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「なんだよこれ! 何のつもりだよてめぇ! これ外せよ!」


 妙にキーの高い耳につく声。

 この声が当時から嫌いで仕方なかった。

 鼓膜を直接掴まれ震わされているような不快な声。


「くっそ! 殺す殺す! ぜってえ殺す!」


 仇討ち。

 心意気は立派だし、この状況でも臆せず吠える姿勢は評価出来る。

 でも、どうやって縛られて自由の効かない体で僕の事を殺すのだろうか。

 相変わらず脳みそは足りていない。

 だからお前ら馬鹿は嫌いなんだよ。


「ああああ! 外せ! 外せよクソが!」


 しかし本当にうるさい。

 声を出されても問題のない環境を選んでいるとはいえ、今回猿ぐつわをあえて外したのは失敗だったかもしれない。まあでもそれももう少しの辛抱か。


 前回の反省点は悲鳴をちゃんと聞けなかった事だ。

 情けなく涎を垂らす姿もまあ悪くはなかったが、悲鳴をしっかり聞けなかったのはもったいない事をしたなと思った。

 だからこいつには全力で叫んでもらう。

 殺してくれと本気でせがませてやる。

 もちろん、そう簡単に殺してやるつもりはないが。


「てめえ……何笑ってんだよ。何が可笑しいんだよ」


 ああ、駄目だ。想像したら思わず笑ってしまった。

 早くこいつを苦しめたい。

 ぞくぞくして全身が震える。


 ――さて、そろそろ始めますか。

 

 質問には答えず、僕は準備にとりかかる。

 

「お、おい。何だよそれ? 何するつもりだよ?」


 男の声のトーンがぐっと下がる。

 ようやく自分が置かれた状況が分かってきたか。

 その声を無視し、用意しておいたガス缶とパーツを組み合わせる。

 何が起きるか、しっかりとその矮小な脳みそで考えるがいい。


 ジョイントが完了し、トーチ部分のスイッチをぐっと押し込む。

 次の瞬間、噴射口から勢いよく青白い炎が噴射された。

 手軽さは前回あいつを殺した時に使ったドリルにも負けない。

 トーチバーナー。本来であれば簡単に火元を確保出来るアウトドアで大活躍の一品だが、もちろん今日燃やすのは木材なんかではない。


「まさか……おい、冗談だろ……?」


 先程までの強気も所詮は虚勢か。

 すっかりその顔は恐怖でひきつっている。

 とりあえず大きな声で対象をびびらせる事しか出来ない単細胞だ。本当の恐怖の前ではそんな子供だましは通用しない。


「あれ? さっきまでの元気はどうしたの? 怖いの? 怖いの?」

「やめろ、やめてくれよ」

「やめろ? なんでお前が上からなのさ。ほんっと頭悪いんだからなあ」

「や、やめ、やめて下さい!」

「ん?」

「お願いです! やめて下さい! ごめんなさいごめんなさい!」


 それだそれだ。それを待ってた。

 僕が上。お前が下。

 上から見下ろされる気持ちがどんなものか、やっと分かってきただろう。

 男の顔の前で僕はバーナーのスイッチを入れて見せる。

 直接当たっていないとはいえ、それなりに熱いはずだ。男は涙で顔を濡らしながら、必死で懇願を続けた。


「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい!」

「そうそう、いっぱい謝らなくちゃ。謝って謝って許してもらわないとねー。助かりたいもんねー」

「助けて……助けて……!」


 僕はすっと指を緩め、火を止める。男の顔にほんの一瞬安堵が見えた。

 ああ、やっぱりこいつも馬鹿だ。


「僕が一体何回お前にごめんなさいと言ったか、数えた事あるか?」


 そして僕は、肘掛のイスに拘束された右手の指先に向けて、思いっきりバーナーの炎を向けた。


「あああああああああぎぎあぐああああ!!」


 噴射口から出た炎が男の手を覆いつくし、男の皮膚がみるみる焼けていった。肉の焦げる匂いが立ち昇り始めたが、牛肉を焼いた時のような香ばしい香りではない。その不快な匂いはまるで、炎によって炙り出されたこいつの腐りきった性根そのもののように感じられた。

 それにしても、なかなかいい悲鳴じゃないか。

 鬱陶しい声を我慢してきた甲斐があった。

 すっかり皮膚の下の神経まで見え始めた所で僕は一度火を止めた。


「……う、えあっ……がっ……ぉぉ」


 聞いた事もない嗚咽を漏らし、男は荒い呼吸と共にしなだれる。

 

 ――ああ、いいねー。最高。


 無限にこいつを焼き続けたいとも思う。だが何事にも終わりは訪れる。楽しいひと時だって配分を間違えれば一瞬で終わってしまう。

 まだまだ。まだまだなんだ。


「なん……でだ……?」

「ん? 何?」

「お前……何なんだよ。何でお前にこんな事されなきゃならねんだよ。なんだよ。お前が俺に謝った回数? ……何の事だよ」

「ああ。まあ、分からないよね」


 男の反応は当然だ。分かる訳がない。だが、どっちにしろこいつは気付かないだろう。覚えてなんていないのだ。現にあいつが死んだ今の今まで、こいつは僕の存在など気にせず、僕という人間がもうすっかり死んだものとして過ごしてきたんだ。

 思い出させてやる。

 お前が今受けている痛みは、僕がお前から受けてきた痛みなんだ。

 

 僕は一枚の写真を取り出し、ひらひらと男の目の前に揺らして見せる。

 意味が分からないといった様子で写真と僕の顔を見比べるが、しばらく見比べている内にやっとその意味が分かったのだろう。ぎょっとした目で写真を射るように見つめ、そして同じ目で今度は僕の顔を見つめた。


「お前……まさか……!」


僕は噴射口を男の眼球に向けた。


「じろじろ見てんじゃねえよ」


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