オの問題児 『大谷 陽平』
腹を揺らしながらやって来た浩次は、「ごめん」と呟くように言った。
それが遅れてきたことに対してなのか、先の騒動について謝ったのかは分からなかったが、陽平は笑顔で浩次を迎え入れた。
「長げぇトイレだったな、浩次」
「うるさいなぁ」
浩次が大きな尻を床に下ろしたのを確認し、涼弥が自分の膝をばしり、と叩いて立ち上がった。太陽を背にして腕を組み、四人の前へと躍り出る。
「よーし、みんな揃ったか」
「みりゃ分かんだろ。んで、今日はなにすんの?」
陽平は欠伸を噛み殺して気怠そうに尋ねた。
「それを今から決めようと思う。何かやりたいこと、あるか?」
陽平は目を閉じて頭の中で『やりたいこと』を探してみた。
何も思い当らない。
他の四人も同じようで、みな一様に閉口していた。
四月からこの問題児五人組が一つのクラスにまとめられた内実は、一部の大人たちの思惑によるものだが、彼らが群れ集まったのは彼ら自身の意思によるものであった。
それまでは、点と点を結ぶ線分のような交友のみで、五人が一堂に会したことはなかった。教員たちも異分子同士は反発し合うものだと高を括っていたのかもしれない。その当て推量は見事なまでに的を外れ、彼ら問題児五人組は、点と点を繋ぎ合わせて歪ながらも五芒星を作り上げたのである。
不安定なペンタグラムは分裂や破綻を繰り返しながら、その都度より強固に結ばれ現行の状態に至る。
「やっぱ、なんにもないか」
唸りながら涼弥がすとんと腰を落とす。
彼らは可能な限りの遊びを一通り熟した積りであった。
鬼ごっこや隠れんぼなどの体を動かす遊びは、とうの昔にその真髄を見極めたため、今になってやろうとも思わない。オセロ、将棋という知性の伴う遊戯は、彼らの性分には合わない。ここ最近は常に「何か心躍るようなものはないものか」と思索を巡らす毎日であった。
はい、と実が嬉々とした顔で手を上げる。
「童心に返って『おままごと』っていうのはどうかな?」
「――却下」
涼弥に一蹴され、実はしょんぼりと膝を抱えて縮こる。
「おい、他の奴らはなんの案もないのか? 実ですら発言をしたんだぞ」
「突っぱねたくせに」と膝に顔を埋めた実がぼそぼそと呟く。
「誰も挙げないなら俺から指名してやる――よし、玲!」
「ない」
「うん、お前らしい回答だ! 次は、浩次!」
「俺、お腹減ったから家に帰りたい」
「っじゃあ、ひとりで帰れっ!」
涼弥は肩を竦めて外人さながらに息を吐く。
「まったく、お前らときたら……陽平を見習え、目を閉じて真剣に考えているぞ! なぁ、陽平」
「…………」
玲が陽平の肩を指で突っつく。陽平は銅像のように身動き一つしない。
「寝ているよ」
「まぁ、そんなとこだと思ったよ、まったく」
涼弥は尻の後ろに手をついて空を仰ぎ、ウザったそうに前髪を吹く。
太陽に雲がかかり五人の上に影が差す。誰かがため息を吐いて再び沈黙に包まれた。
ほんの数十メートル離れた校庭にいる生徒たちの声が陽炎のようにぼやけ、遠く聞こえた。先刻までは数名であったサッカーの人数も、今では二十人近い大所帯となって丸い球を追いかけまわしている。
陽平が目を開けると、他の四人は遠い目でその光景を眺めていた。
幸せそうな子どもの姿を見ると、陽平は、世界が自分たちを排除しようとしているかのような空想を抱く。
――規則に馴染めない俺たちのような奴らは、隅の方にまとめて押し固められて『取扱注意』と赤いペンで書かれた張り紙を張られる。それを見た他の人たちは、まるで核弾頭であるかのように俺たちを危険視し、ただそこにいるだけで忌み嫌う。そのような手段を取って俺たちを隔離しようとするのなら、俺たちはそいつらを敵視してより反発する。世界との溝はますます深まるばかりで、俺たちはそれを少しでも埋めようと足掻き、腹の底に溜めこんだ黒い濁りをその溝に流し込む。
「陽平。ひどい顔をしているけれど、大丈夫かい?」
玲が陽平をのぞき込んだ。
陽平は「平気だよ」と意識して笑顔を作り、校庭を見つめていた涼弥たちに呼びかけた。
「なぁ、みんな。俺のとっておきの場所、教えてやるよ」
沈んでいるように見えた彼らの顔に花が咲く。
「それはどこだ! 近いのか?!」
「危ない場所じゃないよね?」
「へっ、あるなら最初にいえよ」
てんでばらばらの反応であったが、彼らの瞳は一様に好奇心が満ちていて、きらきらと輝いていた。玲だけがしかつめらしく眉を寄せていた。
興奮を隠せない三人をなだめながら、陽平は口を開く。