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空の前の静けさ

 深夜の学校には明りが灯っていた。案の定、人がここに集まってきているらしい。

 丁度下校時刻だったし、しょうがない。

 まだ学校に残っていた人もたくさんいただろうし。

 昇降口のドアが1つ開いていたので、そこから入って明かりのついている職員室に向かう。

「すみませーん」

 彼が扉を開けて声を掛けると、中に居た先生が来て対応してくれた。

 先生の話を要約すれば、学校に残っていた生徒は殆ど全員残っていて、また、生徒以外の一般人も体育館に避難している、との事。

 適当に空きのある教室で寝てくれ、ということで、ブランケット2枚を手渡された。

 そして、先生は何かの用事で来たらしい他の生徒の対応に回ってしまったので、私たちは有難く放任されることにした。

「空いてる教室、ってもなあ……俺はうるさくても寝られる性質だけど」

 彼は教室を覗きながら、それでも最初から見当をつけているらしく、どんどん人気のない方に向かう。

 うるさいと眠れない性質の私の為だろう。

 実験室、自習室、図書室……いろんな部屋を通り越していって、最終的に社会科の資料室に落ち着いた。

「ちょっと狭いけどしょうがないよな」

「私は狭い方が好き」

 3畳あるかないか、ぐらいの狭さの床に、そこらへんに積んであった空きダンボールを敷いて寝っ転がる。

「……眠れないよなあ」

 彼は寝付けないらしい。遠足前の小学生みたいだ。

「これも気になるし」

 彼がポケットから取り出したのは、マンホールの中で拾った機械。

「なんにしても、明日にしようよ。どうせ暗かったらよく見えないし」

 一方、私はというと、もう眠い。

 今日は色々な事が沢山あって疲れたから、もう眠りたい。そして明日に備えて体力を回復したい。

「え、ええええ、寝ちゃうの!?眠れるの!?」

「お休み」

 彼は暫く何か言ってたけれど、無視してブランケットに包まってたら、その内諦めて静かにしてくれたから眠れた。




 朝になったらしい。遮光カーテンの隙間から光が漏れて、部屋を薄明るくしている。

 棚の上にあった時計を見たら、11時34分だった。

 寝る前も11時34分だった気がして1分以上眺めてたけれど、針は動かなかった。案の定、止まっているらしい。

 結局寝てしまったらしい彼の腕を拝借して、その手首についている時計を見た。

 現在6時4分。

 珍しく、早くに目が覚めてしまったらしい。

 時刻を確認すると、緩い眠気が欠伸になって出てくる。

 でも、二度寝する気にはなれなかった。ダンボールの寝床はあんまり寝心地が良くないし。

 かといって、彼を起こすのも忍びない。なんとなく、教室の外に出る気にもならなかった。

 仕方なく、彼の頭の側に置いてある昨日の機械を手に取った。

 マンホールの中で空の発する僅かな光で見た時と、大分印象が違った。

 思ったよりそれは柔らかい印象だった。金属のようで金属みたいに冷たくない、つるりとしたボディに、しなやかなコード。こういうデザインの機械は私達の身近にはあんまり無い。もっと硬くて冷たくて、或いは熱くて、そして重いものばかりだ。

 ひとしきり眺めてから、画面に触れる。

 ……昨日は触れば反応したんだけれど、画面が消えて以来、ずっと点かないままだ。

 やっぱり、血、なんだろうか。

 指先からそっと絆創膏を剥がすと、塞がった傷口と、血の染みたガーゼ面が現れる。

 血が付いて乾いたリボンとコードを軽く結んだだけでも反応したんだから、これでもいけるんじゃないだろうか。

 絆創膏のガーゼ面をコードに押し当てる。

 その瞬間、また頭に電流が走り、そして、機械の画面が明るくなった。

 やっぱり、これは血液に反応して点く、らしい。

 ……やっぱりこれ、医療機器、なんだろうか。


 読めない文字が並ぶ画面をつついたりなんだりして遊んでいたら、彼が起きた。

「おはよう……あ、点いてる」

「おはよう。やっぱりこれ、血に反応して点くみたい」

 彼に剥がした絆創膏を見せると、ちょっと安心したような顔になる。

 別に、私は彼じゃないんだから、機械の機動の為にわざわざ指を切ったりはしない。

「へえ……相変わらず読めないな、文字」

「ね」

 どんなに触ってみても、文字が読めないことに変わりは無かった。

 こればっかりはしょうがない、よね。


「あ、消えた」

 しばらくして、機械の画面はまた沈黙した。

 おそらく、起動からの時間経過で休止するんだろう。

「……もう一回立ち上げる?」

「いや、腹減ったから、先に食べ物の調達で」

 彼の時計を見せてもらうと、もう7時半を回っていた。

 他の生徒や先生の様子、外の様子も気になるし、朝食の調達がてら、学校を1周してくることにした。


 学校は全体的にざわめきたっていた。

 落ちてきた空……私達に還元された非日常は、生徒たちの話の種になり、先生たちの悩みの種になっているらしい。

 朝食はどこか外に買いに行くつもりだったけれど、学校に備蓄されていた非常食が配られたのでその必要は無くなった。

 私も彼も、食べるものにそこまでの頓着は無い。

 もちろん、美味しいものは好きだし、食べるなら美味しいに越したことはないけれど、乾パンを水道水で流し込むことに抵抗も不満も無い。

「まだ、空が山になってるな」

 屋上から見れば、市街地の真ん中に赤い山ができている。

 それを撤去する人や機械の姿もちらほら見える。

 あの山全部を溶かして退けるのに、一体どれぐらいの時間がかかるんだろうか。

「あのあたりだけ明るいね」

 そして、その空の山のあたりだけ明るく照らされていた。

 その光は空の欠片にきらきらと反射しているらしい。山が白っぽく見える。

「有害光線、だろ?」

 その光は、空に開いた穴から降り注いでいた。

「危険な光線だから近寄るな、浴びるな、って言ってたのは誰だよ」

 空の山の辺りに居る人たちは、当然のようにその光を浴びているけれど、抵抗はないんだろうか。

 このうちの何人が、『有害光線』のニュースの日に家から出たんだろう。

「どうせ、誰もそんなこと覚えちゃいなんだろうなあ」

 集めると紙が燃えるというその『有害光線』は、少なくとも遠くから見ている分には、ただ綺麗なだけだった。

 近くで見ても……近くで見た方が、空の欠片の1つ1つが輝いて、きっと、凄く綺麗だろう。

「ニュースではなんて言ってるんだろうな。アレの事」

 連日引っ張りだこの専門家たちが、見当はずれな事を言ってニュースを盛り上げているに違いない。

「あるいは、次にどこに空が落ちて来るかの予想合戦になってるかも」

 自分の上に落ちてこない分には、空はとても綺麗だ。

 そう、自分の上に落ちてこない分には。

 自分の上に空が今にも落ちてくるかもしれない、しかも、それをどうしようもない、となれば、藁にも縋る思いで専門家たちの予想を聞きたがる人がたくさん出て来るに違いない。

 たとえそれが、何の根拠も無いような予想だったとしても、それに合わせて動く人は後を絶たないだろう。

 あんなのが落ちてきたらどうしようもない。逃げようったって、マンホールと、マンホールに躊躇なく押し込んでくれる人でも居ない限り、あんなのから逃げられる訳がない。

 ……あ。

「ねえ、あの山の近くか、最初に空が落ちてきたところに行かない?」

 もう空が落ちてきたところには、2度は空は降らないだろうから。




「うん。やっぱりこっちの手薄さ加減」

 迷ったけれど、最初に空が落ちてきた方に来た。

 案の定というか、昨日降ってきた空の方に皆行ってしまっているらしく、こっちには人一人居なかった。

「そこらへん、座るか」

 研究員が使っていたのかもしれない屋外用の椅子に腰かけて、目の前の空を眺める。

「静かだね」

 ただ、『有害光線』が降り注いでいるだけ。

 おそらくとても騒がしくなってるだろうと思われる、昨日落ちた空の周りの逆。

 流れる時間はとても静かで、穏やかだった。

「……もしかしたら、ここで見つけたリボンの先についてたはずの機械、見つかるかもしれないな」

 彼が、そう言う事を言うまでは。


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