傷付くし、父も母も悲しむじゃないか!」
「……うぅ…………お兄たんの両親がどう思うかは、分からないけどぉ……お兄たんの妹は、そうなるのを望んでいるみたいだったからぁ…………」
「え? 何でショウビが、そんな事を望むんだ?」
「あれぇ、お兄たん? お兄たんの妹は、お兄たんの事が好きなんじゃないのぉ? それで自分だけ夕食の後でお風呂に入ろうとして、柔道の稽古を見学してぇ、精の付くものをお兄たんに食べさせてから、ドライヤーをショートさせたんでしょお?」
「はぁ? …………お前、地球のアニメの見過ぎじゃないか? ……妹が兄を好きになるなんて、現実世界である訳ないだろ?」
「ふよぉ? じゃあ、お兄たんの妹は、お兄たんの硬くなったあそこを、何であんなにしつこく触っていたのぉ?」
「あ、あれは、テレビのリモコンだって言っただろ! そ、それでショウビも、オレがズボンの中にリモコンなんか入れていたのが不思議で、つ、つい触ってしまったんだよ!」
「……そうなのかぁ? …………うーん……地球人の考えている事は、アタシにはよく分からないよぉ……」
P1は何やら納得がいかないみたいだが、とにかく、もう少しで妹を襲ってしまうところだった危機を、何とか回避できて良かった……。
しかしこんな事が二度とないように、オレ自身がもっと気を付けなければ…………。