- 2 -
「シャイ……お腹すきました。」
シャイとユーラテは、現在どこまでも続いていそうな砂浜をひたすら歩き続けている。
それほど気温が高いわけではないが、雲ひとつない青空の下で砂の上を進むということは割と体力を消耗する。
「シャイ……」
「わかってる……」
しかし、彼も食料を持っているわけではない。
自分の身、一つで連れてこられたのだ。
当然だろう。
そしてそれは彼女の方も同じである。
水や食料が入っていることを期待したショルダーバッグの中には見たこともない硬貨がギッシリ詰まっていた。
おそらく、女神が彼らの生活費として持たせた物なのだろう。
結構な重量なそれは今、シャイの肩からぶら下がりブランコのように揺れている。
そういうわけで、水なし食料なし知識なしお金ありな状況でただひたすら歩いている。
とりあえずの目的地を人がいる場所に定めた二人は、まるで無限回廊のように続く砂の上を進んでいるのだ。
陸側に広がる森の中に入ることもシャイは考えたのだが、どう見ても猛獣のものと思われる爪跡が樹木に刻みつけられ縄張りを主張していた。
その中に踏み込むくらいならば、特に他の脅威がない砂浜を行くのが妥当と判断した。
大型の鳥類が飛んでいる姿が見えないので、上空から狙われる心配も今は無いこともその選択の理由でもある。
「喉も乾きました……海水って飲めましたっけ。」
「やめとけ。余計に喉乾くぞ。」
「うぅ……。」
海水は、飲むと体内の塩分濃度が上がり、それによって喉が渇くという悪循環に陥り脱水症状も引き起こす。
安易に海水を飲むというのはそれほど危険なことなのだ。
ユーラテは肩を落としながら、歩を進める。
「はぁ……」
シャイはため息をつきながらこの待遇は何なのだろうかと段々怒りが溜まっていく。
空腹のせいもあるのかもしれない。
まさか、異世界に来てすぐに脱水症状や飢えで死ぬ可能性が出てくるとはシャイも予想外だった。
そして、シャイは堪え切れなくなり海に向かって力の限り叫んだ。
「神様の、バッキャロオオオーーー!!」
ドッパーーン!!
その叫びに答えるように、100メートルほど離れた砂浜に水しぶきを上げながら海面から巨大な生物が姿を現した。
「な……!?」
それは高さ10メートルほどもある、巨大な亀だった。
「……」
ユーラテはいきなり登場した亀に面食らい、その場で固まっている。
砂浜に上陸した亀と、シャイはなぜか目が合った気がした。
「な…なんか、こっち見てる気がするんですけど?」
その言葉と同時に、亀はこちらに向かって進みだした。
「なんかこっち来てない?なんかヤバそうだ、ユーラテ逃げるぞ!」
危険を察知したシャイはユーラテを振りかえり声をかける。
しかし、彼女は固まったまま動く気配がない。
そうしている間にも亀と二人の距離はどんどん縮まっていく。
「仕方ないっ!」
シャイはユーラテを脇に抱えるようにしてその場から逃げ出した。
「亀は食べられると聞いたことがあります」
ようやく意識を取り戻したユーラテが放ったのはそんな一言。
しかし、今はそれどころではない。
「いや、確かに地域によっては亀を食べるって聞くよ!?でもあれは無理!絶対無理!てか、どうやって捕まえるの?どうやって料理するの!?」
ユーラテの言うとおり事実、亀を食べる文化は確かにある。
だがあの巨大な亀を二人だけで仕留めるのは至難の業どころか100%不可能だ。
この状況で『あの亀食べよう』的な発言にシャイは思った。
この子、天然なんじゃないだろうか――と。
「シャイが、なんとかしてください」
「無理!不可能!現実を見て!それからそろそろ自分で走って!腕が痺れてきた!」
「……」
「オーケー、わかった!カバンは俺が持つ!いや、もう持ってるけど俺が持つ!だから走って!今は亀から逃げることが先決でしょ!?あの亀は食べられないから!どう頑張っても食べられないから!むしろ俺達が食べられちゃうから!」
亀自体にも色々種類はあるが、基本的に雑食で肉も食べるものがいる。
彼が食べられちゃうと騒ぐのもあながち間違いではない。
必死の説得により、彼女はようやく自分の足で走ってくれる気になったようだ。
シャイは一度立ち止まり、ユーラテを地面に下ろした。
そして彼女は、
準備運動を始めた。
「なんで準備体操!?この緊急事態になんで準備体操!?」
亀はこちらのコントの出来損ないなぞお構いなしに、こちらへ近づいてくる。
シャイはユーラテの手を引き再び走りだした。
もうどのくらい走ったのだろうか。
シャイとユーラテは体力の限界まで来ていた。
次第に速度は落ちていき、どんどん差は詰まっていく。
「あっ……」
ユーラテが砂に足をとられバランスを崩し、それに巻き込まれる形でシャイも砂の上に転がった。
長い時間走り続けた彼らには、もうすでに逃げる体力も気力も残っていなかった。
そして、倒れこみ仰向けになっている二人の目の前には巨大な亀の顔がある。
息は乱れに乱れ、心臓はものすごい速さで脈打っている。
体は熱いのに、心は恐怖で凍りついているかのようだ。
死にたくない・・・死にたくない・・・死にたくない・・・・!
誰だってそうだ。
死が迫っていてそれを歓迎する人間はごく少数だろう。
死を恐れるのはもう生物としての反射と言えるかもしれない。
しかしそれは、死を与える側には伝わるわけもない。
この場合も例外ではなく。
そんな事情知るかとでもいうように、亀はその大きな口を開き
「どうもー。こんちはー。」
その中から妙に人懐っこい笑顔の少女が落ちてきた。
親方!亀の口から女の子が!