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さがしもの  作者: 八七味
2/2

1日目

梅雨が明け、暑さが防波堤を越えてきた津波のように押し寄せてくるなか、その波から逃げるように僕は山にやってきた。

登山口の前で呆然と立ち尽くす僕を見て店長が

「なんだ、そんな鳩が豆鉄砲喰らったような顔して」

「だって店長......山篭りって言われてたのになんで観光客で溢れているんですか?!」

「馬鹿かお前は。お前みたいなやつを連れて人の入りが全くない山に行けるか!」

「えー、でも......」

「おまえ、山を舐めてんのか。そんなんだと熊に食われんぞ」

「熊!?」

「登山道なら人気が多いから大丈夫だと思うが、これから行くのは1本外れたところだからな」

「ちなみに、もしも熊と出会ってしまった時はどうすればいいの?テレビとかで背中を見せずにゆっくり逃げろとか見たけど」

「諦めろ。それか、神様にでもお願いしない」

「それじゃあ、出会ってしまったらデットエンド?」

「簡単に言えばそうだな。まぁ、余程の悪運の持ち主でもない限り大丈夫だろ」

「はっはっは、それもそうですね」


登山道に入り1時間、荷物の重さでバックのショルダーが肩に食い込み

痛みがではじめたころ、目的地にたどり着いた。

木々の合間にできた開けた土地で10分程度歩いたところに沢があり、微かだが水のせせらぎが聞こえる。

「ここをキャンプ地とする」

「はーい」

「何が、はーい、だ!返事はレンジャーだ」

「れ、レンジャー!」

「よろしい。では、ここにテントを張りたまえ」

「レンジャー」

「お、返事したな。それじゃぁ俺の分もよろしく」

「はめられた!?」

レンジャー部隊ごっこかと思いきや、まんまと騙された。

そして、店長は歩いてどこかに行ってしまった。

テントを張りながら耳を澄ますとヒグラシの悲しげな鳴き声が聞こえてきた。平地では夏の終わりを告げるセミだが、山では標高の影響で気温が少し低いため8月初旬でもヒグラシはいる。もちろんヒグラシ以外にもアブラゼミやクマゼミ、ミンミンゼミなどの他のセミもいるので、まさに山の中はセミたちの大演奏会だ。

セミたちの演奏を聴きながら手際よくテントを張っていく。そして、2つのテントが張り終えたと同時に腹の虫が泣き始めた。

空腹に耐えかねて持ってきたビスケットをかじっていると、店長が帰ってきた。

「お、もう張り終わったか。上出来!」

「そりゃぁ、展示用のために今までいくつのテントを張ってきたか......」

「俺の指導の賜物だな」

「そんなことより、いったいどこに行ってたんですか?」

「ん?、あぁ、水源の確保だ」

「あれ?飲み水ならまだ4リットルもあるよ」

「アホか、これから1週間ここにいるのにその程度の量で足りるか」

「それもそうだね。ん?1週間!?」

「そうだ、1週間だ」

「てっきり1泊2日だと思ってた......」

「人の話を聞いていないのが悪い」

「いや、初耳ですよ......」

「まぁまぁ、とりあえず水も2リットル汲んできたし、お昼にするか」

そういいながら店長はバックからガスバーナーを取り出してそのうえに鍋を置き、汲んできた水を沸かしはじめた。

「お前もお湯を沸かせ」

「はーい」

言われた通りにガスバーナーの上に鍋を置き、店長が汲んできた水を沸かしはじめた。

「沢などで汲んできた水は、見た目は綺麗に見えるが万一のことを考えて煮沸させた方がいい。もしも良く分からない病原体などを含んでいたら大変なことになるからな」

「てんちょー、うんちくはいいですからお湯沸かして何作るんですか?」

「それはだな......」

「それは!?」

「インスタントラーメンだ」

「店長、こんな山奥まできてインスタントラーメンって......もっと別のものを作りましょうよ」

「まぁまぁ、騙されたと思って食ってみろよ」

「はーい......」

少しふてくされながら沸騰した鍋の中にインスタントラーメンを入れて3分まった。そして鍋のまま抱えてラーメンをすすった。

「お、おいしい!」

「だろぉー!」

「いったいどんな隠し味を入れたんですか?」

「なんも入れてねぇよ。ただ、夏場に1時間歩いて汗かいたから体が塩分を欲しているんだよ」

「そんなことで美味しく感じるんですね」

「それだけじゃない。この自然に囲まれて食べることもスパイスの1つさ。この味はどんなに高い金を払っても食べられない特別なものだからな」

「お湯沸かして3分待ったことだけにこれだけかっこつけられる店長、とても素敵です」

「俺の熱弁に水差すようなこというんじゃなぇよ」

お昼を食べ終えたあと、店長に指示され薪を拾いに周辺を散策した。

鉈を片手に山道を歩いていると、何故かとてもウキウキする。野生感溢れる自分に酔っているのだと思うのだが、こういった感覚は街中では味わえないことだ。仮に鉈を持って歩いていたら銃刀法違反で逮捕だ。

薪拾いの途中で良さげな枯れた竹を発見したので1本拝借してきた。何に使うかは後のお楽しみ。

必要な分の薪が集まったので キャンプ地に戻ると、店長がかまどを作っていた。必死に穴を掘っている店長を横目に、木と木を繋いでハンモックを設置し、昼寝をした。店長からの嫌味が聞こえたような気がしたが、きっと気の所為だろう。セミの鳴き声で店長の声はかき消されていた。


目が覚めると、寝ぼけた顔に夕日が差し込み、まぶたを半開きにしながらハンモックから降りた。店長は作ったかまどで火をお越し、夕食の準備をしていた。

「店長おはよー」

「おお、起きたのか。それなら手伝え」

「わかった。何をすればいい?」

「沢の水に浸しておいた山菜を取りに行ってくるから火を見ておいてくれ」

「了解」

店長に言われた通り、火の番をしていた。たまにやる火遊びはけっこう楽しく感じる。


店長が帰ってきて山菜をからの鍋の中に放り込んだ。そして、沢で汲んできた水を注ぎ火にかけた。

水の温度が上がるにつれて山菜がしなしなと揺れ動いていく。水が沸騰したら山菜を取り出し、今度は冷水の中に放り込んだ。少し置いて山菜の温度が下がったら冷水から取り出し水気を切る。おひたしの出来上がりだ。

今晩の献立はフリーズドライの五目ご飯、食べられるらしい山菜のおひたし。とても質素だが、これはこれでいい。ゲテモノを食べるかのようにおひたしをかじってみると、意外に美味しかった。店長のサバイバルスキル、恐るべし。

食事が終わり、後片付けを済ましたらそのままテントの中に入った。「郷に入っては郷に従え」というのが店長のポリシーらしい。山の中では他の動物と同じように太陽が沈んだら寝て太陽が出たら起きる。ちなみにこの生活があと1週間続く、とても健康的だ。

テントの中で寝袋に入り目をつぶった。昼間のセミとは違い、涼しげな虫の鳴き声が山の中を支配する。あれだけ昼寝をしたので眠くはないはずなのだが、夜の虫の支配に屈服し意識がとんだ。

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