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空に交われば赤くなる

 逃げるようにやってきたファミレスの一角にドリンクバーだけ頼んで居座って、私たちは2本のリボンを見ていた。

 片方は彼が今日の茶番の為に持ってきた薄青色のリボン。ただし、私が拾った時に切った指の血が付いてしまったので、諦めてそのまま止血帯にしてしまった。なので部分的に赤い。

 そしてもう片方は、研究員らしい人が間違えて私達に渡した、空に染まった赤いリボン。元々の色が何色だったのかも良く分からない。

「なんで空の山にリボンがあったんだか」

「同じようにして中に入ろうとした不届き者がいたのかもね」

 赤いリボンをつまんで光に翳してみると、幾何学的な透かし模様が薄く浮かんだ。

 変わった模様だけど、綺麗な模様。みすぼらしい見た目になっちゃってるけど、元々はそこそこに立派なリボンだったんじゃないだろうか。

 生地の質感は空に塗れて良く分からないけれど、少し硬めで、今まで触ったことが無い感触だった。

「……さて。これって、マジで、リボン?」

「リボンに見えるけど」

 少なくとも、リボン状のものではある。

 しなやかで柔らかい、でもハリのある素材でできている、親指の太さ位の幅の、肩幅位の長さの、何か。

「あんなところにリボンが意味も無くあるかあ?」

「誰かが落としたんじゃないの?」

 彼のぼやきにそう答えたけれど、私自身、その考えを疑ってる。

 だって。

「どっちかっていうと、空と一緒に降ってきた、って考えた方が楽しくない?」

 ……そう考えた方が、面白いし。


「空の山に埋もれてたのが、空が溶けて表面に出てきた、って考えれば妥当だと思うんだよな。今日、風強かったから空も急に溶けただろうし」

 彼の言う通り、このリボンは空の山に少しばかり、埋もれていたのだ。

 多分、研究者っぽかったあの人は、崩れた空の破片で埋まったんだろう、位に思ったんだろうけど。

 ……けど、それ以外の可能性だってあるんじゃないかな。

「つまり、このリボンが空、あるいは空の上から空と一緒に降ってきた、って?」

「うん。そ」

 彼は2本のリボンを手で弄びながら満足げに頷いた。

「でも、なんでリボンが空にあったの?2000年前に空を作った人が間違えて空に混ぜちゃったとか?」

 ちょっと想像してみる。

 ……大きな型に赤い液体を注いで固めて空にしている所で、間違えて型にリボンを落としてしまう。そして空はそのまま固まって、空の中にリボンが残されたまま空が完成してしまう……みたいな。いや、空の作り方なんて分からないけど。

「空の設置の時に落としてそのままになってたとか、かな」

 まだそっちの方があり得る。別に、空の破片の山にやや埋もれ気味だったからと言って、空に埋もれてた訳じゃ無いし。降ってきて破片と一緒に処理される時に埋もれた可能性の方がよっぽど高い。

「或いは、空の上に誰か住んでたりして。で、このリボンは空の上に住んでる人の落とし物」

 きゅ、と、2本のリボンを結びながら彼がそう言った時、頭の内側で電気が走るみたいな軽いショックがあって、そのせいで飲んでたメロンソーダ吸い込んで、噎せた。

「……どした?大丈夫?」

 彼が顔を覗き込んでくるころには収まったけれど。

「大丈夫」

 炭酸が気管に入ると他の飲み物より辛い。2杯目は炭酸じゃないのにしよう。

「ならいいけど」

 結んだリボンを解いて、彼は続ける。

「空は2000年もあったわけで、今だってほんの一部分が落ちてきただけで、大半はまだある訳だろ?だったら、その上に人が住んでてもおかしくないよな、って思うんだよ。ほら、建物の2階、3階、みたいに」

 想像してみる。私達の住んでいる所が1階で、赤い空の上に人が住んでいる2階があって、更にその上に、時間ごとに色を変える不思議な……空の向こう側の、3階があって。

 そんなかんじになってるとしたら、素敵……なのかな。うーん。やっぱり微妙な気がしてくる。

「そうするとさ、2000年より前の歴史が全然残ってないのも納得いくんだよなあ。ほら、それまでここに居た人達が全員空の上に移住しちゃったりしたらさ、そうならないか?」

「じゃあ私達は一体なんなのよ」

 つっこむと、彼は「そうだよなあ」、と悩みはじめる。

 ……だって、全員人が空の上に移住しちゃったら、私たちは一体何なのよ、ってなる。

 私達の祖先が居なきゃ、私達が居る訳無いし、私たちの祖先が居れば、きっと歴史は伝わってるんだから。

「いや、でも、空の上に人が住んでる説は」

「今回空の一部が降ってきた時に建物の1つや2つでも降ってくればそれもアリだったと思うけど、リボン1本だけじゃあちょっと」

「空の上にも過疎地帯とかあるかもしれねーじゃん……」

 コップの底に残った水をストローでずるずる吸いながら、彼は窓の外を眺めた。

「……空の上に人が居るとしたら、今回の空の穴あき騒動って、その人たちにとっても予期せぬ空の崩壊だったりするのかな。今頃大パニックなのかな」

「……ねえ、2000年前の技術教の敬虔な信者である君はどこにいっちゃったの」

 ついこの間、空に穴が開いたのは予定されたことだったんだ!とか言ってたくせに、何言ってるんだか。

「いや、なんか、空の上に人が住んでる教に宗旨替えしようかな、って」

 確かに、そっちの方が楽しいかもしれないけど。

「あ、いやでもそれに、空の上に住もうとするにしても滅茶苦茶な技術が必要だろうから、やっぱり宗旨替えしなくてもいいじゃん。というか、空を作って、その上に住むってだけで十分技術すごいじゃん。よかったー。……あ、ちょっと飲み物取ってくる」

 勝手に納得して勝手に満足して、彼はコップをもって席を立った。

 ……彼が居なくなって急に静かになった席で、リボンを眺めながらメロンソーダをちびちび飲む。今度は噎せないように。


 そのままファミレスに2時間位居座り続けてから解散することにした。

「ところで、リボン、どうする?」

 片方は彼の物だけれど、私の血で汚してしまった。もう片方はどちらのものでも無い。

「あー……リボンだし、お前持っててよ」

「分かった」

 結局は、まあそうなった。妥当だと思う。

「明日も休校かな」

「どうだろうな。明日も休校だったらまた暇潰そうぜ」

 そんな会話をしながら駅で別れる。

 私の鞄には、リボンが2本。

 ……そういえば、彼から何かを貰うのはこれが初めてかもしれない。

 汽車の窓から見える空の向こう側は、薄く灰色がかった優しい青色だった。




 次の日。

 やっぱり休校になった。それを見越してしっかり寝坊した私に死角は無い。

 でも、こんなに休校になって大丈夫なんだろうか。授業日数足りなくなって夏休みに補習になるのは勘弁してもらいたいんだけどな。

 有害光線を浴びても平気だった人がここに居ますよ、って声を大にして言いたい。

 やっぱり何もする事が無いのは退屈だし、窮屈だし。


『おはよう。ニュース見た?』

 そして、ここにも有害光線を浴びて平気だった人が居ますよ、って、声を大にして言いたい。

「まだ。朝ごはんもまだだし。今起きたとこ」

『休校って決定してなかったのに寝坊かあ……じゃなくて、すぐニュース、見てみ?面白いことになってるから』

 うきうきとした彼の声からして、悪いことじゃないんだろうな、と思いながらニュースを見る。

『……り返しお伝えします。先ほど行われた空研究委員会の記者会見におきまして、空の大規模落下地点からオーパーツらしきものが数点見つかったことが発表されました』

 そのままニュースを見ていると、発見されたオーパーツについて、もっと詳しく説明されていた。

 仕組みも何も分からないけれど、とりあえず言える事は、それが『生活の痕跡』だ、ということで。

『……な?面白いことになってるだろ?』

 彼は今、間違いなく自慢げな顔をしているんだろう。


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