第一章 妹のショウビと、幼馴染のスイショウ
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この「ねこ」の正体は、第十九章で明かされます!
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オレの妹のショウビ(薔薇)は、日本刀のように美しい。
その身体は刃物のようになめらかで、彼女の深く透き通った鋭い目で見つめられると、触れたら本当に自分の手が切れてしまうのではないかと錯覚しそうになる。
そんなショウビが中学生になって、オレと同じ学校に通い始めたら、クラスメイトたちが、
「お前の妹って、何だか近寄りがたくないか?」
と聞いてきたが、オレはもちろんそれを否定した。
彼女は容姿こそ人並み外れて端麗だが、中身はどこにでもいる普通の女の子だからだ。
その証拠に、ショウビは毎朝、制服に着替えて自分の部屋から出てくると、必ず身体のどこかに何かをくっ付けている。
それはノートの切れ端や、糸くずや、窓から入り込んだ木の葉といったものだ。
だから彼女は、オレがメガネをかけて自分の部屋から出ると、その前でクルっと回る。
そしてオレがショウビの身体に付いている何かを取って、彼女の手のひらの上に乗せると、澄んだ冷たい声でつぶやく。
「…………ありがとう。兄さん」
六年前にオレの父親が再婚して、ショウビが初めてこの家に来た日の翌朝に、彼女の身体に付いていた飴玉の袋を取った時から、そのやり取りはずっと変わっていない。
オレはそんな日常が、いつまでも続くと思い込んでいた。
だがそれは何の前触れもなく崩壊する。
ある日の朝、いつものようにオレが部屋から出ると、ショウビがいきなりオレに抱き付いてきて、アニメキャラみたいなしゃべり方で挨拶してきたのだ。
「おはよぉ、お兄たん!」
それを聞いた瞬間にオレの全身に鳥肌が立った。
そもそも彼女は、初めて会った小学一年生の時から大人びていて、アニメキャラのまねなどした事もなかったのだ。
中学生にもなったショウビが、そんなしゃべり方をしながら、抱き付いてくるなんて絶対にあり得ない。
どう考えても、そいつは偽物だ。
そう思ったオレは、その妹にそっくりな誰かの身体を引っぱって部屋に連れ込み、タンスから出した布をその口に突っ込みつつ、ベッドに押し倒して毛布でグルグル巻きにした。
よく見るとその布は、オレの下着のトランクスだったが、どうせそいつは偽物だから構わない。
しかしそいつからは何としてでも、本物の妹の居場所を聞き出す必要がある。
オレたちの両親は早朝から仕事に出かけているから、家の中には誰もいないが、ショウビにそっくりな声で騒がれて、近所の人たちに変に思われるのは避けたい。
それでオレは、かけていたメガネの位置を直すと、そいつの目を見ながら低い声を出す。
「お前の口に入れた布を引き抜いたら、オレの本物の妹がどこか、小さい声で答えろ。もしも大声を出したら、再び口をふさいで、お前の鼻の穴にオレのよだれを流し込む。分かったら三回まばたきしろ」
ちなみに鼻の穴によだれを流し込むという拷問は、オレたちの母親が考えたものだ。
家族以外の者にその拷問の効果があるのか分からないが、鼻の穴にずっと残る臭さを想像したら、そいつも反抗はできないだろう。
そう思って見ていると、妹の偽物は素直に三回まばたきしたので、オレはトランクスを引き抜く。
するとそいつは涙目になって震える声で懇願する。
「アタシはお兄たんの本物の妹だよぉ……。信じてよ、お兄たん…………」
「……オレの妹は、そんなアニメキャラみたいなしゃべり方はしない。もう一度だけチャンスをやる。正直に答えろ」
「ウソじゃないよぉ、アタシは本物のショウビだよぉ……」
「仕方がない…………」
オレは再びトランクスをそいつの口に突っ込むと、もがくそいつの鼻の穴に、よだれを流し込もうと顔を近付ける。
ところがその時、コツコツとガラスをたたく音が響く。
顔を上げると、窓の外のベランダに、隣の家に住む幼馴染の少女が立っていた。
その少女の名前はスイショウ(水晶)
ここは二階だが、オレの部屋とその少女の部屋は向かい合っていて、密集した都会の住宅のベランダは三十センチも離れていないので、その少女は時々、手すりを越えてやって来るのだ。
もちろん男のオレが同じ事をすると通報されるので、そんな事はスイショウしかしない。
その少女はオレたちと同じ学校に通っているから、妹と同じ制服を着ているが、胸のリボンの色は違う。
一年生のショウビは赤く、オレと同じ二年生のスイショウは青い。
それはさておき、いつ見てもスイショウは、夜空に輝く小さな星のように可憐だ。
その少女はやせすぎている訳でもないのに、静かで穏やかな物腰と、無垢で清楚な顔立ちから、まるで妖精のような、はかない存在に見える。
そんなスイショウの事はショウビも大好きで、オレとその少女がいっしょにいる時は、妹も必ずその間に入ってきて、
「ショウビちゃん、いつもキレイでお人形さんみたいね」
と言われて、なでまわされるのが日課になっている。
ショウビは素直じゃないので、スイショウになでられると眉間にしわを寄せて、猫が怒ったようにフーフーと息をもらすが、オレの反対側に逃げたりはしないから、その少女の事が大好きなのは間違いない。
それで、妹からも愛されているその少女を、ずっとベランダに立たせておきたくなんかなかったし、偽ショウビの口を割らせるのも手伝ってほしかったので、オレは窓のカギを外す。
けれどスイショウは窓を開けてオレの部屋に入るなり、信じられない言葉を発する。
「ニャンで自分の妹に、こんニャ酷い事をするのニャ! 早く解放するニャ!」
オレはそれを聞いた瞬間に、自分の頭が爆発して、かけていたメガネが割れるかと思った。
そもそもその少女は、まじめでテレビも見ずマンガも読まず、スマホどころか携帯もパソコンも持っていないのだ。
そんなスイショウが、語尾にニャアなんて付けてしゃべるとか絶対にあり得ない。
どう考えても、そいつは偽物だ。
そう思ったオレは、その少女に化けている誰かの身体をつかんで、オレのベッドの、毛布でグルグル巻きにした偽ショウビの横に、ズバンと投げ飛ばす。
もちろん普段ならスイショウに対して、そんな乱暴なマネは絶対にしないが、どうせそいつは本物じゃないから構わない。
そしてオレは、その偽スイショウの襟首をつかんだまま問いただす。
「お前らは何者だ? オレの妹と、オレの幼馴染を、どこへやった?」
「ダイチ、苦しいニャ」
「何でオレの名前がダイチ(大地)だと知っている?」
「ダイチは、わたしが生まれた時からお隣ニャンだから、名前を知らニャい訳がないニャ」
と、偽スイショウはもっともらしい事を言うが、そもそもそいつが本物の幼馴染なら、オレの事をダイチとは呼ばない。
いつもならダイちゃんと呼ぶのだ。
それでオレは、これ以上は話してもムダだと思い、タンスからもう一枚布を引っぱり出して、偽スイショウの口に突っ込もうとする。
ところがその時、何か大きなものが崩れるようなゴゴゴゴという轟音が響いて、窓ガラスがビリビリと震えだす。
「何だ?」
「いけないニャ! わたしたちを、すぐに開放するニャ! でニャいと……」
次の瞬間、大地震が起こったかのように家がドーンと大きく揺れて、オレはふっ飛ばされる。
「うわっ!」
オレの部屋はシンプルで家具は少ないが、運悪くふっ飛ばされたところの本棚が倒れて、オレはその下敷きになってしまう。
「痛ててて」
そしてオレが本棚と崩れた本の下でもがいている隙に、自由になった偽スイショウは、オレのトランクスを口に突っ込まれて毛布でグルグル巻きにされている偽ショウビを開放する。
オレは片方の手でメガネを直し、もう片方の手で本をかき分けながら、
「おい! 待て!」
と叫ぶが、二人はメチャクチャになった部屋の中を器用に抜けて、ドアから廊下へと消える。
「くそ!」
しばらくして本棚の下から這い出したオレが、身体のあちこちが痛むのを我慢しながらあちこち探しても、家の中に二人の姿はない。
それで玄関から外に出ると、目の前に信じられない光景が広がっていた。
ドリルをいくつも付けた、二階建ての家よりも大きな機械が、街を破壊していたのだ。
オレの家の前は、ちょうど学校の通学路だったので、多くの生徒がその機械から離れようと逃げまどっている。
さらにトゲのようなものが、その機械から撃ち出されて、街のあちこちで爆発が起こり、ほこりが舞って目が開けづらい。
だがその時のオレは、巨大な機械や破壊されていく街なんて、気にしていられなかった。
なぜならそんな状況であるにも関わらず、オレの妹と幼馴染の偽物が、爆風でスカートがめくれた女子生徒たちのパンツに、二人そろって水鉄砲で液体をかけていたのだから。