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青年は理解できないでいた。
なぜそんなにも面白がるのか。
なぜそんなにも騒ぐのか。
世界が終るというのならば、面白がってる暇はない。
世界が終わらないのなら、騒ぐ必要性もない。
そう考えるが故に、青年は今日も変わらない日常を淡々と過ごしている。
朝起き、顔を洗い、ご飯を食べ、歯を磨き、学校へ行く。
授業を受け、お昼を食べ、また授業を受け、帰宅する。
制服を脱ぎ、私服に着替え、釣り竿を持ち、近くの海の波止場の上に座る。
いつもと変わらない、ありきたりで面白みの欠けらもない日常だ。
カモメの鳴き声を聞きながら、ラジオを脇に置きスイッチを入れ、釣り糸を垂らす。
ラジオからは青年にとって聞きなれた声のパーソナリティが情報を伝えている。
『今日の天気は晴れ時々曇り、風も穏やかで絶好の洗濯日和でーす。それでは続いて今話題の予言ですが、ついに今日がその――――』
ハア、と青年はため息をつく。
世界滅亡の予言。
今、巷では何回目だと呆れるくらい聞き飽きたそれが流行っている。
雑誌やテレビ、ウェブサイトでは大々的に取り上げられ、関連書物はベストセラー。
終末論など、もはやただの商売道具になり下がっている。
いくらノストラダムスの時よりもきれいなグランドクロスになるからと言って、それが原因で世界滅亡なんてものはありえないだろう。
グランドクロスというのは占星術において不吉なものらしいが、それで滅亡していたらおそらく世界はもう数え切れないほど終末を迎えているはずだ。
そんなものに専門家などが良くわからない理論を並べ、騒ぎ立てる。
だが、それも今日でお終いだ。
「騒いでたみなさん、ご苦労様でしたー。明日からの変わらない日常をお楽しみください。」
ピクリともせず海面を漂っている浮きにため息をつき、目に若干掛かるほどの黒髪をいじりながら青年は寝転がる。
目の前に広がる雲ひとつない青空。
しかし、妙な違和感が青年を襲う。
空にはカモメが浮かんでいる以外何もない。
そして気づいた。
飛んでいるのではなく『浮かんでいる』のだと。
「なんだこれ!?」
一体何が起こったんだ――
とび起きて青年が目撃したのは、全てが止まった世界だった。
カモメは空に縫いつけられたように滞空しつづけ、
波は一枚の絵画の用に動きを止めている。
青年以外、何も動かない世界。
青年の声しか、何も聞こえない世界。
そんな世界の中で一人だけが動いている矛盾。
動けている矛盾。
「これは一体……」
これまで経験したことのない現象に青年の脳はキャパシティーがいっぱいになり、頭が真っ白になる。
何が何だかわからない。
茫然としている青年の耳を様々な音が襲う。
しかし、周りでは音が出ている様子はない。
それは全て青年自身の、生命活動を行っている音だった。
心臓の音、呼吸の音、胃の音……。
どんどん大きくなっていく音に青年は恐怖を感じ始めた。
完全無音の状態だと人間は45分で発狂するという。
自分自身の体が奏でる生々しい生命の音に耐えられなくなり、自分の存在をかき消すために幻聴を生み出し始めるのだそうだ。
おそらく青年はそれをどこかで知っていたのだろう。
不安を振り払うかのように喋り出した。
「な……何かしらしゃべり続ければ大丈夫よな。うん。そうだ、これは夢だ。終末論だとか小難しいこと考えながら横になったからこんなおかしい夢見てんだ。なんだ、夢かー。あー安心した。なんだよ脅かすなよ。もー、まいっちゃうぜ!」
「・・・」
「おい!早く夢から覚めろ俺!頼むから覚めて!しゃべり続けるのも結構疲れるから!発狂しないようにしゃべり続けるのって大変だから!そうだ、釣った魚はお前に全部やる!だから目を覚ませ!って、俺が食う魚を俺に上げても意味ねーーーー!」
もし、ステータスが見れたとしたら青年の状態欄には絶対「混乱」が付いている。
そこで突然、青年の目の前に変化が起きた。
「あれ、なんだか目の前が砂嵐になってきた!?TVの番組が終わった時みたいになってきた!?止まる次は砂嵐!?」
ついでに状態欄に「砂嵐」も付けておこう。
「状態:砂嵐ってなに!?意味わかんないよ!?ヤバイよね?これ絶対ヤバ・・・よ・・ね・!?・・あれ・・・なん・・・声もでな・・・・」
この日、その青年はこの世界において
終末した。