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太陽が傾き、空を赤く染める光が彼らを照らしている。


夕日の反対側からは待ち構えていたかのように空を夜の闇に飲み込もうとしている。




亀から出てきたちょっと筋肉質な少女はルス・マトーレグと名乗った。


名は体を表すとはまさにこのことだ。


反対から読むと「グレートマ・スル」つまり偉大なる筋肉になる。


額に肉をつけている超人にも匹敵する名前だ。


「で、君達は?」


「……シャイという。」


「ユーラテです。」


それぞれが名乗ると筋肉質少女ことルスはユーラテに近付いていき、全身をジロジロ舐めまわすように見た。


「な……何でしょうか……?」


少し体を引き斜に構えながら問うと、ルスは輝くような笑顔でユーラテに抱きついた。


「かわいーーーー!」


「え……え……!?」


抱きつかれ困惑するユーラテ。


抱きついたまま離れないルスをシャイは強引に引き剥がす。


「なにこの子。なんでこんなにかわいいの!?」


シャイは、くー!とビールを一気飲みしたオヤジの様な声を出し再び抱きつこうとするルスの間に割り込む。


「で!名前はわかったけど、結局あんたは何なんだ?」


「え、うち?だからルスだってばー!」


「じゃなくてだな・・・名前以外の事を教えてくれないか?」


「あー、そういうことか。えっと、うちはギルドで受けた依頼でこの島の調査に来たハンターだよ!」


ハンターと言えば、つまりは狩人。


弓矢を使って野生動物を狩りその肉を売る職業だ。少なくとも彼の知識では。


だがギルドという単語が出て来た時点で何かが違うと思い、シャイは質問を投げかけた。


「ハンターって?」


「んー、ハンターっていうのは、世界各地に支部を置く一大組織<ハンターギルド>に所属する構成員のことだよ!各地にあるギルド支部が依頼を集めてそれをギルド内部で貼りだすんだ。気に入った仕事があればそこで依頼を受けて仕事をこなす!夢と希望とロマンとお金がギッシリ詰まった職業なんだよー!」


主にお金の部分に力が入っていたのは気のせいだろうか。


いや、気のせいではないだろう。


だが、おかげでハンターというものは異世界もの小説では定番の冒険者の様な位置づけだろうと当たりをつけた。


そこでルスはふと気づいたように言った。


「とりあえず、野営の準備しない?もう日が沈んじゃうよ。」






辺りはすっかり日が暮れて夜の闇が覆い尽くしており、空には地球で見ることのできないほどの満天の星空が広がっている。


目の前にある焚火がパチパチと音を立てて火の粉を天に向かって巻き上げていた。




薪を集め、火を起こした彼達はユーラテのお腹の音を聞き食事にすることにする。


ルスは、二人が食料も水も持っていないのを知ると呆れた顔で分けてくれた。


「ところで、君達はこの島の島民?」


「え……。ここ島だったんですか?」


「え、てことは島民じゃないの??」


そう言ってルスがユーラテからシャイの方に目を移す。


「いや、ちがう。俺も島だとは知らなかった……。」


「知らないって……。島民じゃなかったら何なの?何でここにいるの?」


シャイは、ここにいる理由をどうねつ造しようか必死に考えだした。


『他の世界からやってきました。』とか、『気づいたらここにいました。』などは知られるとまずい気がするのだ。


しかし考えがまとまる前にユーラテがありのままを話してしまった。


「それが、よくわからないんですよ。気が付いたら、この島に来ていました。」


シャイは頭を抱えたくなった。


「そっかー。そうだったんだ。そっちの……シャイ?もそうなの?」


シャイは覚悟を決めて必要最低限だけを話すことにした。


「そうだな。気が付いたら砂浜に倒れていて、近くにユーラテがいた。」


「ふーん……。」


探るような目でシャイの瞳を覗きこむルスを、彼は逸らすことなく見返した。


「じゃあさ、この島に来る前ってどこにいたの?」


「それが、俺達にもわからない。どこにいてどうやってここに来たのか、さっぱりなんだ。」


そういいながら、ばれない様にユーラテに目配せをする。


ユーラテはその意味を理解し、同意するようにコクコクと首肯した。


普通の人間には女神だなんだなんて信じてもらえるわけがないのだ。


頭のおかしいヤツと思われるのが落ちだろう。


そんな危険を冒す必要はない。


「そっか。」


さっきまでの探るような目つきは消し、笑顔を浮かべながら提案をしてきた。


「それで、これからどうするの?近くの都までなら連れて行ってあげてもいいよ?」


それは二人にとって、まさに渡りに船だった。


「ほんとか?」


「んー、見た感じ人が住んでる可能性はあんまり高くなさそうなだし、置いてっちゃうのもなんか悪いし。なにより、ユーラテちゃんかわいいし!」


島の集落というのはよそ者が入っていけるものではない可能性も相当高いだろう。


それなら、人の多い都まで連れて行ってもらえるのはとても助かる。


「そうなのか……。ならお願いしてもいいかな?」


「うんうん、おっけーだよ!出発は調査が終わってからだから大体3日後ね!」


「ルスさん、ありがとうございます!」


「ユーラテちゃん!ぎゅー!」


頭を下げたユーラテに、ルスがまた抱きついた。






女性二人が寝息を立て始めると、シャイは今後の事を考えていた。




ルスに都まで連れて行ってもらった後どうするのか。


妥当なのはハンターギルドに加入することだろう。


話を聞いている限りでは世界中を旅するには便利そうだし、またひとつの場所に留まるにしても、何かしら食い扶持を稼ぐ手段は必要だろう。


ただ、ハンターというものが誰でもなれるかどうかなのが心配ではあるが。


今の彼等は、本当に無力だ。


武術の心得もなければ特別な力もない。


異世界に来てるのだから何かしら有ってもいいだろうに。


まあそれでも、異世界に来たらやはり冒険するのがお約束だ。たぶん。


とりあえず、あとはユーラテと相談して決めよう。




そんなことを思いながら、焚火に薪をくべ、炎を眺める。


異世界に来て最初の夜が更けていった。






翌朝から調査を開始したルスがいない間、二人は海で食料を調達することにした。


しかし、釣り竿、釣り糸、釣り針がないので仕方なく、素手や棒を銛代わりに漁をしてみたが、結局調査が終わるまで成果は0だった。


貝類などは獲れたがルスにも食べられるものかどうか判断がつかなかった為、そのまま海に放り投げたのだ。


まさにCatch&Throw。




結局は、ルスが捕ってきた動物を捌いて調理したのだが、シャイは動物を捌くことは生まれて初めてであり、最初は吐き気を堪えるのに苦労していた。


次第に慣れはしたものの、やはり現代の日本人にはキツイことだった。




ユーラテは平気だった分、シャイは自分が情けなくなった。






そして、調査最終日の夜。


夕食をとり、夜行性生物の調査にルスが出かけた後、二人は今後の予定について話し合うことにした。


「ルスの調査もこれで終わりだ。・・・なぁ、ユーラテはこれからどうしたい?」


「そうですね・・・。私は、出来る限り自分の足で歩いて、自分の目でこの世界を見て回ってみたいです。母が送ってくれた世界ですから。」


「そうか……。不安はないのか?」


「もちろん、不安だらけです。ルスさんの話では街の外に出れば魔獣や猛獣が襲ってくることは日常茶飯事だそうじゃないですか。今の弱い私ままでは、きっと街の外に出ただけで死んじゃいます!」


自信満々に言うユーラテを見ながらシャイは思わず苦笑がこぼした。


「だからまずは強くなりたいです。自分がこの世界で生き抜いていけるくらいに。」


そう語るユーラテの瞳は力強く、それでいてとても綺麗だった。


「シャイは、どうするんですか?」


「そうだな。俺もまずは強くなりたいかな。最低限、巨大な亀から逃げ出さなくてもよくなるくらいには。」


俺の答えにユーラテはクスリと笑った。


「そして、ユーラテを守れるくらい強くなるつもりだ。」


ユーラテは目を丸くしてシャイを見つめた。


告白じみたシャイの言葉に、しかしユーラテはちょっと意地悪そうな笑みを浮かべた。


「私の方が強くなって、シャイを守ってあげますよ。」


キョトンとしたシャイと、彼を見つめるユーラテ。


少しの間が空き、やがてどちらからともなく笑みがこぼれる。




二人並んで焚火の火を見つめる。沈黙は消して嫌なものではなく、心地よく穏やかに二人の間を流れていく。




そんな時間の終わりを告げたのは、



「なんか、いいムードだねぇ~」



ニヤニヤしながら背後に立っていたルスのその一言だった。





出発の準備を全て済ませたシャイとユーラテは、数日間を過ごした浜辺にいた。


太陽がまだ登っていないので、辺りは薄暗い。


波の音だけが静かに耳に届く。




都までは、ルスの亀が連れて行ってくれるらしい。


すでに彼女は亀に乗り込もうとしている。


「そろそろ出発するよー!」


ルスが元気な声で知らせてくる。




「ユーラテ。出発だってさ。早くいかないとルスに怒られる。」


シャイはユーラテの方に手を差し出した。


「そうですね・・・。いきましょうか!」


少し名残惜しそうな表情のユーラテは思いを断ち切るように振りかえり、シャイの言葉に笑みを浮かべて答え、そして新たな一歩を踏み出した。




俺の差し出した手に自分の手を添えて。


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