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空も積もれば山となる

『馬鹿だろ!光集めたら発火するに決まってんじゃん!馬鹿だろ!』

 ……私達が普段使ってる光が偶々、集めてもそんなに熱にならない光だってだけで、光を集めて紙が燃える程度、そこまで不思議な事じゃない、らしい。

 そういえば電球はずっとつけてるとほかほかしてくる。

 ……彼に言わせるとそれも微妙に違うらしいんだけど、まあいいや。

『で、なんでそういうアホな自称専門家の言葉にマスコミも学校も踊らされちゃうのか俺には理解できねえ!せめて空の向こう側の光浴びて死んだラットの1匹2匹程度連れて来いってんだ!』

「それは分かる」

『大体なー、レンズで光集めたっつっても、どのぐらいのサイズのレンズで集めたかにもよって変わってくるし!どでかいレンズで集めてたりしたら詐欺もいいとこだっつの!』

 さっきから彼はずっとこんな調子だ。

 私には分からない話になってたりするけれど、他に面白いことも無いしつきあう。

 ……毎日毎日おんなじことの繰り返しみたいなことやってる中で、いきなり空に穴が開いて。

 彼も、それから私も、空の向こう側にすっかり夢中だったのだ。

 空に穴が開くことで私達の日常の、のっぺりと聳えていた壁にも穴が開いたのだ。

 ニュースの様子を見る限り、それは私達だけじゃないんだろう。

 ……彼に言わせれば、『この2000年間に人類は皆飽きてるんだと思う』だ。

 ずっと飽きてる。

 それは私達だけじゃなくて、今に始まった事でも無いんだ、って。

 2000年より前の人達は、こんなふうに思ったんだろうか。

 空の向こう側は凄く綺麗だし、私たちは凄く夢中になってるけど、あれを当たり前に見ていた人たちは、空の向こう側にすら飽きてたんだろうか。

 ……飽きたから、空に穴を開けたんだろうか。

『……って、聞いてる?』

「うん。聞いてなかった。何?」

『いや、暇だから外に出ませんか、って』

 彼は別に怒るでも無くそう提案してきた。まあ、彼も私も壁に向かって話しかけてても気にせず話し続けて一人ですっきりできるタイプだし。聞いてくれて、反応してくれる人が居れば尚よし、ってだけで。

「うん、いいよ。暇だし」

 ニュースでは空の向こう側から降り注ぐ有害光線が、とか言ってるけど、そんなこと気にして一日中家に篭ってるなんて嫌だし。

『じゃあ、こないだと同じとこで』

「はーい」

 彼との連絡も終わって、早速出かける準備に入る。

 窓から見る空は今日も赤い。




「案外、人居るね」

「そりゃ、俺達みたいなモラトリアム人間だけじゃないからなあ」

 恐らく、有害光線とやらが降り注いでいる位じゃどうにもならない用事がある人がいっぱいいるんだろう。きっと。

 私達はまだ学生だからこうやって休校になっちゃうけど、社会人ならきっとそうもいかないんだろうし。

 ちょっと強めな風の中を忙しなく通り過ぎていく人たちを横目に、私達ものんびり歩き出す。

 行く先はこの間と同じ。空の穴の下だ。


 流石に空の穴の下まで行くと、人は居なかった。

 こんな所に来るような暇人は大抵有害光線が嫌なんだろうし、有害光線に構ってられない人たちは暇じゃないんだろう。

 そして、人は居なかったけれど、相変わらずキープ・アウトのテープが張ってあった。

「で、どうするの?ここまで来たからには何かあるんでしょ?」

 ここでまた帰りましょう、なんてやるつもりで彼が来るわけがない。

「ん。ここでこれを使います」

 彼が取り出したのは……およそ、彼に似つかわしくない、薄青色のリボンだった。

「……どうしたの、それ」

 彼の事だから、わざわざ買うなんてことをしたはずがない。

「貰い物の菓子折りについてた奴持ってきた」

 実に彼らしくて安心した。

 そんな出自のリボンの割に、ちゃんとアイロンが掛かってたりして、そこそこ立派に見える。

「で、これをまずこうして……あ、ちょっと動くな動くな」

 そして、それを私の髪の一房に結ぼうとしてくるけれど……彼は、器用な方じゃない。

「貸して。とりあえず結べばいいの?」

 あまりにもたもたするから見かねて、私が結ぶ。

「おー。女子ってこういうのやっぱ上手いのな」

「で、これでどうするの?」

 変に感心してくるから、せっついて話を進めさせる。

 じゃないとこのまま延々とリボンの結び目を観察されるかもしれないし。

「ん。じゃ、綺麗に結べたところ申し訳ないけど、こうします」

 彼はリボンの結び目からそっと、私の髪を引き抜いてから、そのリボンの結び目を解いた。

「そうすると、さっきまで女子の髪に結んであったっぽいリボンができます」

 ……やりたいことはなんとなく分かったけど。

 だったら、別にわざわざ一旦私の髪に結ばなくたって良かったんじゃないかな。

「そして、風向きに合わせて陣取り、高く手を掲げて、風が強く吹いた瞬間を狙って、手を離します!」

「で、中に入る口実ができた、と」

 彼の手を離れたリボンはひらひらと風に流されて、上手い具合にキープ・アウトのテープの内側に入り込んだ。

「よし。じゃあ早速」

 そして、躊躇うことなく彼はそのテープを跨いで中に入る。

 私も彼を追って、テープを潜って中に入……あ、テープの粘着面に髪がくっついた。ああ、もう!


「ごめん。まさか髪の一大事だったとは知らず」

 粘着テープに張り付いた髪を剥がす私を待たずに行ってしまった彼を走って追いかけて、憎まれ口の1つも叩いてやれば、私を置いて行ってしまった事よりも先に髪について心配された。実に彼らしくて安心する。まったく。

「それはもういいけど、何か見つかった?」

「うん。空の山が沢山」

 確かに、降ってきた空があちこちに山になって積まれている。溶けてきてるから、水溜りも沢山。

「……他には」

「ま、何かあったらもう研究者が発見してるよなあ、多分」

 ……立ち入り禁止を破ってまでここに来たっていうのに、収穫らしい収穫が無い、となると、がっかりする。

 現実なんてそんなものかもしれないけれど。

「けど、こんなにでかい空の塊、初めて見た」

 彼が指さす先に、空の……いつも降ってるような、薄くて小さな奴じゃなくて、ごろん、ってしてる大きい奴があった。

 山の中に埋もれるように。地面に半分埋もれながら。或いは、そこら辺に捨て置かれて。

「こうして見ると、空って綺麗だよね」

 もう本当に小さく、ぼんやりとしか光らないけれど、確かにそれは光を発して、空の一部だったことを主張していた。

 その表面に指を滑らせると、溶けかけて濡れた感触の下に、空特有のすべすべとした感触が伝わってくる。

 赤い表面が濡れてつやつや光って、宝石みたい。

 調子に乗って、つるり、と全体を撫ぜてみた時、指先に違和感。

「……あ」

 手を空の塊から離して観察すると、指に一条、赤い線が走って、そこから空によく似た色が滲んでいた。

「……指、切った」

「は!?なんで!?」

「空で」

 普通降ってくる空は、薄くて軽くて脆い。

 だから忘れがちだけれど、それでも空は硬いのだ。

 こんな塊になっていたら、その鋭く割れた部分で切り傷の1つ2つ、簡単に作れてしまう程度には。

「え、どうしよ。結構すっぱりいってる?」

 一向に止まらない血に、彼がおろおろし始めた。

「うん。絆創膏とか」

「俺が持ってると思った!?」

 ううん、全然思ってない。

 とりあえずティッシュかなんかで押さえて、と、ポケットを漁る彼をぼんやり眺めていたら、ふと、彼の後ろから現れた人影と目が合った。

「ここで何をしている!」

 彼の顔が、『あ、やべ』とでもいうような表情を作って、一瞬で営業スマイル……というか、なんか情けないかんじのへにゃ、ってした顔に変わった。

「すみません、ここらへんにリボン、落ちてませんでしたか?」

 此処の調査員らしい人の質問に答えるような、はぐらかすような答え方をして彼がへにゃ、とした顔を向けると、調査員の人は胡散臭げにこっちを観察する。

 その観察眼は空の研究に向けて欲しいな。

「こいつの髪に結んでた奴が風で飛ばされてこっちに入っちゃったみたいなんですけど……」

 彼がその視線を遮るように言葉を続けると、その人はちょっと歩いて行って、空の山から何かを引き抜いて持ってきた。

「ほら、リボン。持ってさっさと帰れ。ここは立ち入り禁止なんだぞ?分かってるのか」

 彼は押し付けられたリボンを見て何か言いかけて、それからすぐ笑顔を作ってお礼を言った。

 私も合わせてにこにこしながら頭を下げて、彼と一緒に退散する。

「……持って帰れ、って、言ったもんな」

「うん。言った」

「返せって言われるまで気づかなくてもいいよな」

「いいと思う」

 ……調査員が見ていない事を確認してから、落とした薄い青色のリボンを回収して、私たちは逃げるように帰った。


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