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住めば地上

 空の上に人が住んでいる……かもしれない。

 それは十分に面白すぎることだった。

『空を作った時の名残であって、人が住んでいる訳では無いのかもしれません』なんて、つまらないことを言う専門家に興味は無い。

 可能性があるなら、それに乗っかって面白がったっていいじゃない。

 むしろ、そうしないでどうしろっていうんだか。わざわざつまらない方に想像を働かせたってつまらない。


『話変わるけどさ、永久機関、ってあるじゃん』

 そして、彼との連絡は途切れず続く。

「え、あるの?」

『あ、いや、存在するって話じゃなくて』

 あ、びっくりした。私の知らない間に永久機関が発明されてたのかと思った。

 或いは、そういうオーパーツでもあるのかと。

 彼ならそういうのを知っててもおかしくないかな、って思えるし。

『で、空って、永久機関なんじゃないか、って一部で言われてて』

「作り変わっては降って、作り変わっては降って、ってあたりが?」

『そ。無人で永遠に動き続けてる、ってことでさ』

 ……あ、そういうこと。

 今までは『無人で』っていう前提があったから、そういう発想になってたんだろうけど。

「人が住んでるかもしれない以上、メンテナンスが行われてる可能性がある、って事だよね」

『そ。……つか、事実、空に穴が開いたこと自体が永久機関説の否定なんだろうけど』

 そう考えると、空は別に永久機関という夢の存在だったりする訳でも無く、誰かの手によって保たれてきたなにか、って考える方がよっぽどそれらしい。

 それに、その説でいけば、空の上に人が住んでる、っていう説の補強になるし。私達として見ればおもしろい遊び道具になるわけだ。

『で、さ。その、空の上に住んでいる人がメンテナンスをしているはずの空が落ちてきた、ってなったらさ。……なんかあったのかな』

「空の上で事故でもあったのかもね」

 2000年もずっと存在してきた空に突然穴が開く。

 空の上に人が住んでいるなら尚更、そこには何か明確な理由があるはずだ。

 だって空の上の彼らにとって、空は地面。

 空が無くなったらきっと彼らは生きていけないのだろうから。

『なんだろ。ああいう風に、でっかい塊で空が落ちて……いや、その前に、あんな分厚いものがすとん、と落ちてくるのがまずおかしいのかな……意図的に空に穴を開けた、って考えた方がまだ納得いくかも』

 厚さ20kmの空に穴を開けて。

 ……だとしたら、その目的は何だろう。

 2000年間ずっと、空を大地にして生活していた人たちが、空に穴を開ける理由。

「……もしかして、空の上の人たちは……地上に降りて来るつもりなのかな」


 そう口に出したら、彼が黙った。

 ……今、どんな顔してるんだろうか。

 滅茶苦茶に面白い顔してたら面白いなあ。こう、絶句、とか、唖然、とか、期待、とか、そういう風な言葉で表せないような。

『それ、滅茶苦茶面白いじゃん』

 そして、沈黙の後に吐き出された言葉は相当に喜色を含んだような声で。

『いいじゃん!そしたらさ、異文化コミュニケイションできるのかな……だよな。うん。元々同じ人類だったとしても2000年も隔絶されてたら異文化になってるに決まってるよな!大体技術はあっちの方が上だろうし……』

 ……元々同じ人類だったとしても。

 その言葉が、妙に引っかかった。

 なんで、同じ人類が、空と地上に分かれて生活することになったんだろう。

 技術も歴史も、全て空の上に持ち去って……彼らは何をするために私達を残していったんだろう。

 私達は、なんなのだろう。

『穴開けて、そこからどうやって降りて来るんだろうな。梯子とか階段とか、そういうアナロジカルな方法じゃないよな、多分。瞬間移動……できるなら穴開けないか。昇降機のもっと発展した形の何かとかかな。……スカイダイビングしてきたら笑えるな』

 それから、空。

 ……中学生の時に見た空よりも薄い色に見える、空。

 昔はもっと赤かったように思う。

 降ってくる空の色は変わらないから、空の色が変わってるんじゃなくて、その厚さが。

 だとしたら。

『あ、聞いてる?』

「うん、聞いてない」

『うん、まあ、別に良いんだけどさ、やっぱり空の上の人って飛べるように進化してたりするんかな』

 ……彼は彼で、私とは全然違う方向に思考を吹っ飛ばしてたらしい。

「2000年やそこらでそうそう形が変わるとは思えないけど」

『いや、そこはほら。サイボーグとか。あるじゃん』

 機械仕掛けの羽でも生やして?或いは足からジェット噴射?

 ……どっちにしろ面白そうだけども。

「あのさ。話変わるんだけど、なんで同じ人類が空とここに分かれて暮らすようになったんだと思う?」

『そりゃ、2000年前に人類の一部が突然変異して空飛ぶようになったからだろ』

 早速サイボーグ説を捨ててきたか。

『空白の数千年間の間に人類は2つに分かれたんだ、って考えればそこそこ妥当じゃね?』

「じゃあなんで、地上には技術も歴史も残らなかったの?」

『歴史はともかく、技術に関しては……上空に進出した人類が、進出してからそこで技術を高めていって空を作った、って考えれられるんじゃないか?』

 分かれたのは人類だけで、技術はその後から生まれたものだ、っていうのも、一応筋は通るけど、だとしてもその場合、空を生む技術が生まれるまで人類は何も無い空中に居た、という事になる。

 それって……可能なんだろうか。

 人類って(いや、進化した人類を人類の常識に当てはめちゃいけないかもしれないけど)住む土台無しに生きていけるものなんだろうか?

 それこそ本当に、そういう風に人類が進化したから?だとしたら、何故一部の人間だけが?

 ……そのあたりをまとめて彼にぶつけてみると、彼は彼の意見を返してきてくれる。

 で、彼の意見に私がまた反応する。

 私達は空を肴に、そんなやり取りを取り留めも無く続けた。

 暇は無味無臭の毒薬だから。その解毒の為だから、私たちの考えた空の上の人類像が、社会科の資料集に載ってた大昔のロボットアニメの大型ロボットみたいになっちゃっても、仕方ない。




 彼との連絡を終えて、遅い朝食……とはもう名乗れない、ブランチとも言えない……うん、昼食を食べる。

 適当に買ってきたパンを咀嚼していると、窓の外で、かしゃん、と、すっかりおなじみになった音がする。

 空を見上げると、赤い欠片が無数に降り始めた所だった。

 ……また、空に穴が開いたりするんだろうか。

 もしこのまま空が落ちてき続けたら、私たちは空に埋まってしまわないだろうか。

 いや、埋まるならまだしも、その前に潰れたらどうしようもないなあ。

 ……今の内にマンホールの中に避難しておこうかな。

 非常食と、懐中電灯と……何を用意すれば人は地下で生きていけるだろうか。

 ……そんなこと、本気でする気も無いのに、とりとめも無く考えてみる。

 地下で暮らし始めたら、まず明りをどうにかしなくては。私は地下で暮らしていけるように進化した訳じゃ無い。

 食料の供給も課題だ。とりあえずもやし育てておけば何とかなるかな。

 水は掘ってればその内水源に当たると思うけれど。

 そうだ。地下に行くとしたら、彼を連れて行こう。きっと楽しい。

 ……そこまでで妄想は止めにしておくけれど。

 こういう妄想は楽しい。退屈な日常が突如として壊れ、非日常の中で生きなくてはならなくなった時の妄想。

 ……それを現実にしたかったから、2000年前、人は空の上に旅立ったのだろうか。

 だとしたら、2000年前の人達も、平和な日常に飽いていたんだろうか。

 歴史は繰り返すらしい。

 つまり、そういうことなんだろうか。

 人は、飽きて、崩して、楽しんで、飽きて……っていう営みを延々と繰り返してるのかもしれない。

 ……彼に言ったらまた面白い反応が返ってくるだろうか。

 なんて、思ってにやついた所で、窓の外から、つい最近聞いた音が響く。

 巨大な音、人の悲鳴、そして、衝撃。

 揺れが収まるまで一人で床に丸くなって凌ぐ。

 ……また、空が落ちてきたらしい。


 外に出てみると、前に穴が開いた場所とは別の場所に、穴が開いているのが見えた。

 やっぱり、空の上に人は居ないのだろうか、なんて、空の向こう側の青色を眺めながら、寂しいことを考えてみた。




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