空、急を告げる
「……発掘、するの」
「空が溶けて、山の表面に出てきてるかもしれないし」
そう言って立ち上がり、彼は空の山を1つ1つ見ていく作業に取り掛かり始めた。
……折角だし、私も付き合おう。
「あっちだっけ」
そして、私たちはここで見つけたリボン……コードの、先に繋がっていたはずの機械を探しに来た。
コードだけは山に半分埋もれていたんだから、機械が山に埋もれててもおかしくは無い、と思ったんだけれど。
「同じような山、いくらでもあるからなあ……」
どの山からあのコードが見つかったのか、正直覚えてない。
だって、似たような形の、同じ色、同じ素材の山が沢山あるんだから、しょうがないと思う。
「……とりあえず、片っ端から眺めて行って、それっぽいのがあったら……ってことで、掘り返さなくてもいい?」
どう考えても、コードが千切れていた以上は機械の方も無事だとは思えないし、だとしたら発掘する程でも無いと思う。それに、もうここの研究者たちに発見されてる可能性も在るし。
「……んー、ま、いっか。どうせ落ちててもぶっ壊れてるんだし、ま、暇つぶしってことで」
……ということで、彼には発掘現場荒らしを諦めてもらった。
彼よりは私の方がまだ常識がある。それがいいんだか、悪いんだか。
「駄目だ、全然ない」
「もう発見されちゃってるのかもね」
それから1時間程度、空の山を見ていたけれど、それらしいものは何も見つからなかった。
残念半分、安心半分。
マンホールに落ちてきた機械は拾っても許される気がするけれど、こういう……公に立ち入り禁止を掲げているような所に来て物を拾うのは微妙に良心が咎めるラインを超えるかんじがして。
「ここで何をしているんだ!」
……案の定、研究員っぽい人に見とがめられた。
勿論、想定内。どうやって切り抜けるか、彼が考えて無いわけがない。
「だって、ここにいれば空、降ってこないじゃないですか!」
「……は?」
彼が、如何にも怯えたような顔を作って、切羽詰った声を出せば、研究員っぽい人は拍子抜けしたらしい。
「あんなに大きな空が降ってきたら逃げられる自信ないし、でもどこにいつ降ってくるかも分からないんでしょ?だったらもう既に空が降ってこない所に居るしかないじゃないですか!」
彼がまくしたてれば、その人は困ったような顔になっておろおろし始めた。
「酷いですよ、安全地帯をあなた達だけが独占するなんて!」
「いや、これは空の研究の為、つまりは空が落ちてこない方法を探す為の措置であって」
ご尤もです。その為にも是非研究を続けて欲しい。
「そんなこと言って、自分達だけ助かる気でしょう!」
しかし、興が乗ってしまったらしい彼が止まることも無く、私は暫く彼と、可哀相な研究員さんのやり取りをぼんやり見ていた。
「青い」
結局、彼は散々研究員さんと話して、色々な事を聞きだした挙句、「そうですか!じゃあ俺達帰ります!研究お疲れ様です!」の一言で会話を突然終わらせた。ああ、空の向こうの青い色が見える。
可哀相な研究員さん。この世界の為に、研究頑張ってください。
「アレも降ってくるかな」
彼がそんな事を言うけれど、刻一刻と色を変えるそれは空とは違ってもっと、軽くて柔らかい印象だ。降ってきてもふわふわするだけのような気がする。
「アレが降ってきたら袋に詰めて抱き枕にする」
「……確かに、ふかふかしそうだよなあ、あれ。色がさ、なんかこう、空とは違って、はっきりしないっていうか」
「固いかんじがしないよね」
食ったら美味いかな、と彼がどうしようもないことを言い始めたところで彼の時計を見れば、もう昼を回っていた。
「……戻る?」
ここは確かに、空が落ちてこない、安全な場所かもしれないけれど、ずっとここに居る訳にはいかない。
空が落ちてきて死ぬより先に、飢えて死にそうだし。
「とりあえず何か食おうか」
ここを離れて空に潰されて死ぬなら……もう諦めよう。
空に対して、私たちはあまりにも小さい。
何かしようとするだけ無駄なんだと思う。
学校に戻って、やっぱり配られた乾パンを水道水で流し込む食事を摂る。
社会科の資料室に戻って、彼と2人並んで乾パンを齧るだけ。味気ないとは思わない。私は結構乾パンが好き。
止まったままの時計、遮光カーテンの隙間から相変わらず漏れる光、隣で彼が乾パンを咀嚼する音。
朝と同じことの繰り返しのようで、でも朝と違う事があったとすれば、学校中が好奇と不安でざわめいていた事だった。
今も、ドアの向こうの廊下では、そこかしこで生徒たちが噂を囁き合っている。
噂をまとめると、大体『人類はついに滅びの時を迎えたのだ』と、そんなかんじのことになるらしい。
空が降ってきて、人類は皆死ぬんだと、そういう噂が流れている。
そういう噂を囁き合う生徒たちに絶望感は無い。
理由を付けるならば、なんかいつもと違う事が起きればいい、例えそれが滅びでもいい、何故なら、何をどう考えて噂していた所でどうせ何も変わらないから、と。そういう事になるんだろうか。
人類滅亡だって、もう娯楽でいいと思う。私達は2000年間同じことをやっていて、もう全員飽きているんだと、そう思う。そろそろ終わってもいいんじゃないかって、そう思う。
どこにいっても手詰まりで、どこにいっても壁があるようで、だから、空が壊れていくことに皆期待している。
その結果の、人類滅亡説なんだと思う。
思った。
生徒たちもそういう意味で、滅亡説を信仰し始めてるんだと思うし、それは間違いじゃない。
「そういえばさ、さっきの研究員の人、イザナギとイザナミが止まったっつってた」
けれど、それ以上に、人類は滅亡に直面していたらしかった。
「研究員さんのちょっとした悪戯っていう可能性は」
「あるけどなあ……」
ちょっとした悪戯、にしては、冗談が過ぎる、とも思う。
「……ん。よし。どうせ滅亡するなら心残りは無くしとこう」
彼はそんなことを言ったと思ったら、急にカッターで指先を切った。
あまりにも急で、咄嗟に頭が追い付かなかったけれど、彼が指先を例の機械のコードに押し当てるのを見て、納得した。これがやりたかったらしい。
「血で起動する機械とかカッコいい……」
彼のカッコいいの基準が今一つ分からないけれど、本人はとても楽しそうだからいいことにしておこう。
「……あれ、こんな画面だったっけ」
機械を弄っていた彼がふと、そんな声を上げるから、手元をのぞき込む。
確かに、機械の画面は今まで見た事が無い色合いに変わっていた。
相変わらず、そこに書いてある文字は読めないけれど。
「人によって違うんじゃないの?」
「あー、そうかも……あ、消えた」
そして、彼が再び機会を触り始める前に、画面が消えてしまった。
「……あ、時間切れか」
そして、彼は再びコードに指先を押し当てる。
けれど、その画面は……私が機動した時と、大差無い様に感じる。
「んー……?なんか法則性ありそうだけどなあ」
ぶつぶつ言いながら、彼は彼と機械の世界に入り込んでしまった。
暇になったので私は配られた乾パンの中に入っていた氷砂糖を貰って口の中で転がして待つ。
……人類が滅ぶ時、私はもう生きていないと思う。
私より若い人なんて幾らでもいるし、多分、私はそんなに長生きする方じゃないだろうし。
だから、私より後に死ぬ人が絶対居るはず。
考えてみる。いざ人類が滅ぶ時になって、最後まで生きのこってしまった人は、その時何を考えるだろうか。
その時には空はもう無くなって、上を見上げれば青い色でいっぱいになっているんだろうか。
……或いは。
私が、何かの間違いで最後まで生きのこってしまったとして。
……何も考えない気がしてきた。
何も考えずに、多分、彼と駄弁っているだけのような、そんな気が、というか……そういう希望を、なんとなく頭に浮かべてにやついてみた。




